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1.コーメルチャーリス・グリースA・プリモス/メインドーム/メインドック/船内

舞台は、ある辺境、といってもそこそこ栄えた商業惑星。故郷を追われてたどり着いた先の、シルとニュート、そしてそこで手に入れた宇宙船とその管理AIであるトライアスが故郷の異変の前兆を得たところから始まります。

セクトAI(ユノ―)のサポートが無い中での雌雄融合は前例がなかった。昨夜のトライアルの記憶はもちろん意識下には無かったが、6層の意識統合への試みが無残な結果に終わったことは、相方への記憶の回廊が閉じたままである事からわかっていた。

(おはよう、シル。)

(…。)

夫であるニュートロンの挨拶に、シレンティウムは答えない。

代りに、夫、6令から終令へと変体中、の収まっているポッドを一瞥すると、インプラントを通じた情報リンク越しに2層までの意識共有を夫に開いた。そして目と耳の感覚が夫と共有される。


彼らマンティコア属は、有機知性体オルガノイドの中では新参であり、およそ30億周期程の属齢でその遺伝系列であるアースリングとしても、その故郷の星系が滅んだ後の知性体である。他のアースリングが主星として赤色矮星を選んで植民している中、彼らの故郷の第3植民星系は、ここ衝突銀河系の外縁の枝状星群では珍しいG2V型恒星であった。訳あってマンティコアを追放された2人にとって、4ゲート程離れたこの商業星系のM2V型恒星は常夜の星と言ってよかった。


(もう少し明るいドームへの居住権を船の為に諦めたのは君の選択だったと思うけど)

そういう事じゃない!とシレンティウムの感情がまた爆発しそうになる。夫は彼女の気鬱を環境のせいだと思っている。

(…。)


「ニュート、その言い方はフェアではありません。水棲変体した貴方の目では、大した違いが無いと選択権をシルに預けたのは貴方です。それに、シルの懸念は別の事です。」

居室のスピーカーから船のAIの声が割って入る。


「トライアス、君は僕の味方なんだと思っていたよ。立ち聞きは仕方ないにしても介入は感心しないな。」


「貴方のポッドは私の管理する船の一部です、ニュート。それに法的にも経済的にも私が仕えるのは…。」


「二人とも黙って。」


(…。)


彼女の苛立ちは、ここの暗さでもなければ、クレジットが足らず、居住区でなくドックの船内に暮らしていることとか、そういった環境に対しての不満が原因ではなかった。もっと本能的な欲求、第9脳からの要請が主であることを彼女は認識していた。


マンティコアの雌体、マンティファロスには主脳と副脳、6脚の付け根の補助脳、丹田奥の副副脳と9つの脳幹を持つ。対して雄体、マンティフィロスは主脳と副脳の2つのみである。両者とも、6令の後、終令への変体となるが、雄体は終令変体によって雌体と融合しその体は吸収される。雄体の複眼は後方視界を担当するものの、雌体の副脳に統合され融合自我を形成する。雌体がその中盾板裏に終令体を格納し、完全に統合されたマンティコアとなるには、8-10周期を必要とする。そして、マンティコアは雌雄二つのゴーストと生体卵を授かることになる。が、卵の孵化には、故郷、マンティコアの湖の環境が必要である。追放された今、卵を得たとしても、0令の双子を得るには湖の大水アクアエフィアの再現か、帰還が無ければ子を成すことは叶わない。


ニュートの変体が完了するまでは、おそらくあと3周期程は必要だろう。その間現実空間の手足を続けるのはシルの性格からして、いくら愛する夫の為とはいえ大問題だった。せめて素体、出来ればニュートの受肉(インカ―ネーション)に耐えるアースリングのクローン生体が欲しかった。それに、コンパートメントの問題。船は小型船で浴室もないのだ。ドックは与圧されているが環境維持の電池代もばかにならない。係留費の安いポートに移りたかった。

そして、認知世界で正規登録の攻勢探偵スカウトとして開業したものの、事務所も無いようでは客足も望むべくもない。


(なんにしても、クレジットが要る!)


この星系は、その主星の名をグリースという。連星系であり、グリースAはM0V級、グリースBはM3級、第3惑星は巨大ガス惑星であり、ここ第1とガス惑星の間の第2惑星は岩石星である。グリースはかつてはマシナリーの支配星系であったが、約2億周期程前に、オルガノイドのアントロノウス属の商業組合の一つが買い取り、かろうじてハピタブルゾーンにあった第2惑星のテラフォーミングを開始した。ここ第1惑星は昼側は日中は約420Kを超える環境であるため、夜側に開拓者用の居住ドームがある。公転周期はおよそ28時間。第3惑星の周りには4つの衛星があるが、すべて環境保護区となっており、噂ではマシナリーの遺跡が今でも稼働しているらしいが、少なくとも惑星開発委員会は後2万周期は調査目的以外の立ち入りを認めていない。その星系外縁にはアステロイドベルトが広がり、最外縁にゲートがあった。マシナリーと友好関係を築いているアントロノウス属の商業圏であり、この枝状星群のオルガノイド列強の殖民星系からも4-5ゲート経由で行き来できることから、このグリース星系は人口は少なくとも経済的にそれなりに栄えていた。一方で、ライブラリ分館、ナビゲータギルド支局は無く、認知世界の行政機関としては、惑星開発委員会の出張所となぜか軍の駐屯地が、こちらは独立したドームにだが、有るのみで、都市条約で保護されるメインドーム一つという僻地でもあった。租税回避には最適では有るものの、取り立ててオルガノイドにとって住みやすい星系ではなく、名物と言えば、聖や行者がなぜか多いという事ぐらいであった。比較的住民が裕福で施しで十分暮らしていけるという事なのかもしれない。


「キューには、2件依頼が入っています。一つは、ドーム管理局からで、ダウンタウンの聖の不法占拠者の退去の説得、もう一つは、ニュートを名指しでの指名ですが、軍から、”ゲーム”のコースオフィシャルの依頼です。」


「軍から、”ゲーム”の依頼ね。ニュート、もう借りはなかったんじゃないの?」

”ゲーム”とはいわば、この認知世界での代用戦争の役割を持つが、通常、オルガノイド軍は星系間や認知世界コミュニティの紛争解決には関与しない。つまり、軍そのものがニュートになにかをさせたがっているときの呼び出しコードであって、それは大抵、彼のギフトにまつわる特殊能力を当てにしたものであった。


(そうだね、だけどこれで素体を得ることが出来れば我々の財布の問題も解決しそうだけど。)


「一つ条件があるわ。軍用素体を使うのはやめてくれる?絶対変な枝ついてるもの。」


(了解。とりあえず、ライブラリにも内緒ってことのようだから、アヴァター送っとくよ。トライアス、で、コースはどこか言ってた?)


「G0354とのことですが。」


「…。」(…。)

どうやら、彼らの母星系、マンティコアがらみの案件のようであった。


(ちょっと、手ぶらで出向くのは危険な気がするな。下調べが必要みたいだから、聖の件を先にかたずけようか?)


「そうね、私が行くわ。」

と、シルはエアロックに向かうが、ドアは開かない。


「もしもーし」


(シル、相手は聖です、力業で何とかする気のようですが、彼らはホームレスでは無いんですよ?)

トライアスの懸念はもっともだった。そもそも故郷のマンティコアには行者は兎も角として、聖はいなかった。その為、彼らの社会的役割についての理解が足りない上、どうも、シルは聖の役割である、祈りという行為そのものの価値を認めていないようだった。


「蹴破るわよ?」

しかも機嫌が悪い。

終令体の彼女は2.4m以上の体高がある。一般的なマンティコアは2m弱であるから稀にみる巨体であった。戦役では生体で機械知性マシナリーの戦闘群体と渡り合うだけのオルガノイドとして圧倒的なフィジカルを持っていた。本気で暴れだせば、この船ごとドックまで破壊できるだろう。


「いけません、シル、落ち着いて話を...」

彼女の後ろ手に組んでいた中脚が解かれ、ドアに4脚で掴みかかろうとしている。

トライアスはシルのインプラントを介しての強制処置である、スタンの使用許可をドックAIに申請。

しかし、私有船内であることを理由に即時却下される。その時、一瞬船内気圧が変動する気配とともに落ち着いた肉声が船内に響いた。


「シレンティウム・クアザール」

シルは、一瞬硬直し、恐る恐る振り返ると、そこにポッドに寄り添うように立つ自分の夫の姿を見た。

そのアルビノの白い肢体はさらに白く透き通るようで、半ば萎えた両足と中脚で辛うじて立身を支えていた。久しぶりに直接見た夫の姿は、初めて会った時の体躯よりもさらに小さく、今やシルの体の半分もなかった。


「ニュート…」

変わらずやさしい光を帯びた赤と黒のオッドアイ、深い愛情を讃えているが、どこかその深淵では確固たる意志を携え一人戦うイメージがあった。

その瞼が閉じると同時に膝から崩れ落ちる。


一瞬で間を詰めて難なくニュートを両腕で抱きかかえるシル。その軽さに愕然とするが、彼の呼気を感じた瞬間に、燃え上がるような衝動に駆られた。


性的共食い(セクシャル・カリバニズム)と呼ばれる食害衝動。マンティコアの高い戦闘能力を支える因子であるためにその種属の遺伝設計において完全には排除できなかった性質である。この認知世界では、ゴーストと呼ばれるある種の情報子ミームからなるサイバー空間との共存による進化によって得た形質に本能と社会的共感力の一部が担保されている。いわゆる知性体の3体、生体とそれを支える遺伝子、ゴースト、後天的獲得性質である知性ロゴス、であるが、シルの場合、幼いころに獲得したギフトによって通常1つであるゴーストが3令を迎える前に9個に分離している。多重人格と呼ばれるのはロゴスの分離であり、この認知世界では、AIのようなゴーストを持たない準知性体の存在により特に珍しい存在ではなかったが、シルのようなケースは前例がなく、ギフトと同時に降りた託宣が不完全である以上その目的も不明であった。(シルは、その託宣、ギフトをもたらした存在との邂逅での対話の記憶を失っている。)しかし、シルの並外れた体格とその8つの補助脳に紐づくゴーストによって彼女の並外れた戦闘能力を支え、戦士として名高いクアザール姓属の中でも最強の戦士として名を馳せていた。


9つの分離したゴーストを制御する一つの知性ロゴス、強烈な本能と理性の綱引きにより、彼女の複眼が赤く染まる。


「食べちゃいたいほど愛してるって?」

ニュートのその言葉とともに彼のゴーストが彼女のそれに触れるのを感じた瞬間、灼熱の複眼は虹色に徐々に戻っていった。

ニュートはシルとギフトを分け合っている。本来、ギフトは5-6令のマンティフィロスのみに稀にもたらせられる種属的慶事であったが、その場に偶然居合わせたシルも巻き込まれ、結果として託宣は不完全のまま、2人はその意味について知ることはなくここまで来ていた。ニュートの得たギフトについてはその詳細は不明であるが、彼にはゴースト、その実体は別の位相空間で保存されるが、が見えるだけでなく。自らのゴーストによって他者のそれに干渉できるようであった。


「シル、ごめんね。」

腕の中で退化しつつある肺の喘鳴を聞きながら、シルは先に謝られたことについて不満があったが、無言でニュートを抱きしめると、静かに抱え上げてポットに戻した。技術的にまだ不完全な、人工大水に満たされ沈んでいくニュートの目を見ながら、無表情でポッドを閉める。

(ありがとう。ニュート。)

心の中だけでつぶやきながら、自分を取り戻したことを確認して深い呼吸の維持を意識する。


「トライアス、もう大丈夫よ。状況の説明を。」


船のAIは、ポッドの中のニュートのバイタルを確認しつつ、シルとの共有視界を開くとダウンタウンの聖の出家教団、エフェクトウム・フィニス、の中心に横たわる、一人の聖の異形な姿を映しだした。


(続く)






シルとニュートは8層あるとされるロゴスの意識統合のトライアルに入っています。失われたギフトの託宣の記憶、特にシルにもたらされた筈の言葉をニュートは記憶の回廊がつながることで得られると確信しているようです。この認知世界でも宗教的な存在はあって、物語にも大いにかかわってきますが、今は、聖は衆生救済のために祈る人、行者は自己救済のための求道者、くらいに捉えておいてください。

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