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芸術品

作者: 明月 心

 彼は、鋭く醜い目をして、中に憎悪を抱えていた。

取り繕ったような笑顔を見せて、嫌な考えをごまかす。

彼を見るたびに、鉄を嚙んでいるような感覚が体中から吹き出そうとする。

僕はそんな彼が嫌いだ。

今すぐどっかに行ってほしいと、毎日願っている。

だけど、それは無理な願いだった。

醜く見える彼は、鏡に映った僕なのだから。


 その顔をタオルで洗うと、いつもの大衆的に用意された顔になる。

リビングから、母の声で「ご飯できたわよ」と言う声が聞こえ、憎らしい顔が鏡から離れる。

僕は、いままで金に困ったことはなかった。

それに、母と父にとても愛されていた。

リビングに来たら、朝食を用意してくれていたし、学校で使った物もちゃんと洗ってくれた。

とても幸せな家庭だと思っている。

何より僕がその環境に満足していた。

朝食を食べ終わり、甘いリンゴジュースを飲みながら、ランドセルの中身を確認して朝の準備は終わる。



 

 時計を見て、まだ学校に行くまでには時間があったので、物置小屋に行くことにした。

家に隣接されているので、行くまでにそこまで時間はかからない。

物置小屋を開くと、目につくのは右にある、僕と同じ大きさで未完成のひまわりの絵だろう。

そして、反対側にキリストが処刑されている絵の模写が、そこにはある。

そのキリストの絵は、僕が一番好きな絵だ。

だけど、右のひまわりの絵が完成したら、それが一番になるだろう。

その絵を、今日学校に行くまでに完成させたいと思っている。

筆に黄色の絵の具を付けて、近くにある椅子の上に立ち、一番高い花びらの色を塗る。

 僕の絵が完成したんだ。

椅子に座り、まぶしくて美しい、その絵を眺める。

嬉しさはあるが、こんな絵が描きたいんじゃないと思う。

僕が描きたいのは、後ろにあるキリストの絵のように、人が死ぬ瞬間や、人が愚かさを見せる瞬間。

つまり、人の内面にある嫌な部分を芸術にしたいのだが、そんな芸術を人に見せようとするならば、友達や家族に敬遠されてしまう。

だから仕方なく、美しさだけを表した花の絵を描かなければならない。

そして、見せるためだけの絵を描いて褒めてもらう。

それだけでよかった。

だけど、もうそんな絵を描くのは飽きてしまった。

ユダにとってのキリストのように、僕の嫌な芸術を愛している。

だからこそ、目の前にあるひまわりの絵を、嫌な芸術にしてみたいのだ。

だが、アイデアがでてこない。

どうすれば僕の思い通りになるのか、イメージがつかない。

後ろにあるキリストの絵に倣って、十字架につるされているキリストを描いてみようとしたが、オリジナリティに欠ける。

こういう時は、歩くことでアイデアが思いつく。

すると、物が密集しているところに猟銃を見つける。

たぶん、前にこの物置の所有者だった、おじいちゃんのものだろう。

その猟銃の横に、三発の銃弾があることに気づく。

猟銃を持って、絵の方に向け、銃とひまわりの絵が重なったときに、あるアイデアを思いつく。

 そうだ、幼馴染を殺して、あの絵に飾ろう。


 そう思い立つと、バッグとロープを物置小屋で探し、ランドセルに無理矢理入れる。

時間を見ると、もうそろそろ出発しないといけなかった。

殺す覚悟を決め、物置小屋から出た。


 6年1組のいつもの椅子に座る。

教科書を片付け、バッグとロープはランドセルの奥に詰め込む。

12月25日と書かれた黒板が目の前にある。

雑音が響く教室で、机の上でまわりを教科書で囲みながら、自由帳に花の絵を描く。

さすがに、ここで嫌な絵を描く勇気はなかった。

バラの絵の花びらを、一枚一枚丁寧に描いていく。

集中して描いたせいで、まわりの音はしだいに聞こえなくなる。

しかし、唐突に僕の筆は止まる。

雑音の中に、一瞬雰囲気を感じた。

そう、幼馴染が来たのだ。

幼馴染は肩まで髪を伸ばしていて、黒のダウンジャケットで身を包んでいた。

幼馴染のため息が静かに僕の前で止まって、前の席に座る。

雑音は幼馴染が来ても止むことはなく、何も来てないかのように響いている。

そして荷物を片付け、僕の方を向く。

だが僕は、幼馴染の方を見ずに、また絵を描き始める。

幼馴染は、いつもこの調子の僕に慣れているのだろう。

幼馴染は話を聴いていることを知っているので、構わずに話し続ける。

話に熱が入ったのか、僕の机に手を乗せた。

その手を、教科書の隙間から眺める。

すると、手首に誰かにつかまれたようなあざがあった。

驚くことはなく、昨日と同じ光景にため息がでる。

そのため息に気付いたのか、幼馴染は手を机の下に隠す。

話し終わると、意見を求めることはなく、前を向く。

前を向いている間に、計画の準備をする。

放課後に校舎裏に呼んで、まず気絶させる。

そのために、校舎裏に来させるための手紙を書いて、幼馴染に渡す。

幼馴染は手紙の内容を読み、一瞬嬉しそうな顔をするが、すぐに落ち込んだような顔をして、また前を向いた。

そのことを人に漏らさないか考えたが、幼馴染は友達がいないので大丈夫だろう。

僕は花を描くのをやめて、その後ろ姿を描き始めた。


 3時間目 図化工作の時間

 僕が大好きな教科に入った。

今日は2人一組で絵を描く。

僕にも友達がいないので、幼馴染と組むことになった。

せっかく2人一組なので、幼馴染を描こうと思ったが、上手くいかない。

幼馴染の顔を描こうとすると歪んでしまうのだ。

何回も顔を見ようとしても、その情報が僕の頭に入ってくることはなかった。

しょうがないから、幼馴染の後ろの風景を描く。

幼馴染がいた場所は、何も描けなかったので、姿だけが空白になって絵に残る。

授業の最後になり、絵を見せ合うことになった。

幼馴染が描いた絵は背景が黒で、更に黒い影が僕の背後にある。

そして、僕の姿の心臓がある部分に、大きなハートが描かれていた。

僕は、その絵の意図が分からなかった。

ただ、いい絵だなということだけは分かった。

褒めると、幼馴染は謙遜をした。


 放課後、幼馴染は指示した通りに校舎裏に来た。

僕は近くの木の陰に隠れている。

ランドセルからロープを取り出して、静かに幼馴染の背後に迫る。

幼馴染の速い心臓の音が聞こえたところで、首を絞める。

一瞬何かを発したが聞き取れず、動かなくなるまで力を込める。

動かなくなり、手首の脈を調べるとまだ血が流れ続けていた。

驚いた顔で止まっている彼女の瞳を、無理やり閉じる。

安堵したら、僕の頭上の音楽室からクラシック音楽が流れてくる。

その音楽は、僕を祝福しているみたいだった。

僕は彼女を、持ってきたバッグに入れて持ち帰る。

学校の正門でバッグを何度も見られたが、まさかここに人が入っているとは夢にも思わないだろう。

重いバッグをなんとか物置小屋まで運ぶことに成功する。

今、家には誰もいないことは前々から知っていた。

なので、安心してひまわりの絵の最後の仕上げに取り掛かることができる。


 彼女の体を、バッグから取り出す。

これで彼女は、僕のものになったのだろうか。

だが、これでやっと彼女の顔をちゃんと見ることができる。

やはり美しい。

まさに僕の理想そのものだった。

例えるなら、モナ・リザや真珠の耳飾りの少女のような美しさ。

僕の絵にそれを飾れることが嬉しかった。

 早速、作品づくりに取り掛かる。


 まず始めに、物置小屋の物が置いてあるところを漁って、釘とトンカチを見つけた。

その次に、彼女の服を脱がしていく。

すると、胸あたりにまばらにあざがあり、その傷に僕は口付けをする。

彼女の手を優しくつかみ、絵の方に持っていく。

そして、手のひらを釘で絵に打ち付ける。

手のひらに血が滲んで、ゆっくりと地面に垂れていく。

その血は、僕の絵の具としてぴったりだと思ったので、地面にパレットを置いて集める。

 キリストの絵のように、十字架につるされているように見せたいので、ちょうどいい具合に釘を打つ。

いい感じに両手を打ち終わったところで、彼女が目を覚ます。

僕の顔を見て一瞬笑顔を見せたが、手が釘で打たれていることを確認すると、苦悶の表情を見せる。

しかし、何も声を発さなかった。

普通殺さないでとか言いそうなのに、諦めたかのように目を閉じる。

 僕は、その行動のせいで殺すのを躊躇った。

殺さないでとか言ってくれれば、理想的な芸術ができるというのに。

僕の独断で彼女を殺すということができるのに。

しかし、諦めた原因を知っている僕は、殺すという選択しか取れない。

 猟銃の銃口を彼女に向ける。

彼女はまた目を開き、覚悟を決めた目をして銃口を見る。

銃弾を込めて彼女に向かって打つ。

だけど、初めてなので外れてしまった。

彼女は変わらず強い目で銃口を見る。

また、銃弾を込めて彼女に打つ。

2発目は、ちょうどあざの位置に銃弾が着地する。

 せいこうしたのだ。

 彼女はぐったりして、物置小屋から呼吸が一つ減る。

近寄って顔を見ると、彼女の黒い目に彼が映る。

僕は彼の姿にいままでの見てきた、どんな芸術にも劣らない美しさに息を吞んだ。

今見た描写をどう絵に描こうか。

抑えきれない興奮を何とか落ち着けて、一旦彼女の全体図を見る。

 緊張の糸が切れたのか、のどが渇いてきたので、家からリンゴジュースを取ってきた。

そのジュースを一口飲むと、あまりの苦さに吐き出した。

なぜだろう、朝はあんなに甘かったのに。

 

 気を持ち直し、彼女を見る。

しかし、あの美しさが消えてしまった。

キリストの絵のように、死んだとしても輝きが消えないと思っていた。

なのに、出来た絵からは何も感じない。

作った絵は最高の出来になるはずだったのに、ただの駄作になってしまった。


 だから僕は白色の絵の具でその絵を汚す。












 









 


遺作

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