第一話「疼」
どうも、シクルです。
この作品は完結済み連載作品「霊滅師」の外伝にあたる作品です。
「霊滅師」を未読の方でも楽しめるようにはしてあるつもりですが、未読の方はよろしければ「霊滅師」本編を読了後に読むことをオススメします。
「霊滅師」
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その日の月は、妙に美しかった。暗い夜の中、月光がその神社――――木霊神社の境内を照らした。
「くっ……うっ……!」
寝室で、一人の女性が右眼を押さえながら呻き声を上げた。
長く黒い、艶やかな髪を振り乱し、白い寝間着に包まれた女性らしい肢体をくねらせ、女性は右眼を押さえている。
苦痛、苦痛、苦痛。右眼へ更に激痛が走り、彼女に更なる呻き声を上げさせた。
「……詩祢さん。また、疼くんですか?」
いつの間にか、着物を着た少女が女性の枕元へ座っていた。
前髪を真ん中分けにしたセミロングの黒髪をかき上げ、少女は女性の顔を覗き込んだ。
「……ええ……。でも、もう随分と……落ち着いたわ……」
右眼を押さえつつ、詩祢と呼ばれた女性は身体を起こし、少女の方へ身体を向けた。
「大丈夫ですか? 今夜はいつもより酷かったみたいですけど……」
「そうね。でも大丈夫よ。ありがとう、菊」
菊。そう呼ばれた着物姿の少女は、照れくさそうに微笑んだ。
「一つ、聞いても良いですか?」
菊の問いに、詩祢はコクリと頷く。
「前から気になっていたんですけど……その眼、一体何なんですか?」
「……長くなるけど、聞きたい?」
おどけて肩をすくめて見せ、詩祢は菊に問うた。
菊は何度も頷き、聞かせて下さいと嬉しそうに微笑んだ。
「そんなに、楽しい話じゃないし、簡単に話して良いような話だとも思えないけど……。貴女なら良いわ」
完全に痛みが消えたのを感じると、詩祢は右眼からそっと右手を離した。
「……早苗」
ボソリと。静かに詩祢は呟いた。
「え? 何ですか?」
聞き取れなかったらしく、菊は不思議そうに詩祢に問うた。
「早苗。何年も前の、私の親友よ」
「詩祢さんの……親友ですか。会ってみたいです」
そう言って微笑む菊に、詩祢は首を横に振った。
「彼女は……早苗は、もういないわ」
悲しそうな顔でそう告げた詩祢の顔を見、菊はすいませんと呟いた。
「いいえ、貴女は悪くないわ。菊、この右眼について聞きたかったのよね?」
右眼を指差し、詩祢が問うと、菊はコクリと頷いた。
「この右眼――――早苗にもらった物なの」
「え……?」
眼を見開き、どういう意味ですか? と菊は問うた。
「そのままの意味よ。この、呪われた右眼は……早苗にもらった右眼よ」
詩祢の右眼に宿る、呪われた力。
普段は封印してあるが、一度封印を解けば一瞥するだけで霊体そのものへ苦痛を与え、消滅させる邪眼――――それが詩祢の右眼だった。
幾度か、菊は詩祢がその右眼で霊を消滅させる姿を見たことがある。
「詩祢さんと……早苗さんに、何があったんですか?」
「今から、話すわ」
そう言うと、詩祢は語り始めた。
数年前を。
詩祢が、まだ霊滅師に成り立てだった頃の話を――――
数年前。引退した父の跡を継ぎ、詩祢は霊滅師となった。
詩祢は、霊滅師になることには何の躊躇いもなかったし、それどころか誇らしく感じている程だった。
霊を祓い、人々を救う仕事。まるで正義の味方のような職業だと、詩祢は感じていた。
詩祢の霊感は、強かった。才能のある霊滅師だと言われていた父を、遥かに超える才能だと、詩祢は何度も父に言い聞かされていた。
詩祢はそれを真に受けていたし、疑いもしなかったが、決してそれを鼻にかけて他人を見下すような真似はしなかった。
日々父と鍛錬に励み、対霊の札を扱えるようになっていた。
数種類ある札の中でも、詩祢は封霊の札を扱うことを得意としていた。
封霊――――己の霊力を札に込め、霊の動きを封じ、隙を作る札。
霊力を多く消費する封霊の札を、詩祢は何度も放つことが出来、よく父を唸らせたものだった。
巫女として、霊滅師として、修行を重ねる内に月日は過ぎ、詩祢が十七になった頃、父は引退した。
そして詩祢は、霊滅師となった。
「小学校の祠へ封印された悪霊……ねえ」
神社の石段に腰掛け、父に渡された依頼書を見、巫女服の少女――――出雲詩祢は呟いた。
依頼のランクはBランク。
駆け出しの詩祢には多少高ランクだ。が、詩祢は既にBランク並みの実力を持っていたし、依頼を受けるのは詩祢だけではない。
「大丈夫よ。私達なら」
クスリと。隣で腰掛けている少女が微笑んだ。
木霊町内の高校ではない、ブレザーの制服を身につけ、長い茶髪を後ろの高い位置で縛っている。俗に言う、ポニーテールだ。
「そう……よね。早苗も、いるんだしね」
早苗と呼ばれた少女の顔へ視線を移し、詩祢は微笑んだ。
早苗も、詩祢と同じように微笑む。
――――白木早苗。
古くから出雲家と交流のある白木家の跡取り娘だ。
詩祢と早苗は幼い時から家同士の都合でよく会っており、親友とも言える関係となっていた。
白木家も霊能家系であり、早苗もまた――――詩祢と同時期に親の跡を継いで霊滅師となった少女であった。
同期で霊滅師となった詩祢と早苗は、同じ依頼を今まで何度も二人でこなしてきていた。
詩祢は札による後方援護、早苗は前線での戦闘。
詩祢とあまり変わらぬ才を持つ早苗は、詩祢と組むことで二人で倍以上の力を発揮していた。
今回受ける依頼はBランク。今までCランクしか受けたことのない二人にとっては初めての体験だった。
緊張を感じつつも、同時に二人はBランクの依頼を受けることに高揚感があった。
あのような事件が起こるとも知らずに……。