砂の大地 6
「…旅に出れば、いろんな人たちに会えるからね。悪くないんだよ、旅だって」
ニコリと笑ってカロンは言った。旅をする理由を尋ねてしまった罪悪感から沈んだ子供たちのそんな様子をやわらかに払い去る、明るい笑みだった。
「カロン。食料やミズトドメの実を用意するから、持って行ってくれ。そう多くは用意できないが、絵のお礼だ。他に何か必要なものはないかい?遠慮せず言ってくれ」
そばで聞いていた男が気さくにそう言った。カロンは深く頭を下げる。
「ありがとうございます。では…パピルスの樹皮と、ダイダイなどの染料に使う実、あとはこの篝火が消えた後の燃え残りを分けてもらえると助かります。」
男はきょとんとした顔をした。男だけではない、周りにいた人々も首をかしげている。
「別に構わないが…そんなものをどうするんだい?」
怪訝そうな顔をする男に、カロンは笑いかけた。
「僕の商売道具なんです」
その晩、カロンは村人──主に子供たちに絵を教えた。
やがて太陽が砂の大地の果てから顔を出し、砂送りの儀は終了した。それぞれの仕事に戻っていく村人たちと別れ、村の子供たちと案内役の大人たちに連れられカロンは村の端にある畑に案内された。
耕された畑や手入れされたミズトドメの藪の横には、放置され好き放題にいろいろな植物が伸びた小さな藪が広がっていた。普段あまり使わないため、手をいれていないそうだ。
カロンはその中から絵の材料になるものを探し出しながら、“絵の具”の作り方を教えた。
ついでに“染料”の作り方、衣服などを染め抜く方法などを教えると、使い道がないと放置していたものの意外な使用方法に村人たちは驚いた。布を染めることは知らなかったようだ。道理で、この村の色味が乏しかったわけである。そのことを知った村人たちは、楽しみが増えたと喜んだ。
そして、次の村に行く前に寄って行きたい場所があるからと、カロンは日が昇りきる前に村を発つことにした。
「もし…途中で“送り”に出会えたら、この村に寄ってもらえるよう頼んでみます」
村を去るとき、カロンは見送ってくれた村人にそう言った。村人は微笑んで「ありがとう」とだけ返した。
途中で“送り”に会える確率は、ごくごく低い。“送り”が存在する村では、彼らを村の外に出したがらないためだ。稀に、近くの村の者を送りに行くのを見かけることもあるが、近付こうとしても護衛の者に阻まれるだけ。話を聞いてもらえたとしても、離れた村までくることは了承しないだろうし、何より、間に合わないだろう。“送り”の力が作用するのは、石になる前の人だけだ。
無理だと分かりきっている約束。だが、旅人であるカロンに出来ることは、絵を描き、そんな虚しい約束をすることだけだ。あとは定めに従うほかない。
叶うことのない約束を交わし、カロンは村を発った。