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砂の大地 2

 男との会話は、他の村人たちが少年の存在に気付いたことで打ち切られる。少年はわいわいと村人たちに囲まれ、篝火のそばに招かれた。


 火のそばでは、茜色の“砂布”にくるまれた赤子が若い青年に抱きかかえられている。他の者たちは、村の中にいるためだろう、“砂布”を身に付けていない。色味の乏しい村の中で、その茜色と少年が羽織った“砂布”の明るい藍色が際立つ。


 その赤子はというと、先ほどから幾度も炎に手を伸ばして遊んでいる。気付いた青年が慌てて引っ込めさせるのが楽しいらしく、悪びれた風もなくきゃっきゃっと笑っている。二人のそんなやり取りを笑いながら眺める村人たちは、篝火に振りかけるようにして砂を投げ入れる。火の勢いに舞いながら、砂はきらきらと輝いた。“砂送り”だ。


 “送り”が人々を送る際に吹く風が砂を舞い上げる光景にあやかり、火に砂を投げ入れる“砂送り”を行うことが生まれの儀としては一般的である。生まれた子が無事ナハテへの旅路につけるよう、まじないをかけるのだ。少年も皆に倣い、砂を火に投げ入れた。


「この子が無事、ナハテに導かれんことを」


 小さく呟いた少年に、世話役の青年はありがとうと微笑んだ。


「旅人さん、これどーぞ!」


 少年が青年の隣に座るのを待っていたようなタイミングで、まだ幼い女の子が女性に背を押されながら彼にミズトドメの実を差し出した。受け取るとずっしりとした重みが伝わってくる。採りたてで瑞々しい証拠だ。


 先ほどから礼を言ってばかりなことに頭を掻きつつ、少年は有難くその実をいただく。新鮮なミズトドメの実のヘタを器用に片手でちぎりとると、断面から実を啜った。微かに甘味を感じる果汁がたっぷりと口内に流れ込み、身体中に水分が行き渡るのが分かった。はぁっと息をつく。旅の最中ではなかなか補充ができないため、どうしても節約気味になるのだ。


「一人で旅をなさっているんですね。大変でしょう、他に用意できるものがあるか、探してきますね」


「いえ、今ミズトドメの実をいただけたので助かりました。それに、もてなして貰ってばかりも申し訳ないので…」


 言いながら走りだそうとした村人を呼び止めて、少年は背負っていたカバンからごそごそと何やら取り出す。取り出しながら、少年は村人たちに尋ねた。“絵”を描きましょうか、と。


「エ…?何だい、それは?」


 皆の気持ちを代表して素っ頓狂な声を上げた男に微笑みかけ、少年はカバンから出したものを並べていく。


 肩幅ほどの大きさの木板、パピルスの木の内皮を薄く剥いだ皮、黒い小さな塊──カマドノキの炭だろうか。用途の分からないそれらのものに、村人たちは揃って首を傾げた。


 皆の視線が集まる中、少年は布でぐるぐる巻きにした右手で器用に木板を支え、パピルスの樹皮をその上に広げた。そして一度、焦点を赤子と青年に定めると、さらさらっと左手が踊る。少年が手を避けると樹皮には黒い線で赤子と青年が写し取られていた。


「ぼくは商品を扱っていませんが、こうして絵を描いて旅をしています」


 初めて見る“絵”というものに村人たちは感嘆の声を上げながら顔を見合わせた。迷うように互いに顔色を窺っている。


「じゃあ…お願いしても、かまわないだろうか」


 声を発したのは、赤子の世話役の青年だった。絞りだすように発せられた声は小さく、掠れている。声の響きから、少年は敏感に事情を感じ取った。その上で優しく微笑む。


「よろこんで」

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