初めての「やり直し」
ユニークスキル【時間操作】を手に入れた佐藤。その力は、死の運命すら覆す絶大なものだった。彼は日常の些細な失敗すら「なかったこと」にできると気づく。一つのミスも許されなかった前世とは違う。この小さな「やり直し」が、彼の心を完全に解放する。
猪との遭遇で、佐藤は自身の持つユニークスキル【時間操作】の絶大な効果と、それがもたらす生存への確かな手応えを実感していた。死の運命すら覆すこの力は、彼の心に大きな変化をもたらした。前世で常に彼を苛んでいた「失敗への恐怖」という重圧が、嘘のように軽くなっていたのだ。もう、一つのミスで全てを失うような理不尽な世界ではない。ここでは、どんな選択も10秒以内ならやり直せる。その安心感は、彼に前向きな思考と、未知の状況に踏み込む勇気を与えてくれた。
森を抜ける道を探して歩き始めて数時間、彼は小川を発見した。川に沿って下れば、いずれは人の住む集落に出られるかもしれない。そう考えた彼は、川岸のぬかるみに注意しながら歩を進めた。その時だった。足元の苔むした石が、彼の体重を支えきれずにぐらりと傾いた。
「うわっ!」
体勢を崩した佐藤の体は、なすすべもなく川へと転がり落ちていく。冷たい水が服に染み込み、浅瀬だったが流れは意外に速い。咄嗟に受け身を取ろうとしたが、運悪く水中の尖った岩に脇腹を強かに打ち付けてしまった。激痛が走り、思わず声が漏れる。なんとか岸に這い上がったものの、服はずぶ濡れで、打撲した脇腹はじくじくと痛み続けた。
「ついてない…」
濡れた服の不快感と体の痛みに、思わずため息がこぼれる。しかし、その直後、彼はハッとした。なぜ、自分は今の状況を受け入れているのだろうか?失敗したなら、やり直せばいいではないか。その思考に至った瞬間、佐藤は迷わず念じた。「戻れ」。
世界がわずかに巻き戻る感覚。次の瞬間、彼は川に落ちる数秒前、苔むした石に足を乗せる直前の自分に戻っていた。足元には、先ほど自分を裏切った不安定な石が鎮座している。
「これか」
彼はその石を慎重に避け、安定した地面を選んで一歩を踏み出した。今度はバランスを崩すことなく、無事に通り過ぎることができた。服は乾いたままで、脇腹の痛みもない。ほんの数秒時間を遡っただけで、怪我と不快な思いという二つのネガティブな事象が、完全に「なかったこと」になったのだ。
この経験は、佐藤にとって猪の時とはまた違う、新たな発見をもたらした。この力は、生命の危機という極限状況だけでなく、もっと日常的な、些細な失敗にこそ真価を発揮するのではないか。道を間違える、人に失礼なことを言ってしまう、料理の味付けを間違える。そういった日常に溢れる無数の小さな後悔を、彼は全て消し去ることができる。
その事実は、彼の心をかつてないほど軽くした。失敗を恐れずに、まず行動してみる。ダメなら、やり直せばいい。その思考の転換は、まるで世界から制約という名の枷が外れたかのような、圧倒的な解放感を彼に与えた。
「よし、行こう」
佐藤は、先ほどまでとは見違えるように晴れやかな表情で、再び歩き始めた。彼の足取りは軽く、その目には確かな自信が宿っていた。この異世界で、彼はもう何も恐れない。どんな困難も、どんな失敗も、彼にとっては最適解を見つけるための試行錯誤の過程に過ぎないのだから。彼のストレスフリーなサクセスストーリーは、この小さな「やり直し」から、本格的に幕を開けたのだった。