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011 金と女と血と汗と砂と厄介事

「うむ。我ながらよく似合った服を選べたわね」


 銀山に向かう馬車の中、ステラは執事服を着たソルドを見て自身ありげに頷いた。

 対するソルドは呆れ顔だ。


「今から向かうのは銀を採掘している鉱山なんだぞ。どうしてわざわざこんな服装を……」

「復讐のために決まっているでしょう。ギアーゴ・ドルエンはお父様とお母様が困っているのをどこからか嗅ぎつけて、わたくしを娼館に売れと迫るような男よ。そんな恥知らずと会うのに農民服なんか着ていたら、命を失うその時まで侮辱してくるに決まってる。ナメられたまま復讐したって、天国のお父様とお母様に顔向けできないわ」

「ウォルクに散々言われたのが効いたか」

「う、うるさいな。わたくしはあなたがいつの間にか用意していた大量の銀貨の出所について目を瞑ってあげているのよ。少しくらいわたくしの好きにしたっていいでしょ」


 ソルドが直球で指摘すると、ステラは拗ねた子供のように顔を背けてしまった。


(とりあえずやる気は取り戻してくれたみたいだが……いや、何をホッとしているんだ俺は)


 ソルドは自問する。

 改めて一晩考えてみても、世間知らずな没落貴族の復讐に付き合う合理的な理由は見つからなかった。


(こういう筋書きの映画で定番の目的は元の世界に戻る方法の模索……だが俺はあんなクソみたいな世界に未練なんかない。戻れないなら、もうそれでいい)


 拳を軽く握って、広げて、また握る。指を動かすたびに関節が軋んだ。

 注意しないと聞き取れないわずかな音量だが、劣悪な環境をメンテ無しで過ごしている事実を何よりも雄弁に語る音だった。


(あっちの世界に居た時と一緒だ。限界が来たらくたばるだけ。でも、そもそも俺は何のために生きていたんだったか。盗んで、殺して、また殺して、金を稼いで、大物になって、それで最後には……)


 サイボーグはステラが見ているのとは逆側の窓から外を眺めた。


(最後には、何をするつもりだったんだっけ?)

「貴様ら、急に静かになったな。もしかして寝てるのか?」


 と、ソルドの思考に女騎士ヴィーナの声が割り込んだ。


「そろそろ起きておけよ。ラクミス第二銀山はもうすぐだ」

「俺は大丈夫だ、寝ていない。ステラは……寝ているみたいだが」


 ソルドは馬の手綱を握ったままのヴィーナに言い返そうとして、傍の没落令嬢が自分に身を預けて寝ているのに気がついた。

 ガタガタと揺れ、決して乗り心地が良いわけではないのに、よほど疲れているのだろうか。


「まあ貴様が起きているなら問題ない。状況が状況なんでな、もしかしたらどこぞの山賊に銀山を占拠されているって展開もありうる。いざとなればステラ嬢を守る準備はしておけよ」

「そう言うあんたは大丈夫なのか? ラクミスからここまでずっと馬車を走らせているだろう」

「心配ご無用。こちとら騎士なんでね、剣はいつだって抜ける状態さ……で、ほら、前に見えるのがラクミス第二銀山の採掘村だ」


 ヴィーナが抜いて見せた剣の切先が指す方、つまり馬車の進行方向には大きな山と、その麓に切り開かれた村へと続く道が続いている。

 ソルドはひとまず電子義眼の望遠機能で様子を探った。


「……特に武装したりはしていないようだな。山賊に乗っ取られている線はなさそうだぞ」


 ソルドの経験上、建物などを占領した輩はまず最初にバリケードを築き、監視塔と出入り口に見張りを置くものだ。

 だが目に映るのは周辺の森を切り拓いて作られた小さな村のみ。

 音は拾えていないが、見ているだけで静けさが伝わってくるようだ。


「貴様はここからあの村が見えるのか? やっぱり悪魔なんじゃないの?」

「何度も言うが人間だ。ちょっと目がいいだけだ」

「あいあい。ま、用心だけしておいてくれってこと」


 ヴィーナの忠告に、ソルドは自然と身体がこわばるのを感じた。


(用心ね……確かに、金持ちが一人行方不明になったにしては静かすぎる。乗っ取りでなくとも、何らかの罠が張られていると見てよさそうだ)


 ソルドは念のため戦闘(コンバット)システムの動作チェックをしつつ、未だに寝息を立てているステラを揺すって起こした。


「ん……」

「起きろ、そろそろ到着だ。敵が罠を張っているかもしれないから、警戒し」

「えっ! ちょ、ちょっと待って! わたくしすっかり寝てしまっていて……手鏡! ソルド、あなた手鏡は持ってない!?」

「……鏡はないが、比較的磨かれている銀貨ならある」

「もうそれでいいから貸して! 寝ぐせとかないか、あなたも見てくれない!?」


 ソルドが銀貨を取り出すとステラは返事も待たずにひったくり、その表面に反射する自分を睨みつけながらあたふたと身支度をし始める。


(こんな女を守りながら敵の罠に突っ込むなんて……山賊の時以上に困難な護衛(おもり)になりそうだな)


 執事服のサイボーグは銀貨の代わりとばかりに押し付けられたブラシで没落令嬢の髪を適当に()かしながら、村で待ち受けているであろうありったけの()()を憂うため息を吐いた。


 ーーーーー


「わーっ!? なになにお客さん? 大変よみんな、この人顔が良い!」

「うわっいかにもなお金持ち……! あっ長旅でお疲れでしょう? 私が身体の隅々までキレイにして差し上げます! もちろん『癒し』の方も期待してくれていいわ!」

「えーすっごい鍛えている感じですね! こんなへんぴな所に何のご用事? いえいえケチを付けたいわけじゃないんですよ? ただなんの用事なのかなって。隠し財産とかですか?」


 というわけで。

 馬車を降りたソルドを待ち受けていたのは人殺しの罠ではなく、薄手で露出度の高い服を着た若い女たちだった。


「なんだこいつら……」

「昨日言っただろ、ドルエンが連れてきた娼婦たちだよ。貴様の恰好があまりにもサマになってるから、金の匂いを嗅ぎつけられたのさ」


 娼婦たちにぎゅうぎゅうと殺到されてどうしたらよいのか分からず硬直中のソルドの問いに、ヴィーナは最初からこうなることが分かっていたかのようにニヤニヤと笑った。


「こっちの子は何? どこかの貴族のご令嬢? 肌ツヤが平民の私たちとは比べ物にならないくらいキレイ!」

「えっ、何その服! どういう布地? 見たことないけど、やっぱり貴族のお召し物は私らの服とは全然違うのね。もっと触ってもいい?」

「背の高い彼とはどういう関係? 彼はあなたのお世話係なの? というか何歳? 十二歳くらい?」

「わ、わたくしは十六歳です! あなた方とそんなに大きな差はないはずですよ!」

「えー見えない! 十代の時点からこんなに差がついているものなのね……若さの秘訣はズバリ血筋?」

「ソ、ソルド! ちょっと! ソルドったら! この者たちを何とかして!」


 同じく娼婦たちにもみくちゃにされかかっている没落令嬢からのヘルプコールに、サイボーグ執事の表情からは困惑が消えた。

 だが彼がステラの救出を実際に行動に移す前に、ヴィーナが掲げたパンパンと掲げた手を打ち鳴らした。


「者どもちゅうもーく! 彼らは領主ジョージ様の客人だ! あまりに粗相をするならチクるぞ!」

「「「はぁーい」」」


 ヴィーナの声量はそこまで大きくなかった。

 だが彼女の宣言が完了する頃には、ソルドもステラも娼婦たちから解放されていた。


「わーん! ソルドぉ!」

「はいはい怖かった怖かった……あんた、娼婦たちとは知り合いなのか?」


 パニックで幼児退行しかかっているステラを抱き止めて慰めつつ、ソルドはヴィーナに問う。


「ジョージ様がドルエンと(カネ)のやり取りをする過程で自然と知り合ったんだ。何せドルエンは常に彼女らを数名ずつ連れ歩いていたからね」

「それはまあなんとも……」

「ま、彼女らはお金が欲しいだけで悪気は無いんだ。多少の無礼は許しておくれよ。さて、ひとまず現場の責任者に会って事情聴取をしないと」

「ちょっと待ってヴィーナ」


 ステラが事を先に進めようとするヴィーナに待ったをかけた。

 没落令嬢は執事サイボーグの背後に隠れながら問う。


「あなた、サラッとわたくしたちにそのまま同行しようとしているけれど、ドルエンの調査はわたくしたちに一任するんじゃなかったの? ジョージ様は兵を派遣しないのでしょう?」

「私は良いんだよ。確かに私はジョージ様の配下の騎士だが、同時に雑用係でもある。貴様らの身元保証人兼案内人として同行するよ」

「そうだったんですのね……ごめんなさい。わたくしたちを送ったらすぐに帰るのかと」

「帰って欲しかった?」

「いえ、そんなことは無いけれど」

「よかった。それじゃ気を取り直して、この銀山の現場責任者を探そうじゃないか」


 あっけらかんと言うと、ヴィーナはスタスタと村で一番大きい小屋に向かって歩き出した。

 ソルドはその後ろを追いつつ、腕にくっついているステラに小声で呼びかける。


「ステラ、あの女騎士はおそらく監視役だ。俺たちが嘘の報告をしないよう、一緒にドルエンの死体を探すつもりなんだろう。そして、もし発見時点でドルエンが生きている場合でも……」

()()()()()()()つもり、ですわよね」

「そうだ。幸い、あんたにとってもドルエンは死んだ方がいい存在。だから……」

「ウォルクの時のように躊躇はしません」


 ステラはソルドの腕をギュッと強く抱きしめ、小声で、しかし力強く宣言した。


「そして方法も問いません。ヴィーナが彼を殺すというなら、それを利用させてもらいましょう」


 その声はまだ少し震えていたが、少なくともソルドが聞く限り、ウォルクの時と比べてより強い決意を感じられた。


「やぁ、お三方。ここの現場責任者はそこの小屋に居るのかい?」

「親方を探してるの? 今は居ないけど、そろそろ帰ってくるんじゃないかな」


 と、二人に先行していたヴィーナが立ち止まり、小屋の近くに居た娼婦たちに質問をしていた。


「そうそう。だから私たちもこうやって準備をしているわけだし」

「お湯が沸いてないと怒るからなー。一週間に一回の大イベントだよ」

「そうか、ありがとう。準備頑張って」


 ヴィーナは娼婦たちに軽く手を振ると、ソルドとステラの元へと戻って来た。


「どうやら現場責任者は銀山に行っているらしい。そろそろ戻るって話だが、一週間ぶりなんだとさ」

「い、一週間ぶり……!? その間ずっと坑道に居たってことですか? 汚れもそうですけど、食べ物や飲み物はいったいどうやって……ま、まさか」

「まーたぶんそのまさかだろうね。こりゃ面白くなってきた」


 何やら意味深な会話をするヴィーナとステラ。

 珍しいことに、サイボーグの方が会話に置いて行かれていた。


「二人ともどうしたんださっきから。俺には何の話か見えてこないんだが」

「ドルエンが言ってた銀の新しい採掘方法、その原理が見えてきたんだよ」

「しかも、常識では考えられない方法ですわ。いくらラクミスが鍛冶で栄えているとはいえ……」

「だから何の話を……」

「おや分からない? まー見た方が早いか。ほら、丁度帰ってくるところみたいだよ」

「ひっ、そ、ソルドが対応をお願いします……!」


 村から山の方に伸びる道を指差すヴィーナに、再びソルドの背後に隠れるステラ。

 頭に浮かんだ疑問符が消えないソルドは、とりあえず電子義眼と電子鼓膜を総動員してヴィーナが指差す先を観測する。


 そこには山を下りてくる生物の群れがあった。


 がさつで大きな話し声。

 それと反比例するかのように低い背に、筋肉質でずんぐりとした体格。

 なにより特徴的なのは顔の下半分をほぼ完全に覆い尽くしているゴワゴワの髭。


 人間に見えるが、ソルドの知るどの人種にも当てはまらない二足歩行生物。

 電子記憶曰く大昔の娯楽小説などにも引用されていた、ファンタジー界のポピュラー存在。

 その名は。


「ドワーフ。噂くらいは聞いたことない?」


 ヴィーナの問いかけに、ソルドは眉をひそめた。

 土と、汗と、厄介事の匂いがする。

戦闘(コンバット)システム

ソルドの体内システムに搭載されているモードのひとつ。ホルモンバランスの調整と神経伝達速度のブーストを行い、一時的に身体能力を引き上げる。ソルドの居た世界でこんなものを搭載しているのは警察、人殺し、アドレナリン中毒者……つまりイカれたやつらだけ。


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読んでいただきありがとうございます!

遅くても3日ごとに更新予定!

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