第二話「祠」
木霊小学校。木霊町に古くからある小学校で、二年前に建て直されまるで新築のように綺麗だ。
建て直したのは良いが、創立時から体育館裏にある赤い祠を撤去することが出来ずに二年間放置されている。建て直した際、一度祠の移動が計画されたが、実行に移そうとしたメンバー全員が、変死してしまっている。以来、気味悪がられて誰も祠を動かそうとしないのだ。
詩祢の父が調べてみたところ、その祠には、悪霊の集合体が封印されているらしく、祠を動かそうとした人達が変死したのは、祠に封印された悪霊によって呪殺されたからだというのだ。
その集合体は何十年も前、当時の有名な霊滅師が挑んだが、滅することが出来ず、野放しにしておくことも出来ないので祠へと封印したらしい。そしてその集合体が、その祠に封印されているとも知らず、祠周辺に木霊小学校が建てられてしまったのだ。
悪霊の集合体自体は既に封印されているため、祠を移動させようとしない限り害を及ぼすようなことはなかった。が、数日前、祠周辺で男子生徒が一人死亡しているのが発見された。
調べた結果、祠の封印の要である札が剥がれかけているのだ。長い年月を経、祠の封印が弱まっているからだった。
そして、霊滅師協会へ報告が行き、依頼として詩祢達が受理したのだった。
依頼を受けた日の深夜、木霊小学校へ詩祢と早苗は向かった。
詩祢はいつものように巫女装束を身に着け、早苗は先程までと同じく、ブレザーの制服姿だった。
しかし、早苗の背中には白い布で覆われた大鎌が背負われていた。
「祠に封印された悪霊の集合体……か。結構強そうなのに、どうしてBランクなのかしら」
詩祢が呟くと、早苗は微笑した。
「長いこと封印されてるから、怨念も風化してるせいじゃないかな……? まあ、再封印でも良いらしいから、再封印だけしてさっさと帰ろうよ。再封印なら詩祢が札張るだけだし……多分、そういうことも考えてBランクなんだと思う」
「……早苗は何もしないじゃないの」
少しふてくされたように詩祢が言うと、早苗はニコリと微笑んだ。
「まあ良いじゃない。いつも前線は私なんだし、たまには休ませてよね」
「まあ、それもそうだけど……」
そんな会話をしている間に、詩祢達は木霊小学校へと到着した。
学校長から許可は得ているため、校門の鍵は渡されている。早苗は上着のポケットから校門の鍵を取り出し、重い校門を開けた。
「さ、行こうか」
「……ええ」
早苗の言葉に、詩祢はコクリと頷き、二人は木霊小学校へと足を踏み入れた。
「……厭な空気ね」
校門からグラウンドに入り、辺りをキョロキョロと見回しながら詩祢が言う。
「私は特に感じられないわね……。流石詩祢だわ」
そう言って早苗は詩祢方へ顔を向け、ニコリと微笑んだ。
「祠の封印……相当ヤバいんじゃないかしら」
詩祢が不安そうに言うと、早苗はコクリと頷いた。
「そうね……。でもまあ、なんとかなるわよ。私たちなら……ね」
楽観的だ。と、彼女と――――早苗といるといつも詩祢はそう思う。何故そうにも楽観的に物事を考えられるのか……詩祢にはわからない。しかし、この楽観的な思考こそが早苗の良い所でもある。言い換えれば、ポジティブなのだ。何事に対しても。
そんな早苗のように、詩祢はなりたいと密かに思っていた。
「どう? 厭な空気、濃くなってきた?」
体育館の傍まで歩くと、早苗は詩祢に問うた。
「ええ……」
体育館裏へ向かうと、隅にポツンと。赤い祠が設置されていた。これでもかと言う程に赤いため、暗闇の中でもハッキリと見ることが出来た。
ゆっくりと。二人は祠へと歩み寄る。
「……あれ?」
祠を見、早苗が不思議そうに声を上げた。
「どうかしたの?」
「この祠の封印って、札よね?」
早苗の問いに、詩祢はコクリと頷く。
「この祠……札が貼られていないわ」
「――――っ!?」
確かに祠には、札が貼られていなかった。足元を見ると、祠に張られていたのであろうボロボロの札が一枚落ちていた。
「既に……封印が解けてる……?」
早苗が、そう呟いた時だった。
「早苗っ!」
詩祢が叫ぶと同時に、懐から札を一枚取り出し、早苗の背後へ向けて飛ばす。
「え――――?」
詩祢が飛ばした札は、早苗の背後にいた何かへと張り付く。
『オオォォ……ッ!』
早苗は振り向き、その何かの姿を見て絶句した。
隣では詩祢が驚愕に表情を歪めている。
『ォォォオオォッ』
背後にいたのは、正に「集合体」だった。
人、人、人、人、人、人――――人。
何人もの人間が幾重にも重なり、絡まり、一つの塊を形成していた。頭、腕、足。様々な部位が塊から突出している。そして黒い、影のような前足と後ろ足で、四つん這いの状態で、呻き声を上げている。
「これが……封印されていた……集合体?」
ゴクリと。詩祢は唾を飲み込んだ。
札の効力で一時的に動きを止めているが、後数秒もしない内に目の前の集合体は動き始め、こちらへ襲い来るだろう。
案の定、すぐに集合体へ張り付いていた札は破れ、効力を失った。
「詩祢……来るよっ!」
白い布を取り、大鎌を取り出すと早苗は集合体へ向かって構えた。
『オォォオォ……ッ』
集合体が、低い声で唸った。