砂の大地 3
先を行く青年の後ろを歩きながら、少年は村を見渡した。慎ましやかな家々が寄り添うように密集して建てられている。建ち並ぶ家の向こう側に、ミズトドメやパピルスなどの植物が生い茂る林と畑、村の境界を示す柵が見えた。
そう大きな村ではない。“祭壇”、“砂の揺り籠”、ミズトドメの藪林…村として機能するために必要な最低限のものだけが取り揃った村。歩きながら聞いた青年の話では、他の村と離れているために交流もあまりないらしい。
相槌を打った少年はふと、“祭壇”の裏手に数個だけ並んだ石に気が付いた。滑らかな表面の、きれいな丸い石。“墓石”だ。不思議なことに、並べられているのはその数個の“墓石”だけで、他に石は見当たらない。
「あれは、前に偶然立ち寄った“送り”の方が送ってくれた人たちだよ。“祭壇”の近くで、その時が来るのを待っているんだ。…この村では、送られることなく石になった人の身体は“送りの儀”をした後、“砂の揺り籠”に埋めるんだ。少しでも早く、また生まれてこられるように」
少年の視線に気づいた青年が弱々しくそう言った。赤子を抱く手に力がこもる。抱き寄せられた赤子はまた、無邪気に嬉しそうな声を上げた。
案内されたのは、小さな家だった。この地域の伝統なのだろう、ハヤバエノキで家を組み、草と、果実から採れる油を混ぜたもので隙間を埋め塗装している。多少の砂嵐では砂は入ってこず、かつ壊れても再び組み立てやすい、いい造りだと少年は思った。
青年がツタで編まれた重い布を押し上げて中に入る。少年もそれに続いた。
通常、生まれの儀は村人全員で行われる。この村でもそうだろう。少年が村を訪れた時、見回りや畑仕事をしている者はおらず、皆が生まれの儀に参加していた。そんな中、生まれの儀に加わっていない、加われない者は──。
「スグナ。戻ったよ。子供を見せにきたんだ」
青年は努めて明るく声をかけた。明り取りの小さな窓から差し込むささやかな光の中で、静かに微睡むように一人の女性が横たわっていた。
相当な年だろう。刻まれたシワは多く深く、生きてきた歳月の重みを感じさせる。体に薄い緑色の“砂布”が被せられているため断言はできないが、見えている首や頬まで、すでに皮膚の色をしていない。石になりかけている。もう時期──本当に、もうすぐなのだ。
…この村に、“送り”の特徴を持つ者は見当たらなかった。それが意味するところは、送られない──つまり、救われないということだ。彼女はナハテに導かれることなく、再び砂の大地を彷徨い続けなければならない。
だが、彼女の表情に翳りや不安の色はなく、まるで楽しい思い出を振り返るように穏やかに微笑んでいた。
「おやおや。ちゃんと砂送りをしてあげないと、その子が可哀そうだよ」
しわがれた声は、叱る響きを含みながらも明るく優しい。青年は子供が言い訳するように口ごもって答えた。
「すぐに戻るよ。スグナに見せるためにちょっと戻っただけだよ。それと、お客さんを連れてきたんだ。えっと…」
「こんにちは、スグナ。旅人で、カロンといいます」
青年が少年を手で示して次の句が継げないのをみて、少年──カロンはこの村に来て名乗っていなかったことを思い出した。一人で旅をしていると“旅人さん”だけで話が済んでしまい、名乗り忘れていけない。
「こんにちは。ごめんなさいねぇ、もう人の手を借りても身動きが取れなくてねぇ。その子の砂送りにも、参加してあげられない」
スグナは視線だけをカロンの方に向け、ゆっくり言葉を紡いだ。
「カロンが“エ”を描いてくれるそうなんだよ。だからスグナを、描いてもらおうと思ったんだ」
「絵…懐かしいわねぇ」