010 貴族の沙汰もカネ次第
「悪魔の召喚は黒魔術にほかならず、黒魔術は重罪だ。発覚した場合は死刑。国は方法を規定していないが、領主ジョージ様は他の地域と同様に縛り首と定めている。ステラ嬢、そこのところは分かっているか」
「わわわ分かっていますわ。当然、わたくしにはそのような覚えはありませんのことよ……?」
ソルドが女騎士ヴィーナを招き入れた五分後。
彼はようやく身支度を終えた依頼人が女騎士に尋問されているのを、傍に立って静観していた。
「へぇ? ある村に最近引っ越してきたっていう男たちは、没落貴族の娘に嘘の黒魔術を教えたら本当に悪魔を呼び出してしまい、その悪魔にコテンパンにやられたと証言していたぞ。あいつら教会の懺悔室で話したことが外に漏れるだなんて微塵も思っていなさそうだったから、この話には大変な信ぴょう性があると私は考えているんだが?」
「し、知りません。他人の空似ではありませんか?」
「そうかなぁ。まあ確かにこの証言だけじゃあねえ」
ニヤニヤ笑いの女騎士ヴィーナはダラダラと冷や汗を垂らすステラから視線を外し、横に立つソルドを見つめた。
「なぜ俺を見る」
「いやさ、貴様にも聞き取りをしようと思って。もしかして悪魔だったりしないかなーって」
「俺は人間だ」
「……本当に?」
ヴィーナは席を立つと、笑みを顔に張り付けたままソルドの真正面にやって来た。
「村を襲った竜と素手で戦い、最後には不思議な力で飛行する竜を撃ち落した大男に心当たりは?」
「それは俺だ。村に来た竜を殺し、肉を分けてもらった。家畜よりは美味かったな」
「ちょっ、ソルド……!」
「じゃあ凄まじい怪力で畑仕事や大工を手伝って、稼いだ金でステラ嬢専用のドレスを仕立てさせたのは?」
没落令嬢が慌てふためくのをあえて無視し、ヴィーナは質問を続行する。
「それも俺だ。仕立ててもらった服はステラが今着ているそれだ」
「ということは、その村からルーストンまでの街道を少女を背負って馬車より早く走っていたやつと、ルーストンの近くの山を根城にしていた山賊一味を一日で壊滅させたというウォルムハルト家令嬢の付き人は?」
「それら両方とも俺だ」
「ということは、やっぱり貴様が呼び出された悪魔?」
「ヴィーナでしたかしら!? あなたそこまで分かっているなら何か確信を持って聞いているでしょう!? ソルドも何スラスラ答えているの! ああ、縛り首になっちゃう!」
ステラが絶叫するが、ソルドは無視して「だから言っているだろう」とため息交じりに言う。
「俺はただの人間だ。断じて地獄から呼び出された悪魔なんかじゃない。なあ、いい加減にしてくれないか。本気で追い詰めるつもりも無いのに尋問ごっこなんかして……俺の依頼人は今冗談が通じる状態じゃないんだぞ」
「……くくっ、あっはっはっはっは!」
ソルドが静かに指摘すると、それまで目は笑っていなかった女騎士は今度こそ腹を抱えて爆笑した。
「いやぁ、あまりに良い反応をするからつい冗談を言いたくなってね」
「え、冗談……? ソルド、これはどういう……?」
「この騎士サマにはあんたを死刑にするつもりなんか最初っから無いってことだ」
「は、はぁ!?」
目を見開くステラに、ヴィーナは「ごめんごめん」と誠意のない謝罪を繰り出す。
「実はそうなんだ、ウォルムハルト家のご令嬢。私は本当に報奨を渡しに来たのさ。ソルドって言ったっけ。付き人さんはいつから気づいていた?」
「言っただろ、最初っからだ」
呆れ果てているのが分かるよう、ソルドは少し大げさに肩をすくめた。
「本気で逮捕しようとするなら、馬鹿正直に真正面から訪ねてくるわけがない。それにあんたの筋肉はずっと弛緩したままだった。俺たちと戦闘になる可能性を少しも考えていないのが態度に出ているんだ。じゃなければ、俺はあんたを部屋に入れた時点で無力化している」
「お見通しってわけね。貴様が噂に違わない実力者みたいでよかったよ」
ヴィーナは楽しそうに笑いながら席に戻ると、ソルドが注いでやった茶をずず、と乱暴にすすってから「それでまあ本題なんだけど」と切り出した。
「ステラ嬢、あなたとその付き人に頼みごとがあるんだ、領主ジョージ様直々のやつ」
「こ、この流れでわたくしが快く引き受けるとでも!?」
「だからすまなかったって。でも、一応必要なことをやっただけなんだ」
憤るステラを片手で制しつつ、ヴィーナはソルドの方をあごでしゃくった。
「そこの彼には自分が人間だって言って貰わなくちゃならなかったんだよ。万が一ジョージ様が悪魔に頼ったなんてことになったら厄介なんでね。報奨の話も本当に用意しているし、本当に渡すつもり。ただし、こちらの頼みごとを聞いてくれるなら、だけど」
「ソルド……」
ステラは不安げな表情でソルドを見たが、彼が適当に頷いてみせると、口をぎゅっと閉じて視線を戻した。
「……分かったわ。詳しい話を聞かせていただけるかしら?」
ニヤニヤ笑いの女騎士に相対するステラの表情がすっ、と引き締まる。
その様子を見て、ソルドは声にこそ出さないがそこそこ感心してしまった。
(ここのところはずっと弱々しかったのに急に貴族っぽくなった。まるでスイッチが入ったように切り替わるんだな。あるいは、訪問客が来ているから背筋を伸ばしているだけなのかもしれないが……)
思い返されるのはここ数日のステラの姿。
腕にべったりまとわりついていた女と今神妙な顔つきで座っている女が同一人物であることに不思議な感動を覚えつつ、ソルドはひとまず成り行きを見守ることにした。
「ま、端的に言えば竜退治だよ。街から東に行ったところにあるラクミス第二銀山に竜が居着いてしまってな。それを退治してほしい」
「ソルドの手を借りたいってこと? それに銀山は国王様が直接管理しているはず。竜を退治したいなら国王様が兵を出すか、そうでなくても直接指名された領主が対応することになるはずでしょ。それがどうして、わたくしを報奨で誘惑して協力させることになるの」
「おっしゃる通りだ。もちろん今回はジョージ様が国王様よりご指名を賜った。賜ったんだが、ちょっと厄介な問題があってな」
ヴィーナはやれやれと首を振る。
「ジョージ様はいま兵を動かせないんだ。名誉にかかわるから詳しくは言えないんだが、少し前にとある怪しい取引に首を突っ込んで大金を失っていてね。もちろん国王様にそんなこと言えないから、他の貴族にコッソリ金を借りて急場を凌いでいる状況なんだ」
「そんなことわたくしたちにバラして大丈夫なの?」
「城の周りじゃもう公然の秘密って感じだからな、たぶん国王様にもバレてる。まあ自業自得だから国王様も助けるつもりが無いんだろうさ……で、流石に国王様の勅令に応じないわけにはいかないけど、返済を考えるとそんな余裕はとてもない。だからジョージ様は金を借りた貴族に返済期限の延長を頼もうとした。が、今度はそいつと連絡が取れないときた」
「そのお相手の貴族というのは……」
ヴィーナは真剣な表情のステラを見て少しため、口を開く。
「金で地位を買った元人売りの新興貴族のドルエン家当主、ギアーゴ・ドルエン」
「ドルエン、ですって……!」
貴族の名を聞いた瞬間、ステラの額にしわが寄る。
それを見たヴィーナは楽しそうに笑った。
「やっぱり知っていたか。そう、そのドルエンだよ」
「知っているも何も! あの男はわたくしたちが大変な時にっ……!」
途中まで言った没落令嬢は口をつぐむが、ふるふると怒りに震えている。
ステラとギアーゴ・ドルエンにいかなる因縁があるのか察したソルドは「なあ、少し聞かせて欲しいんだが」と口を挟んだ。
「人売り、と言ったな。そのドルエンとやらは奴隷商かなにかだったのか?」
「いやいや、奴隷商が貴族になれるワケないよ。奴隷の売り買いが合法だったのなんて何百年前だって話さ。でもまあ確かにややこしい。人売りってのは、要は娼婦の元締めだよ。貴様も人間なら、女たちが風呂屋でただ身体を洗ってくれるだけじゃないことくらい知っているだろう?」
「あー、こっちの世界でもそんな感じなのか……」
ソルドの脳裏に全身を美容義体で換装した連中が路地に立ち並ぶ光景が浮かんだ。
もうほとんど意味を成していないが、彼ら彼女らの法的な扱いは『義体化パーツ洗浄の介助者』だったはず。何百年も前に日本という国で編み出された、性的労働から政治的に正しい形で税収を得るための言い訳だ。
「んで、ドルエンは金で地位を買って貴族になったら今度は自分の銀山が欲しくなったらしい。大臣の何人かに『最新の効率的な採掘方法を知っている』と売り込んで、件のラクミス第二銀山での実証実験をすることになった。それが一ヶ月前。本人も現場に行って、大臣に宛てた手紙をしょっちゅう出していたらしいんだけど……」
「それが途絶えて、代わりに竜が発見された、と」
「ご明察。まあ十中八九喰われたんだと思うが、ジョージ様は確信が欲しいのさ。ドルエンが死んでいるなら、そもそも返済をしなくて良くなるからな」
ヴィーナは組んだ手にアゴを乗せて、ニヤニヤ笑って言う。
「まずはギアーゴ・ドルエンの死亡確認が最優先。骨でもなんでも、やつの死を確認できるものを持ち帰って欲しい。で、余裕があれば竜もサクッと殺っちゃって欲しい。これがジョージ様からの依頼だ。もし両方達成してくれたらジョージ様は望むままに報いるとさ。金でも、名誉でもな」
「分かった。やろう」
「ソルド!? あなた勝手に……」
「やらない選択肢はないだろう?」
ソルドはステラに詰め寄るように言う。
「あんたは俺に魂を売った、復讐のために。そしてあんたのリストにはギアーゴ・ドルエンの名があったよな。なら躊躇はするな。手に入れた機会をみすみす無駄にするのはバカのすることだ」
「わ、分かったわ……その依頼、受けることにします」
ステラの返答に、ヴィーナは満足げに頷いた。
「そうこなくっちゃ。それじゃ、馬車を手配するから明日の朝までに準備はしておいてくださいな。最後に……ソルドさん、ちょっといい?」
「なんだ」
立ち上がったヴィーナはジェスチャーでソルドに屈ませると、その肩に腕を回して小声で耳打ちする。
「ドルエンは銀山に娼婦を大勢連れて行っている。もしかして貴様はそれが狙いで……?」
「なわけないだろ」
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