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なんとなく曇っている朝。
先日、王都の使いのハロルドがきて、僕に未来が見える能力があるからと能力者で構成される騎士団?のようなものに入ることになった。ついでにいうと村を出ることにも。
僕は荷造りを済ませて、ハロルドが来るまでなんとなくぼーっとしていた。
「大丈夫?」上から優しくて明るい声がした。
声がした方を向くとミシェルさんの優しい色の金髪がさらりと音を立てて流れていた。
「いえ…ちょっと落ち着かなくて…」
僕はありのままに気持ちを吐いた。
「まあ仕方ないわね。急に遠いところに行くのは不安よね。」
「はい……」
「ちょっと歩いてきたら?楽になるんじゃない?」
「そうですね…」ほとんど上の空で返事をしてしまった。
僕は脱力しながら立ち上がり、行ってきますと言って外に出た。
外に出た瞬間、少し強い風が吹き抜けた。
それで少し気分が晴れた気がした。やっぱり外はいい。落ち着く。一歩一歩、この土地を噛み締めるように踏み締めた。
よく考えたら、この村にも今日からしばらく離れることになる。
そう考えると地面と風景が愛おしく感じてきた。
2kmくらい先から馬車の音が聞こえてきた。
この村に外から人が来ることはあまりない。朝早くとなれば尚更。
多分迎えが来たんだろう。
僕はくるりと背を向けて,家へ向かった。
◇
荷物を確認。
あと3秒。
2秒。
1秒。
0。
「コンコンコン」ドアからノックの音がした。
ミシェルさんが心配そうにコチラを伺う。僕は頷いてドアを開けた。
ドアを開けると,ハロルドがいた。
「おはようございます。」ハロルドが言った。
「おはようございます。」僕とミシェルさんも挨拶した。
「準備はできましたか?」
「はい。」
「では荷物を運びますので、全て持ってきていただけますか?」ハロルド少し奥を覗きながらいった。
「あ、これです。」僕は手に持った肩掛けの鞄を見えるように掲げた。
「…へ?あ、荷物の一つということで…。」
「これで全部です。」僕の鞄は顔くらいの球が四つ入るくらいの大きさだ。少ないとは言っても少しギチギチになっているが。
「…わかりました。」少し驚いて、何かを悟ったようにハロルドは頷いた。
まあ驚かれるとは思ってはいた。僕はミニマリストなんだ。
「では我々は出発します。養母様もお元気で。」
「ルイくんをよろしくお願いします。」ミシェルさんは普通に頷いた。
「…行ってきます。」僕はできるだけ抑揚を抑えて言った。
「…ルイくん。」ミシェルさんが言った。
僕の手を握った。その手は優しくて、綺麗で,温かかった。
「…気をつけてね。」そう言って笑ってくれた。
「はい。行ってきます。」僕はもう一度,勇気を証明するようにそう言った。
◇
外に出たら木造の馬車があった。小さめの荷台があったが、僕が役目を無くしてしまった。馬が地面に鼻を近づけている。
少し周りを見渡すと子供たちと何人かの大人がこちらを見ていた。朝早いのに。
僕は大きく手を振った。
すると子供たちはぱっと明るくなって,手を振りかえしてくれた。とても可愛い。大人たちも微笑ましく見守ってくれている。
そしてすぐ後ろにはミシェルさんが暖かく見守ってくれている。
「愛されてますね。」ハロルドが言った。
顔が熱くなるのを感じた。
「…うん。」
「では行きますか。」
僕らは馬車に乗った。僕はもう一度手を振った。馬車が動き出した。
景色が遠のいていった。
◇
しばらく馬車に揺られていた。空も明るく晴れてきた。見たことない風景が隣を歩いている。ちょっと緊張する。
「…少し気になることがあるのですが。」ハロルドがいった。
「…何ですか?」
「能力はいつ頃から出たとか,そう言う詳しい情報は存じてますか?」
「何となくですが、物心ついた時からあったのと、心拍数に比例して見える時間が変わります。心拍数が速くなるほど近い未来が見えまる…くらい?」
「面白いですね。意図的に見えるものなのですか?」
「いや、そうでは…」
その瞬間、頭に映像が走った。
隣の林から何かが飛んできた。目にも止まらぬ速さで僕の横を通り抜け,ハロルドの手に…
そこで途切れた。
僕は反射的にハロルドの左手を挙げて,右手を下げさせた。
ハロルドは驚いていた。
その瞬間、林から矢が飛んできた。手スレスレを通り過ぎる。
「何だ!?」
馬車の荷台に何かが乗り込む音がした。
振り返ると大柄の男が荷台に乗っていた。口は自身ありげに上がっていて,意地悪くこちらを見下している。
「誰だってぇ?俺はカトルのボス、空を飛ぶ能力者だぁ!」男はけたたましくそう叫んだ。
「カトル…だって?」ハロルドの顔色が変わった。
「え?」
「ルイ様逃げてください!こいつと戦ってはいけません!!」ハロルドが叫んだ。
男が高く跳躍した。弓を構える音がした。
僕は体を捻って避けた。男が荷台に降って来た。今度は弓で殴ろうとして来た僕は飛んできた矢でそれを跳ね返した。ついでにそれを投げた。男を掠めた。
「ガキが…!」男が唸った。
映像が見えた。
僕に近づこうと男が身を乗り出す。
ハロルドがその男を殴ろうと振り返る———
僕は鞄から布を出して男の頭に覆うように被せた。
そしてハロルドが拳を突き出す。
不意を突かれた男はもろに拳を喰らう。
一瞬の隙を狙って,ハロルドが男の首を絞める。僕は男の手足を固定できるよう,力を込めた。
男はしばらく暴れたあと、ゆっくりと動かなくなった。
割とあっさり終わった。
「…すみません,コイツの手首足首を縛っていただけますか?」
「あ、はい。」僕は太めの紐を取り出し,申し訳程度の拘束をした。急に起きないことを願うばかりだ。
「王都もすぐそこなのでさっさといって捕まえてもらいましょう。何だかもう疲れました…。」ハロルドがぐったりしながら言った。
「そうですね…と言うか,何でコイツにそんなに驚いていたんですか?あとカトルって…」
「あ、それはですね…王都に着いたら話そうと思っていたのですが…」
犯罪を犯す能力者の中でも最も危険視されているのは『カトル』と呼ばれている組織だ。
広くは知られていないが,時々起こる大きな事件はほとんどカトルが関係しているらしい。
その組織の中でも上位に上がるほど強く,残虐な能力者が4人確認されているため,カトル(フランス語で4という意味)と呼んでいる。
「…そんな危険な組織のボスが…コイツ?」
「そう思ったのですが,おそらくただの盗賊かと思われます。そもそもその組織のボスがこれでは、とっくに軍に捕えられているでしょう。」
これ…か。まあ確かに。
「にしても、私とコイツを倒す時の連携…見事でした。」
「あっ、いえ、よく子供たちと鬼ごっこをしていたので,2人で鬼をする時はその子の癖とかを分析しながらやっていて…。」
ハロルドの方を見ると、目を丸くしていた。
そして段々口角が上がっていき、最後には吹き出した。
「あーはっはっはっ!動きを分析してって…私は子供ということですか!あはは!」何だか大笑いしていた。なんだか恥ずかしくなってきた。
「えっと…ハロルドさん?でしたっけ?」
「はい。ハロルドでいいですよ。」目を潤ませながら答えた。
「じゃあ僕もルイでいいよ。」
「…ではそうしますね。ルイ。」
なんやかんや言って、ハロルドと仲が良くなった気がした。
僕は晴れた空を遠く見つめた。