村の選択と『祝いの歌』 4
カロンがお礼として返せるのは絵だけだ。だが、普段描いているパピルスの皮や炭を使うような絵を、資源の乏しいこの村に伝えるわけにはいかない。この方法なら、必要な材料は平らな地面と砂だけだ。
「私もやる!」
「ねぇどうやるの?」
何度でも描いて消せる。その言葉に、カロンの絵を大切そうに眺めていた子供たちは近くに寄ってきて砂を指でなぞった。
「ぼくもカロンみたいにかける?」
少し不安げな様子でカロンを見上げた男の子の頭に、カロンはぽんっと手を置いた。
「かけるよ。少し練習は必要だけど」
そんなことを話しながら絵に夢中になっている子供たちとカロンを見つめるテアに、フキはそっと声をかけた。
「聞いても、いい?」
迷うような口振り。テアはカロンたちの方を見つめたまま「ええ」と頷いた。フキはテアの隣に座り込み、同じように子供たちを眺めながら呟くように言う。
「…私は、“送り”がどれだけ大切な存在なのか、村にとって、どれほど貴重な存在なのか、知っている。そして旅をすることが…村を出ることがどれだけ危険なことなのかも」
静かにテアは頷いた。確かに、この村に住む者たちは、誰よりも“送り”の存在の大きさを知っているのだろう。そのより所を失う恐怖を、誰よりも理解しているだろう。だからこそ聞かずにはいられない。フキは、真っ直ぐにテアを見つめて問うた。
「どうして、旅をしているの?」
その視線を見つめ返すことなく、テアは少しの間の後、淡々と答えた。
「むらびとみんなを、いしにしたの。いしになったみんなを、わたしはひとりでみおくったわ。」
だから、たびをしているの。それだけ答え、テアは口を閉じた。
答えになっていない。“送り”であるテアが、石化が始まった村人たちを“墓石”にするのは当然だ。その結果、村がなくなったとしても、“送り”が旅を続ける必要はない。“送り”を必要とする村は、いくらでもあるのだ。だがテアがそれ以上口を開くことはなく、フキは名残惜しそうにぐいっと彼女から視線を逸らした。
「ねえフキ!一緒に歌お!」
「テアも来て!新しい遊びを思いついたの!」
ふいに子供たちがテアとフキの方に駆け寄ってきた。すっと表情を切り替え、「あらあら」と慣れたように笑うフキに対して、女の子に手を引かれたテアはびっくりしたように目を見開いた。視線の先で優しく微笑むカロンと目が合う。
「あのね!歌を歌いながら絵を描くの。歌で言われたとおりに形をかいて、絵を完成させるのよ」
「今みんなでやってみたら、いろんな絵ができて面白かったの!!」
指さされた地面には確かに様々な模様が描かれている。
「この子たちは歌を作るのが上手だね。即興でいろんな歌を教えてくれたよ」
ずっと子供たちと遊んでいたカロンは、近くに来たフキに笑みを浮かべて話しかけた。フキも笑顔で頷く。
「ええ、この子たちの歌は、村を元気にしてくれるの」
フキにも褒められた子供たちはまた嬉しそうに笑って、
「まるをかいて まるをかいて おほしさま ぐるぐるまわって つるのばせ まるをかいて まるをかいて おほしさま きれいなおはなが さきました」
と早速作った歌で絵をかいた。明るい、下弦の季節を思い起こさせるメロディーに乗せて描かれたのは、アケボノソウの花だ。子供たち一人一人によってかく形が異なるが、まるで花畑が広がったように砂の積もった地面が華やかになる。その上をごろごろと転がりながら絵を消し、砂まみれになった子供たちは再びテアとフキを遊びに誘った。
「こうやって遊ぶの!一緒にやろう?」
「…。うたは、うたえないわ。」
子供たちから目を逸らし、テアが断る。迷うように絵が描かれていた地面を見つめるテアを、彼らはめげずに誘った。
「えーー!なんで?一緒に歌おうよ!」「絵はみんな下手だから、大丈夫だよ!」
一緒にやろう。にこにこと笑顔で誘う子供たちに根負けしたように、テアは小さな声で「すこしだけよ」とその場にしゃがんだ。
──シャン。と、砂が鳴った。




