001 一般人よりちょっと硬いだけの人間
「ほ、本当にこれで準備はできているのでしょうね?」
「ええお嬢様。あとはそこの魔法陣の真ん中に立って、念じるだけでさぁ。ヒヒッ」
とある廃農場の真下に隠された、薄暗い地下室にて。
ステラ・ホライソニア・ウォルムハルトはニワトリの血で書かれた不気味な魔法陣を前に、とうとうここまで追い詰められてしまったかと改めて自覚した。
「高貴な者の魂は高貴な悪魔を惹きつけるって話です。お家が取り潰されたと言ったって、ウォルムハルト家のご令嬢ともなればかなりの力を持った使い魔が召喚できますぜ。ククク……」
浮浪者そのものと言っても差し支えない格好のノッポ男が不気味に笑う。
(こいつら……やっぱりイマイチ信用できないわ)
ステラに使い魔召喚の黒魔術をさせてくれると約束したのは彼女の背後に立つ三人の男。
先ほどヒヒッと笑っていたデブ男と、クククと笑っていたノッポ男。
そして二人から親分と呼ばれている、一番ガタイのいい男だ。
「どうしたお嬢ちゃん。まさか今更怖気づいたのか」
親分のわざとらしい挑発に、ステラは唾を呑んだ。
得体のしれない男三人と地下室にいるという状況は、正直かなり怖い。
だが、ステラは恐怖心を悟られないようにいっそう胸を張った。
「まさか。むしろ高揚しているくらいです。これでようやく、お父様とお母様の敵討ちができるのですから!」
ステラは魔法陣の中心に向けて一歩を踏み出す。
「ヒヒッ、気を付けて下せえ。ニワトリの血はまだ乾いていませんから、お召し物を汚しちまったら大変だ。ゴミみたいなボロ布でも、ご令嬢のお召し物に変わりはありませんのでね……」
「っ……」
ステラはデブ男の挑発に言い返したい気持ちをぐっとこらえて、魔法陣の中心に立った。
そこに置かれていた儀式用の短剣を手に取り、刃を左の手の甲に添える。
(確かに今のわたくしは没落貴族そのもの……ゴミ山から拾った服を着て、犬と残飯を取り合った果てに、うさんくさい黒魔術に人生を賭けようというのですから)
冷静に省みれば、なんてひどい有様だ。
没落貴族は自嘲しつつ、深呼吸をひとつ。
そして勇気を振り絞り、短剣を滑らせる。
「痛っ」
痛みには未だに慣れることができず、思わず声が出てしまう。
だがこの痛みがきっと、辿るべき道を示してくれる。
ステラは手の甲から溢れ出し指先に伝っていく鮮血を、足元に置かれた杯に注がれた清酒に数滴溶かした。
そして杯の前に跪き、両の手を合わせ、目を閉じ、祈る。
唱えるべき呪文は既に、男たちに習っている。
「天に頂きし我が加護は、これを破棄する。天に捧げし我が信仰は、これを破棄する」
祈る少女は集中し、一字一句間違えないように唱える。
その後ろで、デブとノッポと親分は邪悪な意図を隠さずに笑った。
「やっぱりバカですぜあの女。本当に信じてやがる。ヒヒッ!」
「悪魔召喚なんてあるわけないのに。親分も悪いことを考えますな。ククク……」
「貴族ってのは根拠のない自信をいつまでも捨てられないもんだ。その高い鼻っ柱を真正面から叩き折って、絶望したところをいただくのがああいうオンナを愉しむコツなのさ」
「さすが親分! 相変わらずえげつない性癖でさぁ!」
「声がデケェぞ! 女が気づいたらどうすんだ!」
「す、すいません親分!」
(全部聞こえてるっての!)
ステラは思わず舌打ちしそうになりつつも、呪文を唱え続ける。
「我が傷は闇を祝福せし信心、我が血は闇に捧げし供物」
こんな儀式に意味はないかもしれない。
手の込んだ自殺でしかないのかもしれない。
待っているのは尊厳を凌辱する悲惨な結末なのかもしれない。
(それでも、やってやる……!)
落ちるところまでは落ちた。これより下はもう無い。
母の篤い信心も、父の懸命な努力も、世界はその全てを嘲笑った。
その結末が、こんな場所なのだから。
「最後の最後くらい、わたくしに都合のいい結果を呼び寄せてみせろ! くそったれの世界!」
気がつけば声に出てしまっていた。
こんな節は教えてもらった呪文にないが、もとより偽物なら関係ない。
「我が魂は闇と契りし対価! 我が願いは世界に対する復讐! 汝のチカラがこれに足るならば顕現しなさい、最強の悪魔よ!」
最後はほぼ金切り声だった。
地下室に少女の絶叫が反響する。
だが、何も起こらない。
「っ……!」
「す、すげえ声だったな。けど何も起きねえ。分かったかよ貴族のお嬢ちゃん。世界はテメエら貴族のためだけに回っているんじゃあないんだぜ」
ステラの背後に男たちが近づいてくる。
これで、終わりか。
自分の人生は、こんな場所で、幕を閉じると言うのか。
「ああああああああああっ!」
怒りと、悔しさと、恐怖と、悲しみと。
全てがごちゃ混ぜになった感情に任せ、ステラは床に置かれた杯を蹴り飛ばした。
その瞬間だった。
杯からぶちまけられた血液交じりの清酒が空間を引き裂き、強い輝きを放つ大きな穴が空いたのは。
「眩しっ!?」
穴の真正面にいるステラは眩しくて目を開けていられない。
そして彼女を後ろから襲う寸前だった男たちもまた、突然の輝きにたじろいだ。
「何だこの光は!?」
「お、親分っ」
「人影が、見える……?」
ローブのような服を着ていたノッポ男だけが、かろうじて穴の様子を視認できた。
縦に裂けた空間の穴から出現したのは、背の高い人の影。
その輪郭がハッキリとしていくと同時にバヂッ、バヂッと稲妻のような音が断続的に鳴り響いたかと思うと空間の穴は急速に閉じていき、その輝きも収まっていった。
「ん、ここは……あんたらは、何だ?」
一番最初に口を開いたのは、空間の穴から出現したそいつ。
「おいそこの、えっと、茶色っぽい髪の女」
「ん、誰かわたくしに話しかけて……え?」
恐らく自分に話しかけているのであろう声を聞いて、ステラはようやくまともに見えてきた目を開け、硬直してしまった。
目の前に立っていたのは見たことのない仕立ての真っ黒な服に身を包んだ黒髪の男だ。
平均的な男性よりも明らかにひと回りは大きく、細身ではあるが決して痩せているわけではない。
まさか、と思ったステラがその足元に視線を落とすと、黒髪の男は先のとがった艶のある靴を履いているのが分かった。
悪魔はつま先がヤギのひづめになっているのを隠すために、尖った靴を履くという。
ということは。
「あ、あなたもしかして、悪魔……!?」
「悪魔? いや、俺は人間だ」
「どこの世界に何もないところに突然空いた穴からひょっこり出てくる人間がいるのよ!?」
すっとぼけた返答をする黒髪の男に思わずツッコミつつ、ステラはハッと自分のすべきことを思い出した。
悪魔を呼び出したのなら、契約しなければ。
「よ、呼び出したのはわたくし。ステラ・ホライソニア・ウォルムハルト。あなたの名前を教えなさい!」
「名前か。そうだな、ソルドと呼んでくれ」
「ソルドね! じゃあさっそくわたくしと契約しなさい! そのための儀式なんだから!」
「契約……?」
ソルドと名乗った暫定悪魔は無表情を変えないままステラの顔を見て、次にその後ろで唖然としている男たちを見て、再びステラの顔に視線を戻した。
「何の契約だ。俺はフリーランスだが、押し売り的な契約には応じない主義でな。どこの企業の秘密技術か知らないが、いきなり目の前に現れて説明も無しに契約を迫るなんて非常識だぞ」
「ふりー、らんす? 何のことか分からないけど……とにかく契約は、契約よ! あなたはわたくしの力になってくれるから現れたんじゃないの!?」
「だから、いきなり現れたのはそっちの方だろ」
「話が通じてない……? あ、あなたはわたくしに召喚された悪魔なんでしょ!? つまり契約って言うのはーーー」
「ヒッ、ヒヒヒッ! てめえ、どうやってここに入って来たか知らねえが、あっしたちを無視するとはいい度胸じゃねえか!」
暫定悪魔と没落令嬢の押し問答に割り込んだのはデブ男。
折れ曲がった短剣……ククリナイフを取り出しながら、目をギラつかせて叫ぶ。
「あっしたちは今からその女で”お愉しみ”の予定だったんだよ! 殺されないうちにとっとと失せろ! ね、親分!」
「なっ、お、おうとも!」
デブ男の言葉で我に返った親分も背負ったこん棒を手に握った。
「背だけ高くて、ヒョロい兄ちゃんだなオイ。さっきの手品のタネは痛めつけて吐かせるとしよう!」
「クククッ、タネさえ分かれば悪魔召喚詐欺でもっと儲かりますね、親分……!」
「こ、こいつら……!」
ノッポ男までもが怪しげな魔術書を取り出し、臨戦態勢。
ステラは男たちを睨みつけながらも、恐怖のあまり思わずソルドに身を寄せてしまう。
一方のソルドはというと、相変わらずの無表情だ。
「なんだ、お前らは仲間同士じゃなかったのか」
「そんなわけないでしょ! 一時的に利用していただけ。しかもこいつらは元々わたくしを裏切るつもりだったのに、あなたが出てきたせいで計画がパァになったから怒ってるのよ!」
「……成る程、まだ全然わからないが、大体事情が呑み込めてきた」
ふぅ、と少し息を吐くと、ソルドはステラを庇うように前に出た。
「ステラと言ったな。一応、契約の内容をちゃんと宣言してくれ。緊急時だから細かいところは後回しにしてやるが、契約のコア部分くらいは聞かせてもらわないとな」
「こ、こあ? 一番重要なところってこと? それは……」
ステラは思考する。
悪魔との契約は絶対だ。良くも悪くも文字通りに履行されると聞いている。
(誤解・曲解のされようがない、契約の核心部分! 復讐……いや、それはわたくしの目的であって、悪魔自体を復讐に縛ってしまったらわたくしを放って勝手に敵討ちをしてしまうかもしれない。なら!)
没落令嬢は自分の血で汚れた左手を掲げ、宣言する。
「悪魔ソルドよ! 契約の内容はわたしの護衛! 契約は今時点から有効、わたくしの身に降りかかる危険を全て排除して!」
「了解」
短く返事をしたソルドの行動に躊躇は無かった。
ダンッ、と踏み込んだ一歩でデブ男の懐まで潜り込み、ククリナイフを持った手をねじり上げつつ掌底をその顎に叩き込み、地下室の壁まで吹っ飛ばす。
「なあっ!?」
親分が驚いている間にもソルドは動いている。
今度はノッポ男の背後から回り込んで一気に締めあげ、一言も発せさせないまま気絶させた。
「この野郎っ!」
「ソルド、危ないっ!」
ここまでされて、ようやく親分が動いた。
こん棒が黒髪の頭部めがけて振り下ろされるのを見て、ステラは思わず叫ぶ。
「見えているぞ」
だがこん棒はソルドの頭に当たらない。
彼はただ腕を頭上に上げ、軽い所作でこん棒を受け止めた。
ガギィ! と、その様子に似合わない硬質な音が鳴り響く。
「ば、馬鹿な片腕で!?」
「義体化無しか。今時珍しいが、文字通り力不足だ」
「ちょ、そんな馬鹿なぐあっ!?」
ソルドは受け止めたこん棒を両手で掴むと、そのまま親分の顔面にめがけて押し返した。
どさり、と自分で握っていたこん棒で頭を強打した親分は床に倒れ、動かなくなる。
そしてソルドは倒れた親分を軽く蹴って気絶を確認すると、静かに「排除完了」と宣言した。
「す、すごい……あっという間に」
ステラはあまりの出来事に息を呑み、同時に興奮していた。
「こ、この力があれば復讐だってすぐに……!」
「どうだ、依頼人さん。ご希望には添えていたかな」
「ええ、もちろんよ! さっすが悪魔ね! もの凄い力だったわ。うわっ手冷たっ」
皮肉っぽく肩をすくめるソルドの手を取り、ぶんぶんと激しい握手をする没落令嬢。
その目は高揚感に輝いている。
「えっと、これからよろしく! あと、わたくしのことはステラって呼んでね」
「ああ、分かった」
「ちょっと不愛想なのはいただけないけど……まあいいわ。じゃ、今後のことは街に戻ってから話しましょうか。悪魔召喚のためとはいえ、こんな場所からは一秒も早く離れたかったし」
「ステラ、出発前に少しいいか」
「何よ」
ルンルンで出口階段に向かっていたステラを遠慮がちに引き留め、彼女に召喚された悪魔は言う。
「悪魔召喚だって? 何を勘違いしているのか知らないが、俺は人間だ。さっきも言ったはずだぞ」
「あれだけ人外の動きを見せつけておいて?」
「いや、まあ……一般人よりちょっと硬いだけだ」
「んなワケあるか」
企業
ソルドが居た世界を支配していた色んな企業をまとめて呼ぶ蔑称。基本的に倫理観とかない。みんな違って、みんなカス。
義体化
サイボーグ化手術の総称。ソルドの身体は結構義体化されている。例えば腕とか、脚とか。
ーーーーー
新連載開始です!
ホントは別の作品を念入りに準備していたのですがどうも上手くいかず、もう何も考えずに好きなものを書くことにしました!
そのため書き溜めが実はほとんどない!ヤバイぜ!
あと待ちきれない人のために書いておくと、ステラ→ソルドの依存度(?)は徐々に高まっていくので気長に待ってね!
一応、遅くても3日ごとに更新予定!
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