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第四話「父親」

 封印は、成功した。集合体を封印した札を、集合体が元々封印された祠に貼りつけることによって、再封印は完了した。

 任務は成功――――しかし、代償は大き過ぎた。

 白木早苗……詩祢をかばい、集合体の一部となってしまった彼女もろとも、集合体を封印したのだ。



 木霊小学校は、万が一のため、再封印が完了した次の日から一週間、閉鎖となることが決まった。

 祠の周囲は……あの日のままだ。集合体を再封印した後、恐怖と悲しみで訳のわからなくなっていた詩祢は、早苗の大鎌を、木霊小学校に置いて来てしまっている。

 形見として、回収しておくべきかも知れない。そんな風に詩祢は考えていた。あの日から三日、一度も外に出ていない。食事も取らず、ずっと布団の中で泣いている。父が心配して食事を持ってきてくれるのだが、一口も食べる気にはなれない。

 一瞬の躊躇――――集合体に取り込まれた一人の少年に気を取られ、詩祢は親友を失った。

 明るくて、楽観的で、様々な時間を共に過ごした親友――――早苗。彼女を失った穴は、詩祢には余りにも大き過ぎた。

 ――――私のせいだ。私のせいで、早苗は……。

 あの日から三日間、詩祢が自分自身を一度も責めなかった日はなかった。早苗が集合体に取り込まれ、札に封印された状態で悠久の時を過ごすことになったのは、全て自分のせいだと、詩祢は自分自身を責め続けていた。

「……詩祢。入るぞ」

 戸が叩かれ、父の声がする。

 詩祢はそれには答えず、枕に顔を埋めた。

 戸が開き、顎に無精髭を蓄えた中年男性――――詩祢の父、出雲玄海が部屋の中に入ってくる。

「三日前から何も食べていない。気持ちはわかるが、何か食べなさい」

「いい、いらない。出て行って」

 ピシャリと言い放ち、詩祢は布団を更に深く被った。

「詩祢……」

「いいから出て行って!」

 ただの八つ当たりだ。自分でもわかっている。父は何も悪くない。ただ自分を心配してくれているだけだ。

「早苗ちゃんに助けられた命を……粗末にするつもりか?」

 低く、玄海が呟くように言った。

 ピクリと。「早苗」という言葉に詩祢は反応し、枕から顔を離し、身体を起こすと玄海の方へ視線を移した。

「早苗は…………私のせいで……っ」

「詩祢……。早苗ちゃんのことは、確かにお前のせいかも知れない」

 ゆっくりと。玄海は詩祢の方へ歩み寄り、身を屈めて詩祢に視線を合わせた。

「だが、いつまでもそれを引きずり、塞ぎ込んでいては前に進めない」

「前になんか……進めなくて……いいっ……! 早苗と……早苗と一緒じゃなきゃ……進めない……っ」

 目からボロボロと涙をこぼし、嗚咽混じりに、訴えるようにそう言った詩祢の頬を――――玄海は軽く叩いた。

「――――っ」

 一瞬何をされたのかわからず、唖然とした表情で、詩祢は玄海を見た。

「いい加減にしなさい。何のために早苗ちゃんがお前を助けたと思っている……?」

 低く、厳かに、玄海はそう言った。

「お前だけでも……助けたかったんじゃないのか? 自分を犠牲にしてでも、お前を前に進ませたかった……そうじゃないのか?」


 ――――それで……良いの。


 集合体が札に封印される直前、早苗の呟いた言葉が詩祢の脳裏を過る。

 早苗が、詩祢を助けた理由。自分を犠牲にした、理由。

「お父……さん……っ」

 詩祢は、ジッとこちらを見る玄海に――――父に抱き付いた。

 そっと。玄海は詩祢を抱き寄せる。幼い頃、そうしたように。

「早苗……っ! 早苗が……っ!」

 涙で玄海の服を濡らしながら、嗚咽混じりに早苗を呼び続ける詩祢を、玄海は何も言わずに強く抱き締めた。



 着込むのは、いつもの巫女装束。懐に忍ばせるのは、幾枚もの札。

 涙で真っ赤に腫らした目に、決意の色を宿し、詩祢は神社を出た。

 深夜、奇しくもあの日と同じ時間、詩祢は木霊小学校へと向かった。

「早苗……!」

 木霊小学校の校門前。ギュッと。詩祢は拳を握りしめた。


 早苗を、解放する。


 集合体と共に、祠へ封印された早苗を、自らの手で解放する。それが詩祢が木霊小学校へと足を運んだ理由だった。

 早苗は詩祢を助けた――――なら、今度は詩祢が早苗を助ける番だ。

 集合体の封印を解き、集合体を滅することで、集合体の中にある全ての魂を救う。

 集合体の核となっている魂を、あの少年の魂を――――早苗の魂を、救う。

 校門の鍵は、まだ借りたままだった。

 鍵を取り出し、校門の鍵を開け、詩祢は木霊小学校の中へと入った。

「早苗……!」

 もう一度呟き、詩祢は体育館裏――――集合体の封印された祠の場所へと足早に向かった。



 祠のすぐ傍に、早苗の大鎌が落ちていた。

 あの日のまま、放置されている。それをそっと拾い上げると、詩祢の中で早苗との様々な記憶がまるで走馬灯のように蘇った。

 こぼれ落ちそうになる涙を慌てて拭い、詩祢は大鎌を握り締め、祠の方へと視線を移す。

「早苗、今――――助けるから」

 自分に言い聞かせるように呟き、詩祢は祠に張られた札へ手をかける。

 封印を解けば、あの集合体は再び詩祢へと襲い来るだろう。

 正直――――怖い。あの集合体に、勝てるとは思わない。だが、それでも……逃げるわけにはいかなかった。

「絶対、逃げない」

 呟き、詩祢は祠に貼られた札を、勢いよく剥いだ。

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