村跡にて_2
通常、ナハテへの“門”とされている“祭壇”は、役割の通り門や扉を模して作られる。カロンが今まで見てきた“祭壇”はそうであったが、確かに形が定められているという話も聞いたことがない。
その“祭壇”は、生き物の形をしていた。身体の半分を地中に埋め、地上に出たもう半分はずんぐりと弧を描く。カロンはそんな生き物を見たことがない。ただテアが、ある地域で“鯨”と呼ばれ信仰されている大地の“主”と似ていると言った。
カロンの呟きには答えず、テアは労るように“祭壇”の生き物の背を撫でた。石造りのその背中は広く、一人や二人なら余裕で乗せられそうだ。
「“主”は、すなのだいちのそこでナハテをまもっているといわれているわ。そのなかでも“鯨”は、ひとのまえにすがたをみせることのおおい、かわった“主”なの。」
巨大な“鯨”は、“送り”の音楽とともに地上に姿を現し、その広い背中に人々の魂を乗せて、ナハテへと導くのだと。“鯨”が信仰されている地域ではそう信じられているのだとテアは言った。
ナハテへの“門”ではなく、“案内人”として、かつての村人たちは“祭壇”を造ったのだろうか。村に“鯨”のことを伝えたのは旅人か、はたまた移住してきた者たちがこの村を造ったのか。
この村に“送り”がいたかどうかは分からない。“鯨”は、望まれた通りに彼らをナハテへ導くことができたのだろうか。
どちらにせよ、この村は豊かで、そして栄えていたのだろう。残された建物の跡から、多くの人が暮らしていたことが窺える。人がいなくなってなお旺盛に枝葉を伸ばす植物たちの生命力には畏怖さえ感じる。これほど豊かな村が、どうして滅びたのだろうか。
らちのあかないことを考えながらめぐらせた視線が、よく葉を繁らせたミズトドメで止まる。つられたようにテアもそちらを見た。しゃらりと涼しげに葉をこすりあわせたミズトドメの実が、ずしりと揺れる。少しだけ考えて、カロンはミズトドメの実に手を伸ばす。
「テアもミズトドメ、もらっておこうよ」
「ついこのまえ“砂戻り”したばかりだから、ひつようないわ。」
「……」
たくさんの実の中から、今にも千切れて地面に落ちそうな実を殻刀で採りながら声をかけたカロンに、テアはさらりと拒絶を返す。カロンは渋い顔をした。
“砂戻り”とは、人が“送り”の力を得るときに起こる現象だ。
砂の大地ではたびたび“流砂”が出現する。常に砂が流れている場所もあれば、予兆もなく突然砂が地に飲み込まれることもある。そのときに流砂の範囲内にいれば、当然、飲み込まれる。
大地の底に飲まれた者の大半はそのまま行方知れずになるが、稀に戻ってくる者もいる。砂とともに吐き出されるようにして大地の底から戻ってきたその者たちは、銀色の髪と、奏でる音楽によって人々を送る力を得る。それが“送り”だ。
人が“送り”になるときにだけ起こる現象のはずだが、テアの場合は定期的に『砂戻りする』らしい。テアの“砂布”が、彼女が着ている簡素な銀色の服であることを知ったのもそのときだ。
赤子が“砂の揺り籠”から“砂布”に包まれて生まれるように、“送り”も砂から吐き出されるときに新たな“砂布”をまとっている。その新しい“砂布”は、もとのものとは形状や色合いが変化することもあるそうだ。
「あれ、もうやめてほしいんだけどな…」
出会って早々、見送るのかと思うと嫌だった。ぼやくカロンに、テアは淡々と返した。
「わたしは、すきなのだけれど。」
彼女が何かをはっきり『好きだ』というのは、出会ってから初めてのことだった。
「すなのそこで、だいちのうたがきこえるの。ふだんよりも、ずっとはっきり。」
言いながら、何かに耳を澄ませるように目を閉じる。カロンもテアが聞こうとしているものを聞こうと真似して目を閉じ、耳を澄ませる。
遠くで風が吹き抜けるゴウゴウという音が聞こえる。微かに吹いている風が、二人の衣服や髪をそよがす音。ミズトドメの葉がしゃらしゃらと擦れる音…。
「…風の音とかなら聞こえるけど、それが大地の歌なの?」
「…そうともいえるわ。だいちのうたは、とてもちいさいの。」
肯定とも否定ともとれる言い方をするテア。小さく綻んだ口元に、彼女は今“大地の歌”を聞いているのだと思った。
じっと耳を澄ますテアの隣でカロンもまた、同じように目を閉じ砂の大地の音に耳を傾けていた。




