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冷めたコーヒーは、美味しくない  作者: やわらぎメンマ
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エピローグ ~デイキャンだけじゃ、物足りない!~

 美鈴の家出収束から1週間後。

 放課後の教室は、すでに人の気配が薄れ、夕陽だけが机の列を赤く染めていた。

 あまり親交のない女子から何度目かの呼び出しを受けた菅谷爽は、教壇の前に立つ女子の告白に、深く息を吸ってから口を開いた。


「……ごめん。気持ちは嬉しいけど、応えられない」


 声は震えていなかった。

 その言葉に女子は目を潤ませ、駆け出すように教室を後にする。残された爽の胸には、やはり痛みが残っていた。

「……やっぱり、はっきり言うのって辛いな……」

 苦笑まじりの呟きに、不意に背後から声がかかる。


「爽くん、相変わらずモテモテだね」


 振り向けばそこには、最近かかわりが多くなった唯一の女子――糸川美鈴がいた。腕を組み、どこか意味深な笑みを浮かべながら、教室に足を踏み入れる。


「ちゃんと断るのって初めてだから、なんか複雑な気分だよ」


 爽がそうこぼした瞬間、美鈴の脳裏にこの数日の出来事がよぎる。

 ――校長と父との面談中、美鈴はその後の他愛もない会話の中で「アウトドア同好会」の存在を知った。形だけでも爽が代表を務めるサークルと聞くや、後日「私も入る」と入会を申し出たのだ。

 最初はただ、爽と同じ場にいたい気持ちから顔を出したに過ぎない。けれどあの日――父との距離を縮めるきっかけになったあの場は、美鈴にとっても心地よく、アウトドアという今までの自分では想像もしていなかった趣味に興味を持ち始めてもいた。

 同じサークルの仲間になったことで、爽に声をかける機会も自然と増えた。これまでの自分からすれば、それは良い意味でとても大きな進歩だった。


 一方で、爽にも変化があった。

 今まさに受けた告白に返したように、自分の意思をはっきり相手へ伝える――それを意識し始めたのだ。最近はこれまでの告白相手一人ひとりにも向き合うため、放課後に呼び出して誠意をもって断っている。


 そんな彼の変化を影から見守っていた美鈴は、どこか喜ばしく思いながらも、同時にちょっとした苛立ちや不安にも似た感情が芽生えていた。

 それを隠す気もなく、「ふーん」と、爽の曖昧な苦笑いに返す。


「え、なに……?」

「別に~? やっぱり爽くんも“男の子”なんだなぁって思った、だ・けっ!」


 語尾に合わせて、美鈴の蹴りが爽のお尻に炸裂した。


「痛っ! いきなりなにするのっ……!」

「女の敵に制裁を下したまでですよーだ」


 小悪魔のように舌を出す美鈴。

 爽は苦笑しながらも、「そうかもね」と肯定する。


「でも先週の二人のやり取りを見てて、やっと分かったんだ。あのまま有耶無耶にするのが一番、自分と相手を傷つけるって」

「……そっか」


 美鈴の目が一瞬、柔らかく揺れる。少し勇気を振り絞るように問いかけた。


「ねぇ、爽くんは今、気になってる人とか……いるの?」

「なんでそんなこと聞くの?」

「だって、告白してくる子をみんな振ってるから。……だから」


 爽はしばし黙り、夕陽へ視線を向けた。

「正直、気になる人がいるとかじゃないんだ。まだ自分の気持ちに整理がついてなくて……。でも、いつかちゃんと蹴りをつけられたら、その時はちゃんとその意味も答えるよ」

 言葉通りに解釈すれば“気になる人はいない”。だが“気になりかけている人がいる”とも捉えられる。

 それでも、夕日に陰らせた爽の表情は、何かに怯えるように辛そうだった。


 幼い頃に一度会ってから再会までの間に、爽にも美鈴の知らない過去があるのだろう。

 今すぐどうこうできるものではない――美鈴は直感的に察した。


「……分かった。その代わり、絶対だよ?」

 持ちかけられた未来の約束を念押しする。


「うん、約束する」

 二人は小さく笑い合った。――その瞬間。


「おーい、甘酸っぱい青春してるところ悪いけど、ちょっといいか?」


 二人そろって「うわぁ!」と振り向く。

 教室の扉に立っていたのは、担任の新田宏太。相変わらずどこか面倒くさそうな表情のまま、二人のあまりの驚きように少したじろぎながら、

「そ、そんなに驚くことはねーだろ……。校長からお前らも呼んで来いって言われてんだ。行くぞ」


 そんな唐突な校長からの呼び出しを、事務的に二人へ伝える。二人は怪訝に思いつつ、宏太の後ろをついていった。


 *


 校長室で合流した長瀬由奈と共に、連れてこられたのは校舎の片隅にある空き教室。

 一週間前、美鈴が家出していた時に使っていた教室で、爽にも見覚えがある。だがそこには、当時はなかった焚火台やテーブルセットが整然と置かれていた。


「ここは昔、山岳部の部室だった場所でね。今は使われていなかったから――アウトドア同好会の部室にすることにしたよ」


 誇らしげに語る長瀬貞夫校長。

「まさか、“結成祝い”ってこれのこと?」と由奈。

「そうだね。ちょっと早いけど、これが私からの贈り物だ」


 生徒たちは驚きと困惑に目を見開き、宏太は呆れたように溜息をつく。

 隣の由奈はにっこり微笑みながら――目だけは笑っていなかった。


「……校長、これ、まさか私費じゃないですよね?」

「も、もちろんだとも! だが聞いてくれ、これは私の小遣いから――」

「その言い訳は、家に帰ってから聞くね。お・と・う・さ・ん?」

「はい……」


 父娘のやり取りに、爽と美鈴は思わず吹き出す。

 一方、宏太はほぼ新品の道具を手に取り、

「にしても、ピクニックにしては、かなりオーバースペックだな」

「確かに! ピクニックどころか、キャンプもできそう!」と美鈴は声を弾ませ、ステンレスのテーブルを軽く撫でた。


 話題から逃げるかのように、貞夫はどこか誇らしげに言う。

「そりゃ、これはみんなキャンプギアの一部だからね」

 そしてしばし考え込む素振りを見せると、

「よし、せっかくなら次の活動は、キャンプを一泊してみようじゃないか」


 勝手に次の活動内容を宣言した。

「一泊のキャンプ!?」驚きの声を上げたのは宏太だ。続いて由奈も、

「一泊って、寝泊まりするってことですよね? 確かに道具は一通り揃っているみたいだけど……」

「大丈夫。足りないものは、私がたぶん一通り持っている。だから安心しなさい」

 由奈の不安に、校長は胸を張って親指を立てる。

「そういうことじゃねーんだけど……」

 宏太の小声は、誰の耳にも入らない。


 一方で――

「外で食べるご飯、いいかも……」

「爽くんと一晩泊まれる!? キャンプいいですね!」

 思惑は違えど、生徒二人からは比較的肯定的な声が上がる。


「おお、いい反応じゃないか! うんうん、これも一つの青春だね。素晴らしいものだよ」

「……生徒を焚きつけてどうするんですか」


 呆れ気味の宏太に、校長は全く気にした様子もなく胸を張って笑った。

「ま、まあまあ。二人もいい気分転換になると思うし、いいじゃないか。よし、それならキャンプの段取りは私がしておくよ」


 宏太は露骨にげんなりした顔をし、由奈は「ほんとに大丈夫かな……」と苦笑い。

 生徒二人はというと、爽はやや不安げながらも心のどこかで楽しみが隠せず、美鈴は「待ちきれない!」とばかりに瞳を輝かせていた。


 だが次の瞬間、その空気を切るように宏太が口を開く。

「その前にお前ら、中間考査あるからな。万が一、赤点一個でも取ったら、中でも外でも補習だから覚悟しておけよ」


 一気に現実へ引き戻され、二人の顔色が曇る。

「うわ……」と爽は額に手を当て、高校生最初の定期テストの存在に顔を引きつらせた。

 隣の美鈴は「えぇ~!? そんなぁ!」と肩をがっくり落とし、机に突っ伏す。


 ――ほんのり漂っていた青春の甘酸っぱさも、「テスト」の二文字にあっさりかき消される。


 唐突に呼び出しを受けた宏太も、ふと教務室に置きっぱなしの淹れたてのコーヒーを思い出した。校長からの内線に急かされ、一口も飲まずに席を立ったのだ。

(今頃、冷めてんだろうな……)

 それでも不思議と、苛立ちや焦りは湧いてこない。

(ま、いっか)

――キャンプの時にでも、また校長にコーヒーを淹れてもらうか。

そう思った自分に、(俺も、案外ちょろいな)と内心で自嘲する。


 それでも、そんなこんなありながらもアウトドア同好会は本格始動していく。

 空き教室の窓からは、爽やかで少し暖かな風が優しく吹き込んでいた。


――終わり――

とりあえず、大きな一つの区切りを拙いながら書き切ることが出来ました。

一応この物語はシリーズとして続けていきたいと思います。

3話分の構成案は既にあるので、あとは時間を見つけて頑張って物語を進めていきたいと思います。

ブックマークを付けてくださっている皆さま、ありがとうございます。

不定期気味ではありますが、引き続き頑張って執筆していきますので、楽しみにして頂ければ幸いです。

感想や評価を、どしどしお待ちしております。


話は打って変わって、今日は3連休の初日ですね。

これから平日仕事に忙殺されていたストレスを、ソロキャンプで癒してきます(笑)

外でも執筆が続けられるこのネット環境は、素晴らしいものですね。

それでは、第2話のプロローグでまたお会いしましょう。

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― 新着の感想 ―
いい感じになって来たと思ったら「完結」と表記されて驚きました。糸川さん部活入ってここから・・・菅谷君いけー。貞夫校長いいキャラで、が、もう見れないのか!と思ったら次回は 笹川さんメインキャラに新シリー…
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