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第三狂「餓鬼原!筋金!クレイG!」

 あの地獄の底での妖怪たちの邂逅を終えた日の深夜。俺こと化川恭司はうなされていた。悪夢に。ヘドロに塗れた醜悪な臭気と惨憺たる容姿を携えた妖怪変化10匹が俺へと向かってくるのだ。妖怪を一人ずつ紹介していこう。狂った奴、狂った奴、狂った奴、狂った奴、狂った奴、狂った奴、狂った奴、狂った奴、狂った奴、狂った奴だ。誰が誰かわからない?いや、わかる必要は露ほどもない。

 俺は悪鬼が蔓延るその場から死に物狂いで逃亡する。しかしどれだけ距離を取っても、後方から罵声のような怒声のような、いきりたって活気に満ちた群声が聞こえてくるのだ。何を言ってるかはわからないが辛うじて聞き取れた単語は以下の通りである。


 「うひゃひゃひゃひゃ」「フンッ!」「女子(おなご)はいねがぁぁ、女子ぉぉぉ」「誰が寒い時のキンタ◯みてえな顔だヨ」「おぬしは白菜にはなれぬぞ。ちんげん菜で我慢せい」「黙れ、糞人間ども」「パッションフルーツ!」「ハァッ!!」「ぼひゃひょひゃひゃひょ」「コオオオオオオオオオオオ」


 「「「「「「「「「猥褻(わいせつ)物陳列罪リミテッドエディション!!!」」」」」」」」」


 はっ。ここで目が覚めた。知ってる天井だ。確かに自宅のベッドの上である。断じて精神病棟の病室ではない。とはいえ、ひどく恐ろしい夢であった。だが、現実とあまり変わるところがないのだから末恐ろしい。というか、本当に昨日の出来事は現実だったのだろうか。あの妖怪たちの、言わば決起集会は、クラスの女子一行の所有する妖怪レーダーにビンビンに引っかかり、その結果、女子たちは教室を早々に後にした。名前すら告げずに彼女らは去っていったのだ。

 

 あそこで二つの絆が生まれた。人間社会へ侵食せんとする妖怪たちの同盟の締結と、人間の尊厳を死守するために立ち上がった防衛軍の結成である。そして、かくいう俺も妖怪陣営である。


 「あんなのとつるみたくなかったからあの高校にしたんだけどなぁ…。………ん?」

 何か腑に落ちない点があった。鬼気迫る男たちに気圧されて見落としてしまっていた点。しばしの小考のあと、思い至る。

 「そういえば…あそこ進学校…だよな……。なんであんなのがいるの………」

 俺が教員の立場ならあんな奴ら裏口でだって入学させたくない。これはもはや怪異である。いや、天変地異である。背筋を冷や汗がつたい、これまでにないくらいバッキバッキに目が覚めた。それはもう視線を浴びせただけで障子一枚破れるほどには。


 「さて……行くか、学校」

 これが健全たる学生の(さが)なのである。


※※※


 俺の自宅から自転車で30分ほどかかる地域に久留井崎高校は屹立している。それはもう同県には並ぶ高校がいないほどの進学校であるので、敷地内の設備はどれも真新しく管理も行き届いておりとても過ごしやすい環境が整っている。屋内のどこにでも、体育館にでさえ冷房が備えられ、授業は学校側から支給されるタブレットの使用、学校行事への大々的な取り組み、しかも部活動への活動資金の提供もいくらでも厭わない。

 そう。この学校はまさに学生のサンクチュアリなのである。断じて魑魅魍魎(ちみもうりょう)跋扈(ばっこ)する魔窟(まくつ)などではない。しかし、


 「HA?ダイキョウキンって何ネ?ミー、それわからないヨ」

 「だから俺の(ここ)についてる筋肉のことだって言ってるじゃないか!触ってみる?フンッ!ハァッ!」

 「まーさかーりかーついーで きーんたろーう」

 「ムネのキンニク?OH!それはパイオツのことネ!誰がテメェの汚ねぇ激キモ乳を揉むカ!イキノネ止めるぞ!ウスラハゲ!」

 「ん?今俺の筋肉を馬鹿にしたかい?」

 「くーまにまーたがりおーうまのけいこ……ん?」

 「バカ?それミーに言ってるのカ?…覚悟は出来てるか?肉だるま」

 「ああ、上等さ!…いや、上腕二頭筋さ!白黒…いや、筋肉つけようじゃないか!」

 「熊に跨って馬の稽古…?え………?なあなあお前ら、俺様やべぇ発見しちまった…何してんだ?」

 

 現在の時刻は朝の7:10である。俺は、生徒たちで溢れかえる、学校前を走っている歩道を自転車を押しながら歩いている。

 しかしまあ、せめて登下校の際だけは平穏な暮らしをおくらせて欲しいものだ。そう。俺は遭遇してしまったのだ。3匹の妖怪一派に。一人は、筋肉に取り憑かれた哀れな脳筋妖怪。一人は、胡散臭い一人称と日本語を喋る(なんか一瞬流暢な罵倒をかましているが)血統書付きの妖怪。一人は、無邪気な子供のように振る舞うただの阿呆の妖怪。この三妖が並んで悠々と歩道を闊歩しているのである。昨日の今日で、早速妖怪同士距離を縮めたらしい。やはりこの類の生命体はコミュニケーション能力が必要以上に高い。しかし、周囲からはどんどん人がいなくなるため無用の長物である。

 そして、今しがた筋肉野郎と片言野郎が何やら口論を始めたようだ。聞こえてくる会話はどれもこれも非常に頭が悪い。周囲を歩く生徒たちは妖怪たちの悪辣なる汚らわしいオーラを制服に染み込ませないよう、誰も彼もが一定の距離をとっている。俺も関わり合いにはなりたくない。

 ―このまま他人のフリをしておこう。

 だが、妖怪たちには天性の空間知覚能力が備わっている。誰も彼らからは逃れられないのだ。

 

 「ん?あれは………化川じゃねぇか!おーい、こっち来いよ!!」

 

 目敏くも一瞬後方を振り返った餓鬼原が俺のことを見つけ出したのであった。この時、筋金とクレイは互いに相手の右の鼻の穴に中指を突っ込んでいた。

 余談だが、餓鬼原が俺に声をかけた瞬間、半径10メートル以内に人がいなくなったのは至極当然のことである。


※※※


 「フンッ!」

 「グッモーニン!バケノカワ・ボーイ」

 「お…おはよう」

 「ハァッ!」

 「うひゃひゃひゃひゃ」


 いとも容易く妖怪たちに捕らえられた俺は、堪忍して彼らと道を同じくした。クレイは見かけに違わず、陽気に挨拶をしてくれたのだが、隣のこいつはさっきから一体何をしているんだろうか。


 「それ…何やってんの?」

 「何って?ボディ・ランゲージに決まっているじゃないか」

 「ダブルバイセップスやサイドチェストはボディ・ランゲージと言えるのか…?」

 「それ、俺様も思った!ぼひゃひょひゃひゃひょ」

 「むむっ!詳しいじゃないか。フンッ!筋肉は我々人類の意思の代弁者だ。ハァッ!筋肉こそが世界の共通言語だよ!ホァッ!」

 「誰が寒い時のキンタ◯みてえな顔だヨ」

 「誰も言ってねぇよ」

 「違う違う、化川。今の、クレイGが筋金に対して言った悪口だよ。まだ日本語が拙いからどうしても対象が曖昧になんだよな」

 「…なるほど。でも問題点はそこじゃない気がする」

 「何?寒い時の筋肉だって?いやいやぁ、それほどでもないよぉ」


 もう帰りたい。あと、餓鬼原の笑い声が非常に気持ち悪い。


※※※


 ついに校門の前にたどり着いたところで、昨日の自己紹介ならぬ地獄の座談会について思いを馳せてみる。あの人外たちの勢いに気圧されて自己紹介(はんこうせいめい)の合間にモノローグを入れる暇もなかったことを思い出す。改めて妖怪たちの容姿に向き合わなければいけないようだ。


 昨日、クレイ・ジョージことクレイGという俗名を名乗った妖は、読者に包み隠さずに言うと悔しいが途方もなく美男子である。米国と大和国のハーフであり、欧米の血縁が持つ華々しい特権をほしいままにし、顔面という顔面にその全パラメータを結集しているのだ。目元はマリアナ海溝かと思われるほどの彫りの深い二重。瞳はラピスラズリをそのまま嵌め込んだような蒼眼である。鼻はかのフジヤマよりも高く、唇は主張しすぎない焼き立てクリームパンのような膨らみ。頭髪は夕日に映えるブロンドヘアーで、短く整えられている。それはもう道ゆく全女子が二度見してしまうほどの美貌である。しかし、背が小さい。170センチある俺よりも6センチほど小さい。まあ、完全無欠の要塞顔面を持っているのだから、身長の欠落は目くそ鼻くそであろう。

 だがだがしかし、だがしかし、こやつは完全無欠の要塞を一晩で崩落させられるほどの狂気を隠し持っている。それは読者の皆も知っているだろう。それはもうプラマイゼロどころではない。絶対零度よりも遥か下に位置する。彼は、宝の持ち腐れの化身のような男なのである。


 昨日、筋金肉之助という俗名を名乗った妖は、筋肉以外取り柄のない哀しきモンスターである。日サロで焼いたのか、はたまた直射日光なのか、それとも狂気的な内面が外面に現れたのか、とりあえずこいつは肌が黒い。そして、顔のパーツは全体的に彫りが深いが、野生の臭いが漂うくらいの深さだ。おそらく縄文人くらいである。頭髪は申し訳程度に小鳥の巣くらいの毛が乗っているだけだ。

 彼の筋肉についての記述はもう何か野暮な気がする。おそらく読者の皆の予想通りの様相であるからだ。一箇所だけ挙げるとすれば彼が腕を曲げるとバスケットボールが顔を覗かせる。それだけ把握してもらえれば十分である。

 彼が筋肉と会話を怠る瞬間は1秒たりともない。ただの1秒もだ。


 昨日、餓鬼原騒吉という俗名を名乗った妖は、気色悪い笑い声を携えた、天真爛漫で阿呆なガキである。常ににこやかな笑みを浮かべており、この汚れまみれの世界をただ一人だけ謳歌するようにこの世に存在している。彼が七福神の一角と言われても信じる。喜色満面の権化とは彼のことである。しかし、いざ声を出して笑うと気持ち良いほどに気持ちの悪い笑い声をあげる。正に妖怪である。発言も間が抜けすぎていてあまりにも幼く、やはり妖怪のようである。

 目元は日本刀のように鋭い一重であるが、常に笑っているためもはや糸目である。鼻だけやたらと高くクレイGにも引けを取らない。この目と鼻が合わさっているので狐に見えないこともない。頭髪はサラッサラでそこら辺の女子よりもサラサラである。あと、彼はクレイより背が小さい。

 それに加えて、彼は日本有数の大富豪であり、かの餓鬼原グループの御曹司である。御曹司という言葉を現実で聞くのはおそらくこれが最初で最後なのではなかろうか。昨日の一件で餓鬼原という名字がずっと気になっており、帰宅後に検索してみると案の定この有様である。しかし、彼は金持ちということをあまり自慢にはせず、普通の学生として皆と生活している。ピアノ、書道、剣道、生花、茶道、塾などありとあらゆる習い事を履修しておりかなりスペックは高いらしい。

 だが、彼もれっきとした妖怪だと言うことを忘れてはいけない。


※※※


 こうして彼らをモノローグ内に落とし込んでいる間に教室についてしまったらしい。いよいよ今日から、今この瞬間から本格的に俺の多忙な学校生活が始まる。とたかを括っていたのだが、多忙どころの話では無くなるとは俺はまだ知る由もない。


 「フンッ!」

 「グッモーニン!みなさん!」

 「おっはよー!」

 「…おはようございます」

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