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涼しい風に起こされた。
穏やかなのに夢の世界から引き摺り出されるような風がすぐ横を駆け抜けた。
◇
僕はルイ。18才の青年。
毛先は緑がかった黒髪、それ以外は白髪、立っているのに気弱そうな深い緑色の目、口は不思議そうに下がっている。
少しベッドの上で伸びをして、かちゃかちゃと音がする方へ向かった。
「おはようございます。」
「おはようルイくん。今日は遅かったわね。」
この人は養母のミシェルさん。優しい色の金髪。柔らかく刻まれた笑い皺。背は僕より少しだけ低く、いくつかの洗濯物を抱えている。
「うん、昨日は少し森で色々やってたから…あ」
その時、頭の中に景色が浮かんだ。
ミシェルさんの持っている洗濯物の上に鳥の糞が落ちた。
『わ、せっかく洗ったのに〜』少し残念そうな顔をするミシェルさん。そこで景色は途切れた。
「…あミシェルさん」
「ん?」
「大股二歩後ろに下がって。」
「え?ああ…ってわっ!」
さっきまでミシェルさんがいた場所に、鳥の糞が落ちた。
「危なかった〜!いつもありがとう」ミシェルさんが眉を下げて申し訳なさそうにお礼を言う。
この世界は、一部の人に特殊な能力が与えられている。その種類は様々だ。
僕は未来を予知できる。
とは言っても自分で自由に予測できるわけではなく、心拍数に比例してどれだけ先が見えるか変わるので少し扱いが難しくはあるが。
「いえ。汚れなくてよかったです。」僕は申し訳なさそうなミシェルさんの顔を変えたくて言った。
◇
昼食を食べて、外へ出た。家のすぐ近くにある森へ入る。
大量の木が生えていて、その木々の間から光が漏れて美しく照らしている。綺麗だ。
ぼうっとしていたら、後ろから何かが背中を突いてきた。
「あはは引っかかったな!」何かは元気いっぱいの男の子だった。
「あーびっくりした…運悪く予知ができなかったのか…」僕は困ったように表情を和らげた。
「そりゃそうだよ、みんなで予知されないように勘で出てきたんだから!」
「勘なんだ」
後ろからぞろぞろと、ざっと10人くらいの子供達が出てきた。
女の子に男の子、背の高い子から低い子までいろんな家からいろんな子が集まっている。
「わあみんないるね。それじゃあ今日は広場に出て鬼ごっこでもする?」僕は尋ねた。
「おーいいね!さんせーい!」声を揃えて明るく返事をした。
◇
「疲れた…」赤く染まりそうな青い空を見上げて呟いた。
あれからざっと2時間ぶっ続けで鬼ごっこをしていた。
流石に何回もやっているので慣れてはいるが、やっぱり少しは疲れる。
今日あったことを思い出しながら帰路につく。
その時、ぱっと頭の中に景色が浮かんだ。
後ろからガサっと、意図的に出されたような大きい音がした。
振り返ると、そこには——
そこで景色は途切れた。
僕は反射的に後ろを向いた。
そこには、さっきまでいなかったはずの背が高い男が立っていた。
「誰ですか?」
僕がそう尋ねると、男は少し驚いたような顔をした。
「私が音を鳴らす前に気づきましたか…やはり、未来を予知するのは本当みたいですね。それか気配を感じ取っただけかもしれませんが…どっちにしろすごいことだ。」
僕は一瞬頭が空になった。なぜこの男は僕の能力について知っている?僕の能力は村の中だけ、それも一部の村人しか知らないはずだ。そもそもこの村は外との交流があまりないはずだ。
「…誰ですか?」僕はさらに警戒して尋ねる。
「この村の外のものです。この村に未来を予知するものがいる、という噂を耳にしまして。先程子供達と遊んでおられた時の動き、あれを見てその情報の者があなただと悟りました。…そうですよね?」男はほぼ確信に至った顔で見つめた。
どうするべきか。一歩間違えれば厄介ごとに巻き込まれる可能性も大いにある。
「…仮にそうだとしたら、どうするつもりなのですか?」僕は極力丁寧な言い方で答えた。
「特に何もありません。ただの興味本位です。」
…景色が見えた。
『僕は未来を予知できます。』僕が言う。
『やはり、そうですか。それではお話ししたいことが———』
途切れた。
直感ではあるが、話しても良さそうではあった。それに、正直なところ話したいことがなんなのかが気になる。
「…そうです。僕は未来を予知できます。」
男の表情が少しばかりか明るくなった。
「やはり、そうですか。それではお話ししたいことがあります。ご両親はいらっしゃいますか?」
「養母ならいます…なんでですか?興味本位なのになぜ親に会う必要が?」
「私は王の命令によって派遣された者です。とても重要なことをお話ししたいので、お母様もご一緒に聞いていただきたいのです。」
この瞬間、なんとも言えない感覚が僕を襲った。
国王の命令?つまりこの男は王都に使える者ということか?
…だとしたらまずい。王に僕の存在を知られたら、なんとなく厄介ごとに巻き込まれる気しかしない。
騎士団の誘いだったらこの村を出なければいけなくなる。それは嫌だ。
だが王の遣いならここで断るのも危険だ。何をされるかわからない。
「…わかりました、案内します。ただ、武器は出さないでください。村の人たちが怖がります。」
「わかりました。ありがとうございます。」
この男は王の遣いにしてはかなりまともそうだ。
僕は男を隣に並ばせて、家まで歩き始めた。
◇
「ここで待っていてください。」僕は家の扉の前まで来て言った。
「わかりました。」
僕は扉を開けた。
「…ただいま。」
「おかえりルイくん!遅かったわね。」ミシェルさんが顔を出す。
「ミシェルさん、落ち着いて聞いて。」僕は声を落として耳元で囁いた。
「国王の遣いが来た。僕とミシェルさんに話があるみたいです。でも、1人で来ているので何かあったら裏口から出てください。」
ミシェルさんは声を出さずに驚いた。数秒黙り、それからこくりと頷いた。
僕は扉を開けた。
「どうぞ。」
「失礼します。」男は鍛えられたような丁寧な動きをしながら家に上がった。…強そうだ。何かあったら僕が時間稼ぎをするしか無さそうだ。
「わざわざ遠くから足を運んでいただき、ありがとうございます。」ミシェルさんは丁寧に深々と頭を下げた。
「こちらこそ、急なのに上がらせていただいてありがとうございます。」
「こちらの椅子にお掛けになっていただいてよろしでしょうか?」ミシェルさんは客人に座らせる、一番綺麗な椅子を指した。
「では失礼します。」男は座った。だが僕はたった。
「あなたもお座りになられては?」男は僅かに微笑んだ。僕は仕方なく座った。
「初めまして、私はハロルド・エバンスと申します。さて本題なのですが、ご存知の通り私は王都から派遣された者です。私が派遣された理由をお話ししましょう。存じているかも知れませんが、最近世間では能力者によるものと思われる悪行が多発しています。
そこで王は悪行を減らす為、能力者を集めてひとつの騎士団のようなものを作ろうと考えました。その騎士団に、ルイ様をお招きしたいという訳です。」
…はあ…結局村を出る誘いなのだろうか…。
「少々口を挟みますが、あまり信憑性のない噂で王都の方が派遣されるものなのでしょうか?王都の方にも能力者はおられるのでは…」
「そこなのですが、能力者は数少ないのです。しかもその一部が犯罪を犯しているとなるとだいぶ限られてしまうので、噂だとしても信じざるを得ないと言いますか…そんなところです。」
「そうですか…」
「ともかくルイ様を、能力者で構成する騎士団にお招きしたいのです。お願いいたします!」そう言ってハロルドは頭を下げた。
ミシェルさんが困ったように僕を見た。
確かに、最終的にどうにかするのは僕だ。
「騎士団ということは、僕の他にも能力者がいるということですか?」僕は聞いた。
「はい、もうすでに2人ほど許可を得ています。ルイ様と同じくらいの年齢だと思います。」
…僕と同じような人がいるのか。
大勢の人の役に立てるなら、少しやってみたい気もする。
でも、それがただの承認欲求のように思えてならない。
きっと楽なことではないし、場合によっては命の危険が伴う可能性もある。
ただの承認欲求なら、やらない方がいい。
いろんなことを考えて、一つに決まらない。
なんだか頭が重くて、そのまま下に向いて行った。
2人が心配そうに、不思議そうにコチラをみていた。
「無理にやれとは言いません。」ハロルドが言った。
「誘っておいて失礼ではありますが、たった18の子供にこんなに重いものを背負わせるのは、私としてはあまり気が進みませんので…。断られても、噂は嘘だったということにできますので。」
この人、いい人だな。
こういう人がいるなら、別に入ってもいい気がする。
あと簡単にいうと…なんか断りづらくなってきた。
「よければ、入れさせていただきたいです。」
さっきまで悩んでいた頭が、一気にすっきりした。
2人が驚いてこちらをみた。
「えっ…あっありがとうございます…?」
断れると思っていたようで、誘ってきたのに疑問系になっている。
焦らしていたし仕方ないか…。
「あっいいの?」ミシェルさんも驚いていた。
「あ…では、後日迎えに行きますので、荷物をまとめておいてください。あと…一週間ほどで。よろしくお願いいたします。」
まず僕にそう言った。
「養母様もどうかよろしくお願いいたします。」
そう言って、僕ら2人にお辞儀をした。
◇
なんだかあっさり決まってしまった。
結構重大なことではあるのに、最終的に断りづらいからと決めてしまった自分が恥ずかしくなってきた。
夕食の準備をしている頃。
「…ルイくん」ミシェルさんに呼ばれた。
「どうしました?」
「家のことは大丈夫だから、あなたは自分の準備をしなさい。」優しくそう言った。
「え、でも僕は荷物そんなにないから前日からでも間に合うのでは…」
「荷物は少なくても、その少ない荷物がボロボロでどうするの?」
…そういえば、靴も底が剥がれてきている。
「だから、まずはその靴を治すこと、それと、明日にでも町に行って何か新調してきなさい。お金はあげるから。」
「あ…ありがとう、ございます。」本当なら断るのがいいのだろうが、いろいろ使い古していたのでありがたい。
「ありがとうございます。」
「なんで二回言うの〜」ミシェルさんは優しく微笑んだ。
僕にはその微笑みが暖かくて仕方なかった。