第三話「集合体」
集合体の身体から突出した幾つかの頭。その頭が――――目が、ジッと詩祢達を見ている。恨めしそうに。
ほとんどの頭は毛が生えておらず、眼球のあるハズの部位には黒い窪みがあるだけだった。しかしその中に一つ、比較的人間らしい頭があった。
まだ幼い――――小学生くらいの少年の頭である。少年の頭も、他の頭と変わらずこちらをジッと見ている。
『助……け……て』
少年の頭が、呻き声にも似た声を上げた。
『お願……イ……助ケて……』
目から涙を流しながら、少年の頭は詩祢達に助けを求めた。
――――助けることなど出来ない。少年が求めている意味での救済を与えることは不可能だ。集合体に取り込まれた魂は、集合体ごと滅することでしか救えない。
『お……願い……』
悲痛な声を上げる少年の頭から――――集合体から、詩祢は目を背けた。
「詩祢、気持ちはわかるけど、目を背けちゃ駄目。いつ襲いかかって来るかわからないんだから」
ギュッと。大鎌の柄を握り締め、早苗は詩祢から集合体へ視線を移す。
『オオオォォッ!』
叫び、集合体はこちらへと素早く突進を始めた。その大きな図体からは想像も出来ないような速度だ。
「詩祢っ!」
早苗に促され、詩祢は集合体の方へ視線を移すと、懐から札を取り出し、集合体へと放つ。
『ォォォォオオオオッ』
札が貼り付き、苦痛の声を上げながら集合体は動きを止めた。
「早苗、今!」
詩祢の声にコクリと頷き、早苗は集合体へと駆け、大鎌を振った。
――――一閃。集合体の身体は、札ごと早苗の大鎌によって両断される。
集合体の身体は、上半分と下半分に分かれ、上半分が宙を舞い、ベチャリと音を立てて地面へと落下する。
上半分を失った集合体の下半分は、錯乱しているのか黒い足を盛んに動かし、その場でジタバタと暴れている。上半分は、暴れている下半分の傍で、突出した腕や足を蠢かせている。
「詩祢、封印用の札、勿論あるよね?」
早苗の問いに、詩祢はコクリと頷き、懐から札を一枚取り出す。先程使った二枚とは種類の違う札――――長期封印用の札。祠に貼ってあったものと、同じ種類の札だ。しかし、霊力が込められていない。封印用の札は、かなりの霊力を浪費する。故に本来なら駆け出しの詩祢が、霊力の込められていない封印用の札を使えるハズがないのだが、詩祢の才能なら――――膨大な霊力を持つ詩祢なら、使える。
「もう二枚も札を使ったけど、それ使える?」
「ええ、大丈夫よ」
「だったら、早いとこ封印しましょう。このまま放っておくと復活しそうだわ」
そうね。詩祢はそう答え、両断された集合体の傍へと歩み寄る。
『オオオォォォオオォ!』
先程までと変わらず、集合体の下半分はジタバタと暴れている。
「観念しなさい……」
呟き、詩祢は札に霊力を込める。
霊力を込めた札を対象となる霊へ貼り、札の中へと霊を吸引する。そして封印する物(祠等)へと貼りつけることによって、封印を完了する。
詩祢は、霊力の込められた札を、集合体の下半身へと貼りつける。
『オオオオオッ!』
絶叫し、集合体の下半身は札の中へと吸引されていく。吸引され切ったのを確認すると、詩祢は安堵の溜息を吐いた。
「詩祢、まだもう半分」
「わかってるわよ」
苦笑し、詩祢は集合体の上半分へと歩み寄る。
『ォォオオォ』
唸り声を上げる集合体の上半分へ、詩祢が札を貼り付けようとした――――その時だった。
『タス……け……テ』
少年の――――声。
見れば、少年の頭が詩祢の方をジッと見ている――――涙を流しながら。
「……っ!」
封印……するのか。この集合体を。何の罪もない、ただ普通に暮らしていただけの少年が――――否、少年だけではない。何人もの人達が混ざり合ったこの存在を、封印するのか。
この集合体の核となり、恨みを持ち続けている魂達はまだ良い。だが、他はどうなる? 関係もないのに巻き込まれ、悪霊の集合体の一部と化し、また何十年も封印され続けるのか。
――――理不尽だ。彼らは何も悪くない。
やはり滅し、魂を解放へ導くべきだ。
「ねえ、早苗……やっぱり……」
振り返り、詩祢が言いかけた時だった。
「馬鹿っ! 前を見なさい!」
早苗の声にハッとなり、詩祢が集合体へと視線を戻した時には、既に遅かった。
「――――っ!?」
集合体が、詩祢へ向かって飛び跳ねたのだ。
――――避け切れない。詩祢がそう感じた時だった。
「退いて!」
横から、詩祢の身体は勢いよく突き飛ばされた。そのまま突き飛ばされた先で、詩祢は何が起こったのか把握し切れないままに尻餅をついた。
「……早苗?」
詩祢を突き飛ばしたのは、早苗だった。
飛びかかる集合体から詩祢を守るため、早苗は詩祢を突き飛ばしたのだ。
「早苗っ!」
しかし、集合体の動きが止まった訳ではない。集合体はそのまま、早苗へと飛び付いたのだ。早苗の身体に、集合体の上半分が貼り付いた。
「詩祢……封じて……っ!」
音を立てて、早苗の手から大鎌がその場へ落下した。
「早苗……っ! 早苗っ!!」
「早くっ!」
早苗を、助けなければ。頭ではそう考えていても、身体はそうはいかない。恐怖に怯えた身体は、詩祢の思うように動こうとはしなかった。
ブルブルと震え、早苗を助けるどころか、徐々に後退しているではないか。
「早く……封じてっ!」
「嫌……っ! 嫌ぁ……っ!!」
悲痛な声を上げ、詩祢は早苗へ――――集合体へと封印用の札を放った。
札は集合体へと貼り付き、集合体の身体は札の中へと吸引されていく。
『それで……良いの』
集合体が吸引され切る直前、早苗の声が聞こえた。