3 この気持ちは
今、蒼が力を使った場所は人があまりいない静かな場所だ。だから誰かが怪我をする心配はないし、今すぐ見つかる可能性は低い。でも時間をかけ過ぎれば見つかってお説教をくらうはめになるだろう。
「蒼、できるだけはやくしろよ」
ぶつぶつとまだ詠唱している蒼にそう声をかけ、出来るだけ急ぐように伝える。すると詠唱がとまり、周りの草や花、石畳がだんだんと押さえつけられていく。やがて草や花は潰れ、石畳はバキッと音を立てて壊れていく。蒼は悪ガキのような笑顔で、僕の名前を呼んだ。
「燈琳!おわった!」
それがいつもの合図。強い風が吹き始め頬を掠めながら通り過ぎていく。まるで生きているように。
『躑躅家』
<神力を自由自在に操ることが出来る能力>
自分の神力で何かの形を作ることや、神力で自然の力を借り操ることも可。その卓越した神力に対する知識と理解力で、力を使っている"神力使い"の居場所を探ることも出来る。神力が多い躑躅家の者は、誰かの神力を封殺する事も出来る。
蒼はゆっくり僕の隣に来ると、紋章を僕に返した。僕と蒼は一緒に手を前に出し、
『躑躅の名そして"連翹"の名のもとに命ずる、我らが求めたものをここに__________差し出せ』
風がその言葉に答えるように、小さな竜巻が起こる。そして________
「っ郎!!』
頬に殴られた跡のある郎と、黒のフード付きローブで顔を隠した男が、竜巻の中から現れた。
「チッ、しくじった...」
黒のローブの男はそう言うと、ポケットから何かを素早く取り出して口に入れた。するとローブの中から煙が吹き出て、10秒もたたないうちに"中身"が消えた。
「郎!大丈夫かい?」
蒼と僕が郎の近くに駆け寄ると、郎はいつもの調子で自分の頬に触れながら言った。
「こんなの痛くも痒くもない。それより、助けてくれてありがとう」
「どうってことないよ。蒼が全部してくれたし」
「燈琳の力も借りたから何も疲れていない!今は郎の身体の方が心配だ。アイスは諦めてまた今度3人で来よう」
蒼の言葉に僕と郎は頷き、立ち上がる。そして郎は少し笑って僕たちを見た。
「......本当は色々と問い詰めたいのだが、聞かないでおこう。そちらの方が都合がいいんだろう?」
「......うん。ごめん、いつか....いつか言うから」
実は、僕と蒼の苗字は郎に言っていない。というか、僕たちの苗字を知っている人は少数だ。学院でも知っている人は一部の教師と理事長。そして自分たちの家族と、この世界の"王"のみが知っている。
そして今回郎が攫われたのは初めてでは無い。これで3回目なのである。理由は________
「いつも、迷惑かけてごめん。でも、言ったら....きっと郎はもっと酷い目にあうから....言えない」
郎は僕たちと一緒にいるせいで危険な目にあう。僕たち『躑躅家』と『連翹』家を狙う一族。
『桔梗家』によって、常に僕と蒼は命の危険にある。今回現れた男も桔梗家の送り込んだ者だろう。本来僕たちは学院に行く以外、外出も許されない立場にいるのだ。
「いいんだ。俺はそれでも蒼と...燈琳と居たい。俺のわがままに付き合ってくれてむしろ感謝している」
「......ははっ、ありがとう。これからも頼むよ。ツッコミ担当の郎がいなくなったら大変だからさ」
「俺はツッコミ担当だったのか?!」
郎に対する申し訳なさは残る。でも、この時間を手放したくはない。僕と郎はいつものくだらない会話をしながら、前へと進んだ。
一人、燈琳の背中を見つめる蒼に気づかずに。
そこにはいつもの明るい表情ではなく、誰にも見せたことのない暗い表情が浮かんでいた。
背中を見つめるその瞳には、重すぎる何かの思いが込められている。だが蒼はそれを燈琳に気づかせる気なんてない。
「.......」
「?、蒼ー!はやく来いよー!」
燈琳が後ろを振り向き、蒼を呼びかける時にはもういつもの明るい表情に戻っていた。
「.....うん!今いくよ!」
2人の元に駆け寄る蒼は、"今日"も誰にも気づかれずにこの気持ちを押し殺した。
郎に向ける鋭い視線も、誰にも見られることなく。
燈琳の友達『鮫百合 郎』の見た目
白い髪の一部に紫が入っている艶のある髪に、少し濃いめの紫の瞳。燈琳と背格好が似ているので双子に間違えられる事がある。郎も結構顔がいい。学院三大イケメンのうちの一人。ちなみにあと2人は燈琳と蒼である。