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過労死と転生

鳴りやまない電話、積みあがる書類の山。サラリーマンの佐藤は、過労の末に意識を失い、見知らぬ森で目覚めた。

蛍光灯が明滅するオフィスは、硝煙のない戦場だった。鳴り止まない電話のベル、キーボードを叩きつけるように響く打鍵音、そして紙とインクの乾いた匂いが混じり合った淀んだ空気。佐藤徹は、その戦場の真っただ中で、中間管理職という名の消耗品として機能していた。モニターに映るのは、赤く点灯する無数のエラーコードと、締め切りの過ぎたタスクリスト。胃はキリキリと痛み、カフェインで無理やり繋ぎとめた意識は、まるで水際の砂の城のようにもろく崩れかけていた。


「佐藤君!このバグ、まだ直らないのか!クライアントはカンカンだぞ!」


背後から飛んでくる上司の怒号は、もはや日常のBGMと化していた。謝罪の言葉を口にする気力すら湧かず、ただ空虚な目で画面を見つめ返す。三日前から家に帰っていない。シャワーも浴びていない。最後にまともな食事をしたのはいつだったか。思考がまとまらない。指先が痺れ、視界がぐにゃりと歪み始めた。まずい、これは限界だ。そう思ったのを最後に、佐藤の意識はキーボードの上に崩れ落ち、深い闇へと沈んでいった。過労死。三十代半ばにして迎えた、あまりにもあっけない最期だった。

次に意識が浮上した時、鼻腔をくすぐったのは淀んだオフィスのではなく、湿った土と青々とした草木の匂いだった。硬いデスクの感触はなく、背中には柔らかな苔の絨毯が広がっている。ゆっくりと目を開けると、視界に飛び込んできたのは、見たこともない巨木が鬱蒼と茂る、広大な森の風景だった。木漏れ日がキラキラと地面に模様を描き、小鳥のさえずりが耳に心地よい。


「……どこだ、ここ?」


かすれた声で呟くが、返事はない。夢か、あるいは死後の世界か。混乱する頭で体を起こすと、不意に、直接脳内に語りかけるような、無機質な音声が響いた。


《初回起動を確認。チュートリアルを開始します。スキル【ステータス】が使用可能です。念じるか、声に出して『ステータスオープン』と宣言してください》

まるで出来の悪いVRゲームのようなアナウンスに、佐藤は半信半疑ながらも、藁にもすがる思いで口にした。


「ステータス…オープン」


すると、目の前の空間に半透明の青いウィンドウが音もなく現れた。そこには、信じがたい情報が羅列されていた。

名前:サトウ・トオル

種族:ヒューマン

職業:なし

レベル:1

HP:100/100

MP:50/50

スキル:

・ユニークスキル【時間操作(巻き戻し:10秒)】

・言語理解

「時間…操作?」

その文字を呆然と見つめる。前世では、時間とは常に追われ、奪われるものでしかなかった。その「時間」を操るだと?皮肉なものだ。しかし、これが現実ならば、あの地獄のような日々に戻らなくていいということか。そう思った瞬間、佐藤の胸に、じわりと温かいものが込み上げてきた。それは、数年ぶりに感じる安堵という感情だった。もう、あのオフィスに戻ることはない。それだけで、この見知らぬ世界は天国のように思えた。彼は大きく息を吸い込み、森の新鮮な空気を肺いっぱいに満たす。第二の人生が、今、静かに始まろうとしていた。

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