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第五話「早苗」

 札を剥がし、破り捨てた瞬間、厭な空気が周囲に立ち込めた。

 先日のものより濃く、禍々しい空気。

 詩祢は素早くバックステップで祠から離れ、ゴクリと唾を飲み込んだ。

『ォォオオォ……ッ』

 徐々に、詩祢の目の前で集合体の姿が形成されていく。

 醜く、禍々しいその姿は、悪霊など見慣れてしまっているハズの詩祢でさえ恐怖を感じる程だ。

 幾重にも重なる人間の塊。手、足、頭、ありとあらゆる部位が塊から突出している。そして、黒い影のような前足と後ろ足――――紛れもなく、三日前の……あの集合体だ。

 その塊の中には、やはりあの少年の顔もあった。

 そして――――

「……早苗……っ」


 あったのだ。早苗の頭が。


 集合体から、他の頭と同じように、早苗の頭は突出していた。ポニーテールは塊の中に埋もれ、輝いているかのようだった美しい瞳は濁り、虚空を見つめている。

『オオオォォオッ』

 今すぐにでも、この光景から目を背けたい。

 集合体の一部と化した早苗の姿など見たくはない。しかし、目を背けてはいけない。

 これは、罰だ。詩祢の罪へ対する――――罰。受けなくてならない、罰だ。

 一瞬背けかけた顔を、再び集合体へ――――早苗へと向ける。閉じかけていた目を、強く見開く。

 目は、背けない。

 ギュッと大鎌を握り締め、詩祢が臨戦態勢に入った時だった。

『詩祢……』

「――――っ!?」

 不意に聞こえた、早苗の声。

 集合体に心まで囚われていないのか、その声色はいつもと変わらぬ物だった。

「さな……え?」

 詩祢の目を、一筋の涙がこぼれ落ちる。

 聞けるとは思っていなかった。彼女の、早苗の声を。もう二度と聞けぬ物だと、そう思っていた。喜びのあまりこぼれた涙を、袂で拭い、もう一度早苗、と呟いた。

 その時だった。

『よくもまあノコノコこの場所に来ることが出来たわねッ!』

「……え?」

 早苗の怒声が、周囲に響いた。

『私を犠牲にして、その上封印までして……ッ!! どの面下げて私の前に現れてんのよ……!?』

 一度も聞いたことのないような、怒りに満ちた早苗の声。

 何がどうなっているのか把握出来ず、詩祢は呆然とその声を聞いていた。

『まだまだあったのに……! 私だって、生き延びてやりたいことがあったのに……ッ! 何で私がこんな目に遭わなくちゃならないの!? 何で私が……ッ』

 ギリギリと。早苗は歯軋りをし、キッと詩祢を睨みつけた。


『アンタのせいよ』


 静かに、低く、怒りを込めて、早苗は言い放った。

『アンタが……ッ! アンタがあの時躊躇わなければ……ッ!!』

 ズキリと。不意に詩祢の右目が痛んだ。

「うっ……!」

 徐々に激しくなる右目の痛みに耐え切れず、詩祢は右手で右目を押さえてその場へと蹲る。

 この世のものとは思えぬ激痛。今にも倒れ、のた打ち回ってしまいそうな程の痛み。

 しかしそれでも、詩祢は耐え続け、左目で早苗を見つめた。

『アハハハハハッ! やっちゃった! やっちゃったぁぁぁ!! アンタの右目に呪いをかけたッ! 汚れた私の霊力で、アンタの右目を汚してやったぁぁぁ!!』

 狂気に満ちた早苗の笑い声が、夜の学校に響き渡る。

『汚れた右目はアンタの霊体を死ぬまで蝕み続けるわぁぁぁぁッ! ざまぁぁぁ見ろぉぉぉッ!! 罰だ! アンタへの罰だぁぁぁッ! アハハハハハハハッ!!』

 狂っている。

 早苗の心は既に、集合体へ囚われていた。

 悪意が、殺意が、憎悪が、狂気が、集合体に囚われたあらゆる魂の持つ負の感情が、早苗の心を狂わせていた。

 痛む右目を押さえつつ、詩祢は左手で懐から札を取りだす。

 封霊の札。それを右目へと貼りつける。

 徐々に右目の激痛は引いていき、なんとか立ち上がれる程度まで収まった。

『アンタも……アンタも私の仲間にしてあげるぅぅぅぅぅッ!』

 早苗の笑い声と共に、集合体は詩祢目掛けて突進してきた。早苗と同じように、詩祢をも取り込むつもりなのだろう。

「ごめん……ね。早苗……」

 真っ直ぐに、集合体を――――早苗を左目で見据える。

 そして――――一閃。大鎌を振り抜く。

「貴女を滅することが……貴女を解放する唯一の手段だからっ!」

 両断された集合体の上半分は宙を舞い、べちゃりとその場へと落下する。残された下半身は、ジタバタと四本の足を暴れさせている。

 あの日と、同じ状況。

 詩祢は下半身へと歩み寄ると、大鎌を勢いよく振り降ろした。大鎌は綺麗に集合体の下半身へと突き刺さり、切り裂いた。

『オオオォォォォォッ!!』

 集合体の下半身は、絶叫を周囲に響かせながらも、徐々に姿を消して行く。滅することに成功した証拠だ。

 下半身が消え去ったのを確認すると、詩祢はすぐに上半身へと歩み寄る。

 上半身から突出した早苗の頭は、恨めしい恨めしいと繰り返しながら詩祢を睨みつけている。

『恨めしい……ッ! でも、アンタは一生私の死を抱えて行くことになる……ッ! 一生! 一生私の死を抱えるのよアンタはッ! 重たい十字架を背負い、その邪眼に蝕まれながら醜く生き延びて行くのよぉぉぉぉッ!!』

「……そうね」

 ゆっくりと。詩祢は右目に貼りついている札を剥がす。

『――――ッ!』

「この右眼が蝕むのは……っ! なにも……私の身体だけじゃ……ないっ!」

 再び右目を襲う激痛に、呻き声を上げながらも、詩祢はその右眼で早苗を凝視する。

『アアアアァァァッ!!』

 絶叫を上げ、集合体の上半身もろとも、早苗の頭部は姿を消して行く。

「さようなら……っ! 早苗……っ!」

 両目から涙を流しつつ、詩祢はそう言った。

 しかし彼女の右眼を流れる涙の色は……血のように真っ赤だった。

「さようなら……っ!!」

 詩祢がそう言ったのと同時に、集合体は――――早苗は姿を消した。


 小さく、ありがとうと聞こえた気がした。



「……菊?」

 話終え、ふと菊の方を見ると、なんと彼女は詩祢の膝の上ですぅすぅと小さく寝息を立てていたのだ。

「……やれやれね」

 嘆息し、愛おし気に菊を見る。


 もう、失わない。


 もう一度出会えた親友。絶対に失わない。

 彼女が消える時は、きっと二人笑顔で。

 そう心に誓い、詩祢は菊の髪をそっと撫でた。

「早苗、私は貴女を恨んでいないわ。貴女が、本当は私のことを恨んでいないのと同じように……ね」

ここまで読んで下さった皆様方、ありがとうございましたm(__)m

「霊滅師外伝~邪眼と巫女~」は今回で最終回です。

これで、やっとのことで霊滅師は本当の意味で連載終了です。

長い間本当にありがとうございました^^;

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