第16話 もう戻れない...
あの事件に巻き込まれてから数日が経った。
あの夜、屋上で告げられたあと、僕は施設の病室に戻された。
──結局、僕は、どうすればいいんだ。
その疑問だけが、胸に残ったまま。
それから数日間、僕は病室で過ごした。
「とりあえず安静にすること」とだけ言われて、何もかもわからないことばかりだった。
逃げられない、って言われた。
でも、本当に逃げられないのか。
頭の中で、そう問いかける。
でも、その答えは、見つからない。
──精霊を呼び出した。一度出てきたら、そのままにはできない。
──精霊はメンテナンスが必要。無視すると死んで、持ち主が壊れる。
──ダークメンシェの正体を知ってしまった。
──マザー級ダークメンシェの力が体内に残っている。
一つ一つ、理由が並ぶ。
でも、その理由が、まだ現実として受け入れられない。
僕なんかが、祈戦士になれるわけがない。
もう一度、考えてみた。
でも、わからないことだらけだった。
僕は、どうすればいいんだ。
その疑問だけが、胸に残る。
***
そして、数日ぶりに学校に戻れることになった。
廊下の先に、関野美桜が見えた。ちょうど教室のドアに手をかけ、入ろうとしているところだった。
僕は、思わず反射的に声をかけた。
「関野さん」
振り向いた彼女が、短く言う。
「何?」
相変わらず冷たい目だった。
一瞬、言葉を失かける。
「……この前は、大変だったね」
あの夜のことを、取り繕うように口にした。
「そんなの、当たり前でしょ」
彼女は、即答した。
「勘違いしないで」
続けて、言い放つ。
「別にあなた、奈津紀とかには期待されてるかもしれないけど。私は認めてないから」
そう言うと、彼女はドアを開けて、先に教室に入っていった。
──なんだよ。
頭の中で、そう思う。
奈津紀さんが仲良くしてって言ったから声をかけただけだ。
それに少しは彼女のことを理解しようと、声をかけたつもりだ。
その結果がこれか。
ようやく学校に来て、話したのに。
その言葉だけが、胸に引っかかったまま、僕は遅れてドアを開けた。
教室に入ると、クラスメイトたちはいつも通り、スコアやテストの話、動画の話で盛り上がっている。
「おい、東郷。なんで休んでたんだよ」
誰かが、声をかけてきた。
「ああ……体調不良で」
そう答える。
でも、その言葉が、どこか嘘くさく聞こえる。
「体調不良?それで、そんなに長く休むか?」
「まあ、いいじゃん。戻ってきたんだから」と別のクラスメイトが、軽く流した。
でも、その言葉に、何も答えられない。
「なあ、この間のニュース見た?また怪物出たんだってさ」
誰かが、軽いノリで話題にした。
「どうせまたガス爆発でしょ。報道もワンパターンだよな」
「お前、そのあたり住んでるよな?なんか見た?」と視線が、僕に向けられる。
「ああ……騒がしかったね。ニュースで見ただけだけど」
そう答える。
でも、心の中で、別の言葉が浮かぶ。
──ニュースで、なんて言えると楽なんだろう。
頭の中で、そう思う。
でも、その言葉を口に出すことはできない。
クラスメイトたちは、すぐに別の話題に移っていった。
テストの点数。スコアの話。動画の話題。
僕は、自分の席に座った。
でも、心ここにあらずの状態で、授業を受ける。
窓の外を、ぼんやり眺める。
空は、いつも通り青い。
でも、その青さが、どこか遠くの世界の色のように見える。
──ここに座っていれば、本当に普通の高校生に戻れるのか。
頭の中で、そう自問する。
でも、その答えは、見つからない。
頭に浮かぶのは、ダークメンシェの顔と、彼女の悲鳴ばかり。
──あの人の苦しみ、それが怪物を作っていたのか。
頭の中で、そう思い返す。恐怖と戦慄が一気に吹き返す。
──でも、もう知ってしまった。
──もう、普通には戻れない。
それが事実らしい。
午後の授業が終わった。
僕は、帰り支度をしながら、腕時計型の端末を見る。
通知が、いくつか来ている。
でも、その中に、見慣れないアイコンがあった。
──GSO。
奈津紀さんが所属している祈戦士の組織だった。
通知を開く。
『研修オリエンテーションのお知らせ』
画面に、そう表示される。
『新しい祈戦士候補生の加入のため、研修を実施する。所属支部の祈戦士は集合すること』
その下に、
日時。場所。集合時間。
──研修。
この新しい候補生とは、自分のことだろう。
頭の中では理解する。
けれど、研修が具体的に何を意味するのか、そしてなぜ自分なのか、結局納得することはできなかった。
──無視してしまえば、全部終わるんじゃないか。
頭の中で、そう一瞬考える。
でも、その考えが、すぐに別の言葉で打ち消される。
奈津紀さんの言葉が、頭をよぎる。
──もう逃げられない運命にある。
頭の中で、そう繰り返す。
でも、その言葉が、まだ現実として受け入れられない。
通知の画面を、しばらく見つめ続ける。
指を、画面の上に置く。
でも、その指が、動かない。
──無視すれば、全部終わる。
──でも、終わらない。
頭の中で、そう繰り返す。
でも、その答えは、見つからない。




