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冒険者ギルドへ

森を抜けた佐藤は、ついに街へと辿り着く。生活の基盤を築くため冒険者ギルドへ向かうが、そこは無愛想な受付嬢や柄の悪い冒険者が集う場所だった。しかし【時間操作】を駆使し、彼はあらゆる失敗をやり直し、完璧な立ち振る舞いで周囲を驚愕させる。

川沿いを歩き続けること半日、佐藤の視界にようやく人工的な建造物が見えてきた。高い木の柵で囲まれた、中世ヨーロッパの都市を思わせる街並み。土埃の舞う街道を、荷馬車や武装した人々が行き交っている。ついに、文明社会にたどり着いたのだ。安堵と共に、佐藤は新たな生活への期待に胸を膨らませ、街の門をくぐった。

街の名は「リンドール」。石造りの建物が並び、活気に満ち溢れていた。露店では見たこともない果物や干し肉が売られ、鍛冶屋からは鎚を打つリズミカルな音が響いてくる。しかし、その活気の裏で、衛兵の横柄な態度や、路地裏で言い争う商人たちの姿も目に入った。どこに行っても、社会というものは理不尽さと非効率さを内包しているらしい。だが、今の佐藤にとって、それはもはやストレスの種ではなかった。むしろ、自分の能力でいかにスムーズに立ち回れるかを試す、格好のフィールドに思えた。

情報収集と当面の生活費を稼ぐため、佐藤は異世界ファンタジーの定番である「冒険者ギルド」を探すことにした。街の中心部に一際大きく、そしてどこか荒々しい雰囲気を放つ建物を見つける。木の扉には巨大な斧の紋章が掲げられており、中からは野太い笑い声や怒号が漏れ聞こえてきた。前世であれば、間違いなく入るのを躊躇うような場所だ。しかし、今の佐藤は違った。彼は深呼吸一つすると、ためらうことなくその扉を押した。

ギルドの中は、酒と汗と鉄の匂いが混じり合った、むせ返るような熱気に満ちていた。屈強な戦士たちがジョッキを酌み交わし、軽装の斥候たちが依頼書クエストボードの前で情報を交換している。その視線が一斉に、場違いなほど簡素な服装の佐藤へと突き刺さった。値踏みするような、あるいは嘲るような視線。普通の人間なら委縮してしまうだろう。だが、佐藤は動じなかった。彼はまず、全体の状況を把握するために、静かに周囲を観察した。

目的は冒険者登録。カウンターは一番奥にある。そこには、数人の受付嬢が忙しなく働いていた。その中でも、栗色の髪をポニーテールにした、少し不機嫌そうな顔つきの女性がいるカウンターが比較的空いている。佐藤はそこへ向かうことに決めた。


「すみません、冒険者登録をお願いしたいのですが」


佐藤が丁寧な口調で話しかけると、受付嬢――名札には「エリーナ」と書かれている――は、書類から顔も上げずに面倒くさそうに答えた。


「新規か。そこの棚にある登録用紙に記入して持ってこい。不備があったら突き返すからな」


取りつく島もない、とはこのことだ。前世で何度も経験した塩対応。しかし、佐藤の心は凪いでいた。彼は「ありがとうございます」と一礼し、指定された棚から羊皮紙の登録用紙を手に取った。

用紙に書かれた項目は、名前、出身地、特技など、馴染みのあるものもあれば、「主な使用武器」「得意な魔法属性」といった、この世界ならではのものもあった。佐藤は羽ペンをインクに浸し、慎重に書き進めていく。


「名前:サトウ・トオル。出身地…うーん、『東の果ての島国』とでもしておくか」


順調に書き進めていたが、特技の欄でペンが止まった。ここに【時間操作】と書くわけにはいかない。悩んだ末、「状況判断能力、交渉術」と当たり障りのないことを書いた。そして最後の項目を書き終え、インクを乾かそうとしたその時、背後で騒いでいた大男の冒険者が、振り回した腕が佐藤の手に当たり、インク瓶が倒れてしまった。黒い染みが、完成したばかりの書類を無惨に汚していく。


「おっと、わりぃわりぃ」


大男は悪びれもせずに笑っている。周囲の冒険者からは失笑が漏れた。エリーナはちらりとこちらを見て、「チッ」と舌打ちをしたのが聞こえた。絶望的な状況。前世の佐藤なら、ここで心が折れていただろう。しかし、今は違う。


「(戻れ!)」


佐藤は心の中で強く念じた。世界が刹那、巻き戻る。彼の視界は、大男の腕が当たる寸前の光景に戻っていた。彼は今度、倒れたインク瓶が描く染みの軌道を完璧に予測し、まるでそこに染みがあるかのように、さりげなく書類を避けた。インクは彼の書類を避け、カウンターの床に虚しく広がった。


「おっと、わりぃわりぃ」


同じセリフを繰り返す大男。しかし、今回は被害がない。佐藤はにこやかに「お気になさらず」と返し、完璧な状態の書類をエリーナに提出した。エリーナは、床の染みと無傷の書類を不思議そうに見比べたが、何も言わずに受け取った。


「ふん。まあ、字は綺麗だな。じゃあ、次は実技試験だ。そこの訓練場で、模擬ゴーレムを一体でも倒せれば合格。無理なら帰れ」


新たな無茶ぶり。佐藤に戦闘経験などない。しかし、彼は動じない。


「すみません、私は戦闘職ではないのですが、何か別の方法はありませんか?」


「あ?ごちゃごちゃうるさいな。ルールはルールだ。できないなら…」


エリーナの言葉が刺々しくなった瞬間、佐藤はやり直した。


「(戻れ!)」


彼は、彼女の性格を瞬時に分析した。正論や泣き言は通用しない。もっと別の、彼女の琴線に触れるアプローチが必要だ。


「(二度目の挑戦)」


「すみません、私は戦闘職ではないのですが、何か別の方法はありませんか?」


今度は、少し困ったような、しかし誠実さが伝わるような声色と表情を意識して言ってみた。


「だから、ルールは…」


まだダメか。彼女の眉間の皺が深くなる。


「(戻れ!)」


「(三度目の挑戦)」

佐藤は少し考え方を変えた。彼女の土俵で話すのではなく、彼女の興味を引く提案をするのはどうだろうか。


「承知いたしました。ただ、もし私が戦闘以外の方法で、ギルドに貢献できる資質を示すことができたら、その時は考慮していただけませんか?例えば…この山積みの書類整理とか」


佐藤は、彼女のカウンターの脇に積み上げられた、膨大な量の未処理書類の山を指さした。その言葉に、エリーナの眉がピクリと動いた。図星だったらしい。彼女は毎日、冒険者たちの相手をしながら、この事務作業に追われていたのだ。


「……面白いことを言うじゃないか。いいだろう。もし、お前が私を納得させられるだけの『何か』を見せられたら、特例として登録を認めてやる。だが、できなかったら、二度とこのギルドに顔を見せるな」


彼女は挑発的に笑った。佐藤は「ありがとうございます」と深く頭を下げた。彼の狙い通りだった。

佐藤は、先ほど見たクエストボードに貼られていた、古文書の解読依頼を指さした。それは高難度で、何週間も誰も手を付けないまま放置されていたものだ。


「あれを、30分以内に解読してみせます」


「はっ、馬鹿言うな。あれは王宮の学者でも匙を投げた代物だぞ」


エリーナは鼻で笑った。しかし、佐藤には勝算があった。彼のスキル【言語理解】は、現代日本語だけでなく、この世界のあらゆる言語に対応していたのだ。彼は依頼書を受け取ると、カウンターの隅で解読を始めた。複雑な古代文字の羅列。しかし、彼の目には、それが自然と意味のある文章として流れ込んでくる。

それでも、一度で完璧に解読するのは難しい。文脈の繋がりがおかしい部分や、意味の通らない箇所がいくつか出てくる。そこで、佐藤は再び【時間操作】を使った。ある解釈で行き詰まる→10秒戻る→別の解釈を試す。この作業を繰り返すことで、彼はパズルのピースをはめるように、最も整合性の取れる文章を高速で組み立てていった。

約束の30分後、佐藤は完璧に翻訳された羊皮紙をエリーナに提出した。彼女は半信半疑でそれに目を通し、その内容が正確無比であることに気づくと、絶句した。今まで誰も成し遂げられなかった偉業を、目の前の男が、たった30分でやってのけたのだ。


「……お前、一体何者なんだ?」


エリーナの声は、もはや不機嫌ではなく、純粋な驚きと興味に満ちていた。


「ただの、少し物知りな男ですよ」


佐藤は穏やかに微笑んだ。こうして彼は、戦闘を一切行うことなく、異例中の異例として冒険者登録を認められた。彼のギルドカードには、戦闘ランクを示す「F」の文字の横に、「特別功労者」という奇妙な称号が刻まれることになった。この日、リンドールの冒険者ギルドに現れた謎の新人「サトウ」の噂が、まことしやかに囁かれ始めたことを、彼はまだ知らなかった。


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