第0部-第0章:魚のあわぶく
【警告】
この作品は、非常に重層的で長大な複雑な物語です。また、暴力表現、差別表現、性表現、著しく偏りのある政治的主張、反社会的及び反道徳的な哲学/思想、その他、不快な表現が含まれます。現実と虚構の区別の付かない方、善と悪の区別の付かない方、心身の健康状態が不安定な方は、読書を御控えください。
【第0部:読めばよむほどわけがわからなくなる冗長な序文もしくは解説】
第0章:魚のあわぶく
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どうして魚は陸にあがろうとしたのだろうか。陸にあがらなければこんなことにはならなかったのに。手をふやし、足をふやし、頭をおおきくして、遂には余計なもので大地をおおいつくした。しかしどうだろう、そのことによりわれわれは苦しみから解放されたのだろうか、そんなことはない、それどころかなにかをうみだすたびに苦しみはましていくばかりだ。ならばなんのためにうみだしているのだろう。つけくわえるほど苦しくなるのなら、はじめからなにもつけくわえなければよかった。手もなければ、足もなければ、鼻も耳も目もなければよかった。なにもなければみたされていた。海のあわぶくのままでありたかった。死のうとするたびにひきとめられた。どうせ死んでしまうのに、なんのためにひきとめるのだろう、なんのために遠回りするのだろう。ひとつの魚ならよかった。ひとつの魚からふたつの魚に、ふたつの魚からよっつの魚に、そんなふうにふえていき、たがいにあらそい苦しめあう。口からあふれでるこの言葉ほど余計なものがあるだろうか。私は言葉により私達になり、私達は言葉により分裂してしまう。羊の言葉が狼の言葉をうみだして、狼の言葉が熊の言葉をうみだして、熊の言葉が蜂の言葉をうみだして、蜂の言葉が蜘蛛の言葉をうみだして、私は私でありながら私以外にひきさかれてしまう。自分のかいたものをあとからよみなおすたびに、だれがそれをかいたのかわからなくなる。なにかをかたるたびに、なにかをわかったようなきになるが、次の瞬間にはわからなくなる。賢そうなひとたちが、あちらこちらで、悟ったようなことをはなしている。そんなひとたちをみていると無性に苛立たしくなる。なにもわからない自分だけがひとより愚かにおもえてくる。正直に白状すると、自分が何者なのかも、この世界がなんなのかもいまだにわからない。だからこんなにもおそろしくてしかたないのだ。しかしこんなふうにもかんがえている。だれもかれもわかったふりをしているだけで、ほんとはなにも、わかっていないのではないかと。言葉によりなにがわかるというのだろう。言葉をどこまでたかくつみあげようと、それは自惚れの塔でしかなく、自惚れをいましめる私の言葉もまた、魚のはきだすあわぶくにおもえてならない。