村跡にて 1
「──♪」
子供たちの伸びやかな歌声が砂の大地に染み渡る。この地域の収穫の歌だ。実り始めたコウキの実を、熟したものを選んで摘んでいく子供たちは、感謝の気持ちを込めて口ずさむ。中でも、背中の中程まである褐色の髪をなびかせる少女の歌声は、砂の大地をどこまでも渡っていきそうなほど澄みきっていて軽やかだ。
大人の親指ほどの大きさの実を、目標量を採り終えた子供たちは、そのまま歌いながら村へと戻る。村の入り口では、背の高い女性が彼らの帰りを出迎えた。
「テア。みんな。お帰り」
「ミモザ!」
褐色の髪の少女は女性の腕に飛び込んだ。
「あのね!今年もコウキノキはたくさんの実をつけてくれていたわ!」
テアのきらめくような笑顔に、彼女も優しい微笑みを返す。
「ええ。テアの収穫の歌が村まで届いていたから、きっと豊作だってみんなで話していたのよ」
追い付いた他の子供たちにも「お帰り」と頭を撫でながらミモザは続ける。
「ハウトにもそんな話をしにいってね。彼も笑って、歌を聞きながら石になったわ」
「そっか。」
子供たちは皆、それだけ言った。ちらりと収穫したコウキの実に目をやった男の子は、「じゃあこれは、送りの儀に使えるね」とにこりと笑った。ミモザはそんな少年の髪をくしゃりと撫でた。
「ハウトのための送りの儀だからね。ハウトにあげるのと同じだよ」
うん…と頷いた少年は「届けてくる」と走っていく。私たちも行こうか、とミモザはテアの手をとった。こくりと頷き、テアは大きく息を吸い込んだ。
「────」
別れの歌。明るく、高らかに響き渡るその歌声に耳を傾けながら、テアたちは歩く。ミモザは目を伏せ、小さく笑った。
「この村に“送り”はいないけど──テアの歌があれば、それでいいと思えるよ」
目が合う。慈しむように微笑むミモザにテアもきらめく笑顔を見せた。
歌声は、広大な砂の大地をどこまでも響き渡っていった。
○滅びた村にて
この世界は、罪を重ね過ぎた。
すべてを一度、砂へと還そう。
そうして全てが、砂に飲まれた。
人も、大地も、海も、全てが。
「これが、わたしのしっているおはなしよ」
「うん、僕が知っている話とほとんど同じで、安心したよ」
隣で左手を動かしながら聞いていたカロンはそう言って笑った。
滅びた村跡で、二人は休息をとっていた。人の住む気配は皆無で、先の村のように住居が別にあるわけでもないようだ。残された作物たちは、手入れされてもいないのに力強く枝葉を伸ばし、よく茂ったミズトドメがやってくる旅人に憩いを与える。
村跡に残る、まだ形を保った石をかきあげたカロンは、この村の“祭壇”が変わった形状だったためパピルスの皮にかきつけていた。
主に立ち寄った村で出会った人々や石をかいているカロンだが、このように珍しいものや綺麗だと思ったものもかき留めている。テアはカロンが絵をかいている間、隣で座って待っていたのだが、ふとこの世界に伝わるお話が話題になったのだ。
二人がともに旅を始めてはや数週間。休息や道を行きすがら、互いのことやこれまでの旅の話をし合うようになっていた。
「よし、かけた」
そう言ってカロンは満足げにパピルスの皮を丸める。
それを待っていたテアは、“祭壇”の近くで合図のようにくるりと回った。ひとつ頷き、カロンは彼女が手のひらに乗せられるほど小さく見えるまで十分に距離をとる。カロンが離れたことを確認したテアは、いつものように、風とともに彼女の送りの歌を奏でた。
カロンとしてはもっと間近で聞きたいのだが、それはテアが許さなかった。人と接しないこと、人の近くで“送り”の力を使わないようにすることは、すべてを砂へと還す力を持つテアにとって、せめてもの気休めなのだという。
彼女の歌声と共鳴するように、村に残っていた石たちが光を帯びる。同じように、“祭壇”の石もテアの歌声に合いの手を入れるように強弱をつけながら光を灯す。
石になった人と、“神殿”や“祭壇”を形作っている石との違いは、“送り”の奏でる音楽に対する反応だ。もともと人であった石は何の反応も見られないが、“神殿”などに使われている石は“送り”の奏でる音楽で光を帯びる。“神殿”や“祭壇”をつくるときの石は、そうやって見分けるのだと聞いている。
しかしテアの歌声では、どちらの石も同じように光を帯びる。異なるのは、光を帯びるだけの石に対して、人であった石は“墓石”にもならずに形を崩し、さらさらと砂へと変化することだ。その光景を目にする度に、彼女の歌声は特別なのだと思いしる。
すべての石が砂へと還り、“祭壇”の光も消えた。テアの隣へと歩み寄ったカロンは、もとの色に戻った“祭壇”を見つめ、呟いた。
「…かつてこの村にいた人たちは、この“祭壇”に何を願ったんだろうね」




