砂の大地 5
村に娯楽は少ない。資源の少ないこの砂の大地で、人々は限られた居住地域に寄り集まって暮らしている。村の外に出ることもほとんどなく、いつかナハテに導かれることを祈りながら、定めのときがくるのを待つ。もちろん、楽しみが何もない訳ではない。仕事をしながら歌を歌ったり、おとぎ話をしたり。
だがやはり、稀に訪れる旅人が語る他の村の話や伝え聞いた物語などは、めったにないエンターテイメントなのだ。
「うーん。あんまり持ちネタ、ないんだよなぁ」
「えー?旅人さんなのに?」
周りに集まった子どもたちにカロンが弱ったように頭をかくと、子どもたちは口々に不思議そうに声を上げた。
「あはは。…そうだなぁ。じゃあここに来る途中で出会った石や人の話をしようかな」
そうしてカロンはゆっくり、噛み締めるようにして話した。石になった人々のことを。“送り”に送ってもらえずに石となり、風化し、砂に還ってゆく彼らのことを。
出会った人々。別れた人々。一度別れれば二度と会うことはない広大な砂の大地の、一期一会の旅の物語を。
「ねえ、どうしてカロンのお兄ちゃんは旅をするの?どうして村から出たの?」
カロンのすぐそばで聞いていたまだ幼い少年が、不思議そうにカロンを見上げ問いかけた。その問いに、隣にいた少しだけ年上らしい別の少年が焦ったようにコラッと頭をはたく。
旅人に旅をする理由を尋ねてはならない。それは、砂の大地の暗黙の決まりだ。旅人を迎え入れる村では皆そう教えられる。はたかれた少年も、はっとしたように口をつぐんだ。
「大丈夫。ありふれた理由だよ」
カロンは笑った。優しく笑って、少年の小さな頭に手を置いた。
「僕の村は、人数の少ない、小さな村だったんだ。資源も少なかった。でもミズトドメの藪林だけは、すごく立派だったよ。訪れる旅人たちにミズトドメの実を渡して、そのお礼にいろんなものをもらってみんな生活していたんだ」
カロンはそこで一度言葉を切った。それまで子供たちに向けていた優しい眼差しを今度は空に向ける。頭上に広がるのは、満天の星空。
「…突然だった。立派だったミズトドメの林が、急に枯れ始めて…尽きることなく実っていた実の水分も、どんどん失われていった。水不足から病気が蔓延して──僕以外みんな、石になってしまった」
子供たちは押し黙った。周りの喧騒や火が爆ぜるぱちぱちという音でさえ、心なしか静まったように思えた。星空を見上げながらカロンは淡々と続ける。
「僕の村にも“送り”はいなかったから、みんなはナハテには行けない。定めのときまで、砂の大地をさ迷い続ける。
一人残った僕は、みんなを描いたんだ。みんなを描いて、その絵を燃やした。…そうしたらなんとなく、救われたように感じてね。ナハテに行けないみんなの魂のほんの一部でも、救われたような気がして。
だから僕は旅に出たんだ。救われない石たちを描くために。…どちらにせよ、ミズトドメの藪林が枯れた村に留まることは叶わなかったからね」
静かな目で空を見上げるカロンを子供たちはただ見つめることしかできなかった。
この砂の大地において、カロンのような境遇は決して珍しいことではない。それでも、生まれ育った村が滅びていくのを──自分以外の者が石になっていくのを一人で見送る寂しさは、どれほどのものであろう。
「でもね。こうして…」
言いながらカロンは新しく広げていたパピルスの皮とカマドノキの炭を手に取るとザザザッと猛然と手を動かした。彼が手を避けるとそこには、焚き火を囲む人々の様が描かれていた。少し荒いが、温かな気持ちになる。ここにいる人々の温もりまで感じさせるような、そんな絵。