4.27軍グリース駐屯地|グリース星系ゲートG0140~亜空間:船内
ちょっと長くなりますが、ニュートの分岐人格が軍へ赴いていますが、そこでのやり取りで、軍が鹵獲したゴーストギアの一部を見せられます。
ほぼ同時刻の古代船は、グリース星系から、いくつかのゲートを経由してマンティコアへ向かっています。
その船内ではムベアがパニック障害で引きこもり、ようやく出てきたら今度はシッダースから8軍に追われる理由を聞いて...
隣の商業ドームとは400kmほど離れているため、この27軍の駐屯地の一つである、グリース星系唯一の基地はメインドームの騒動に比べて至って平和であった。たまたま今周期の軍管区長の滞在基地となっていた、ここグリース基地では珍しくデュルガがその執務室に着座していた。
「随分と慌ただしい出発だな。クアザール。」
軍管区長のデュルガは、ライカノール属、獣人で2m近い体高と機能性細胞で出来ている黒い体毛で全身が覆われている。
笑うと恐ろしい口蓋が持ち上がり、その様相はヴィランそのものだが、平時は至って温厚な性格で、軍政に明るい中将であった。
「8軍から要請のあった、無人機はアントロノウスの船に貼りついているが、そのままで良いと?」
向かい合う2人の共有視界には、メインドームからまっすぐにゲートに向かう慣性駆動エンジンによって作られた航跡雲が見え、約5億キロを瞬時に通り過ぎて行った古代船の予定航路のボクセルのAR表示がやや遅れて消失していく映像が映っていた。
軍管区長は、着座していたが、その前のアヴァターである鳥人は立ったままだ。ホログラムなので疲れはしないが、ニュートの分岐人格の投影であるそのペルソナは満足そうな笑みを浮かべている。
「我々の船では、G0354の通過許可は出ないんだ。君たちの調査船に便乗するには急がないとね。」
シッダースの情報は8軍とどれほど共有されているのか、ニュートは怪しいものだと踏んでいた。同じアースリング系統の軍組織であったが、向こうは水棲種属が主体であったからだ。
「ムベアの友人の聖。彼を向こうに送らずに済んで何よりだった。27軍の人道的配慮に感謝する。」
ニュートのアヴァターの全く表情は変わらない。にこやかなペルソナが、相変わらず張り付いたままだ。
これ以上の情報は引き出せないと認めたのか、視線をニュートのアヴァターから外すと、手続き上必要なカルテをニュートとの間に浮かべ、指の交差暗号でもってそれを承認した。
消えたカルテ越しにもう一度ニュートに視線を向けるが、全く何の変化も見とれない。
「とにかく、直前のG0407で、君たちを収容する巡洋艦が待機している。次のG0299までは...。」と足下を一瞥し、一泊おいて続ける。エージェントに何やら確認したのだろう。
「4時間程あるな。どうせ暇だろう? ちょっと2局に寄って相談に乗ってやってくれないか?」
本体は今亜空間なので、実空間に顕在するゲートまで融合が出来ない。2局ということは、情報戦術に関わる何かだろう。
いわゆるオフィシャル任務、については契約同意が取れ、(まあ、渡りに船だった事もあるが)、今、同船しているあのナーガについても、すくなくとも、この27軍管区では、処分保留で話が付いた。問題は、次のG0299、セタセアン管轄のゲートであり、17軍管区にあるため、今頃隣の商業ドームのメインドックで足止めを食っている、訳あり8軍からの拘束要請があれば、そこでひと悶着起きるかもしれない。
だとしても、分岐人格である自分に、これ以上ここで出来ることは無いだろう。
「4H、契約2条7号適応でよければ。」
「構わない、エスコートにネロを付けよう。」
空気の揺らぎに気が付くと、横に若いダグノール属が立礼している。デュルガと同じカニスラプス・サピエンス。アースリングの獣人だ。基本的に、軍管区は遺伝系統を同じくする種属で構成される傾向にある。これは、軍がそもそも銀河帝国衰退期の地方軍をそのルーツにしていることからと思われた。
ネロは、ニュートのアヴァターへ振り向くと、慇懃に敬礼をした。階級章からすると、左官である。軍管区長付きだろう。
「スカウト・クアザール殿、ではこちらへ。」
「ありがとう、少佐。僕は軍属じゃないから敬礼は不要だよ。」
ネロに続き退室する肩越しにデュルガに一礼する。彼も立席し敬礼していた。
「あなたの姉上、クアザール大佐には、中将も私も、前線で何度も命を救われています。私については、あなたの奥方にも。ご両人とも御健在ですか?」
そういうネロの表情は全く変わらない。
基地、軍施設内でのアヴァターホログラムでの健在を許されるのは、かなりの特別待遇であった。視界制限他ここでの環境センサーへのアクセスは非常に限定されていたが、ニュートはとりあえずその制約を受け入れていた。
この、グリース星系への移民については、母星を追われる際、ニュートの双子の姉、クラウディアの強い勧めがあっての事だったが、デュルガとネロの2人の獣人の赴任時期に合わせて、というのは偶然だろうか?
「うん、ココ、シルとも元気すぎて、まったくもって僕の手に余るけどね。」
ネロの口角がわずかに動いた気がした。
2人は、降下シャフトに乗り込む。表示を見ると最下層のようだ。ネロは続ける。
「クアザール大佐は、本来であれば...。」
「大佐だって大したものだと思うよ。マンティコア属では、歴代最大の出世だもの。」
アースリングでは、新参のマンティコアに、軍政に関わる星付きはこれまで前例がなかった。ニュートロンはその理由を知っている。
「中将は、おそらく来期軍務内政に関わる立場に昇格されるでしょう。その時には...。」
「ネロ、我々マンティコアは、このままで構わない。中将には、この問題に近づかないでいてほしいんだ。特に彼自身の為にも。」
ニュートのその静かではあるが断固とした物言いに、ネロに、一瞬当惑のペルソナが浮かぶ。
ネロが視線を外し、一瞬床を見る。基地AIが干渉したのだろう。向き直った時には、元の無表情に戻っていた。
やがて無言の空間とともに、その降下シャフトが停止した。
「スカウト・クアザール殿、ここからは、基地AIがエスコートを引き継ぎます。」
「ありがとう、少佐。」
ニュートは礼を言い、シャフトを降り振り返った。
再び、彼はニュートに向かって敬礼し、シャフトの扉が閉まる。
ニュートは静寂の中、長い回廊の端に立っていた。
その左右には、1ダースづつのコンパートメントの強化扉が並んでいる。
(ニュート、久しぶりですね。あなたに見ていただきたいのは、左の最奥、2012のコンパートメントです。)
この基地管理AI、ミュケナイとは知らない仲ではなかった。その声と同時に、このフロア環境アクセスへの制限がすべて外される。そのフロアは無人ではなく、様々な情報担当武官が任務にあたっていた。そして、ニュートが2012の環境視界にアクセスすると同時に、彼のアヴァターも消えた。
再びの静寂の中。真っ暗な室内にニュートが自身の視界帯域を合わせる。
40平米ほどの空間が現れ、その中心のフロアから生えているかのように見える4メートル程の漆黒の円柱がそこにあった。
(ミュケナイ、これをどこで手に入れた?)
ニュートは珍しく狼狽し、思わず反応してしまった。
(やはり、あなたはこれに心当たりがあるのですね?)
(...。ガーディアンはどうなった?)
これは、ヴャド(貫)らしいが、残りの3本は何処かと、このフロア全体をサーチする。しかし、ここにはこの1柱だけのようだった。
(視界フィルタを生体磁気の可視化モードに切り替えて見てください。)
ニュートがあることに思い及ぶと同時に、ミュケナイの指示に従い視界調整を行う。
そこには、キュリンドリスを抱えて膝立てで座り込む、ヒト形の影のようなものが映っていた。
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そのころ、古代船の中では、基地の2012でニュートの分岐人格が見た、同じようなシルエットで居室のトイレで膝を抱えて座るムベアの素体の姿があった。
「ムベア、そんなところでいじけてないで、いい加減出てきなさいよ。」
トイレの隔壁扉の前では、シルがあきれ顔でノックを続けている。ムベアは全く動かない。
ゲートに侵入した瞬間、ムベアの素体のインプラントに、彼女の分岐人格が残されたが、行先がマンティコア星系と聞いて、一種のパニック障害の様相を呈し、トイレに閉じこもってしまったのだ。
「シル、ムベア、デッキでシャーがそろそろ目覚める時間です。どちらかが傍にいた方がよいと思うのですが。」
環境音でトライアスが告げる。
「だってさ、ムベア。」
すると、扉の向こうで動きがあった。その気配を感じてシルが安堵のため息を漏らした。
「デッキに先に行ってるわね。どのみちもうすぐスキップゲートに着くから、それまでには一旦デッキに降りてきておいて。」
彼女には、グリースのメインドックで8軍派遣のMPを足止めしている、母船と状況共有をしてもらわなければならない。
シルはそう言い残すと、足早にデッキへと降りて行った。
(トライアス、ニュートの容体は?)
(ポッドで休んでいます。シャーの安定化のために、今回は、かなりゴーストを消耗したようです。)
ニュートはギフトによって、共鳴した相手のゴーストに干渉することが出来る。時には損傷した相手に、部分的に彼のゴーストを種に変成したものを与え、癒すことが出来た。その逆に、自分に対して施術するために、適当な相手から奪うこともできるはずなのだが、それは彼が頑なに拒否し続けていた。
対して、シルは、同じギフトで、多魂体を得ている。それは、8つのスペアを持っているに等しい。これまで何度も自分のゴーストを使えと説得を続けてきたが、その必要はないと一刀両断、幼少からその頑固さは全くもって変わっていない。何よりも、雌雄融合を果たす前に、この調子ではニュートはゴースト死を迎えかねない。
(覚醒していないなら、そのまま休ませておいて。)
デッキに降り、中央にしつらえてあるベットに近づくと、そこに横たわるシッダースの寝顔を見下ろしながら、シルは静かに答えた。
(彼はもうすぐ覚醒します。呼びかけても大丈夫ですよ。)
すると、薄目がちに気が付いたシッダースが言った。
「ラーフ?」
すると、シルは微笑んだ。
「ここには、月は無いわよ? 亜空間航行中。」
すると、突然半身を起こし、あたりを見回す。
「ギーヤは何処に?」
「なに? 誰?」
怪訝そうな顔でシルが尋ねる。体調はよさそうだけど、頭は大丈夫かしらという顔。
「ニュートなら、居室のポッドで休んでいますよ。」
シッダースの跳ね起きそうな様子を見て、トライアスが介入する。
「確か私は、ダウンタウンの広場にいたはずだが。ここは?」
少し落ち着いた様子でシッダースが尋ねる。シルは、状況共有をトライアスに任せると、キッチンに上がって、皆の食事の用意にとりかかった。
シッダースの好みは分からなかったが、アースリング系サイヴォーグなら、軍用Cレーションで大丈夫だろう。出発時に、決済済クレジットで有機食用素材を十分な量買い込んでいた。ミールシンセサイザーに必要な情報を入力すると程なくして4つのパッケージトレーが生成された。そのうち一つは、大水下用のキューブレーションで、ニュート用に居室のポッドの給仕口にセットしておく。
(クレジット様、ありがとう。)
独り言ちて、上機嫌でデッキに向かう。その財布の元はムベアであったのだが、彼女の素体用のサプリメントも水と一緒にトレーに収まっている。
「皆さーん、御飯ですよーっ。」
と、デッキに元気に登場したが、どうも空気がおかしい。
(あれ?)
中央には、ベッドの代わりにテーブルと椅子がしつらえられていたが、ムベアはそこで相変わらず頭を抱えていた。
シッダースが横に座り何やら励ましているが、微動だにしない。
(どうしたの?)
トライアスに問いかけると、しばしの逡巡があった。
(我々、シッダースの8軍からの脱走の経緯を聞いていたんですが。)
(それは、シッダースが忌諱した分の保証をムベアが軍に賠償することでチャラにできるんでしょ?)
(いや、それが、彼の話ですと、脱走ではないんですよ。)
(どういうこと?)
(彼は、その、8軍によって、槍で消滅した筈の遺跡の守護者だそうで...。)
次のゲートまで、およそ2時間程でしょうか。セタセアンの権能領域のゲートで無事に通過ができるか危ぶまれます。シッダースはどうも古代の遺跡保護のためのAIとの融合人格らしいのですが、果たしてニュートは何処まで事態を把握しているのでしょうか。




