村の選択と『祝いの歌』 3
三人は奥の間を後にした。入り口近くの明るい部屋へと案内されながら、カロンはフキに話しかけた。
「フキは、“送り”のことを知っているんだね」
“送り”がやって来たのは十年ほど前。当時、その話を理解できる者皆で決めたのだとヌシャは言っていた。自分たちとさほど変わらぬ年齢に見えるフキは、まだ幼かっただろう。コクリと彼女は頷いた。
「…私の世話役だった人も、そのときに送ってもらったから」
そういうフキの目は、どこまでも穏やかだ。
「いつも、私や村のことを考えてくれるような人だった。石化が始まってからは、ほとんど食料を受け取ってくれなくて…私たち子供に“しっかり食べなさい”って自分の分を分けてくれたわ」
呟くように話すフキの口調からは、先ほどまでの堅苦しさが抜けている。ゆっくりと歩を進めながら、カロンは「やさしい人だったんだね」と相づちを打った。
「ええ。…“送り”の人が送ってくれるって言ったときも、最後まで首を縦に振ってくれなかった。みんなに悪いって。そんなことないってみんなで何度も説得して、ようやっと了承してもらったのよ」
「…わかっていたのね。きっと。」
黙って聞いていたテアが小さく言った。何のことかと振り向いたカロンの方には見向きもせずに、テアは前を向いていた。
「そうだったのかもしれない」
静かに、フキも言った。“送り”と、送られた者には何か思うところがあったのだろう。カロンは深く聞くことはせず、言葉を飲み込んだ。
被せてあった布を外したことで日の光が差し込む明るい通路を通っていると、旅人が物珍しい幼い子供たちが待ち構えていたようにテアとカロンを取り囲んだ。
「ねえ、あなたたちは誰?」
「どうしてここにいるの?」
「フキ、砂からは大人も生まれるの?」
矢継ぎ早に尋ねる子どもたちに、フキは優しく言った。
「砂からは、赤ちゃんしか生まれてこないわ。この人たちは、旅人さんよ。旅人っていうのは、私たちみたいに村に留まって生活するんじゃなくて、いろんな場所をめぐりながら生活している人たちのことなの。こっちがカロンで、こっちがテア」
カロンもテアも、それぞれぺこりと頭を下げた。
「ふーん?」
首をかしげる子どもたち。フキの説明をいまいち分かっていないようだ。当然だ。彼らにとって世界とはこの地下の遺跡の中だけ。他に村があるなんて考えたこともないだろう。しかしフキはそれ以上のことを教える気はないようで、首をひねる子供たちの気を逸らした。
「さぁみんな。テアとカロンに歌を歌ってあげましょう?何がいい?」
「あっ、じゃああれがいい!『朝日の歌』!」
「えーっ『しゅうかくさいの歌』がいいー」
「あれは朔の季節の歌だよー」
夢中になって相談する子供たちの背を軽く押しながら、フキはテアとカロンを広間に招き入れた。その間も子供たちはあれがいい、こっちがいいと口々に言い合っている。
「楽しい歌がいいなぁ」
「じゃああれは?」
呟くような声を受けて、女の子がその場でくるりと回って見せた。それを見て子供たちの意見はまとまったようだ。目を輝かせて口をそろえた。
「あ、それがいい!『祝いの歌』!!」
子供たちは互いの手を取り合うと、可愛らしく踊りながら歌い始めた。明るく、楽しそうだが歌というには歌詞もメロディもバラバラだ。皆思い思いの歌を口ずさんでいる。
「…このうたは…。」
テアが驚いたように呟いた。尋ねられたと思ったフキは少しだけ苦笑を滲ませながら教えてくれた。
「この子たちがもっと小さいときに作った歌なの。『祝いの歌』って呼んでいて…石化が始まった人が石になるのを見送るときにみんなで歌うの」
決まった歌詞も節もない。皆が思い思いの歌を口ずさむのだと。決まっているのは、手を取り合って踊ることと、明るいメロディであることの二つだけ。
「…“送り”のうただわ。」
テアのかすれるような声を聞き取れたのはカロンだけだろう。子供たちに手招きされたフキは、一緒になって踊りながら歌を口ずさむ。フキが歌う歌もまた、子供たちのいずれとも異なる。目を細めて、テアはその様子を見つめていた。カロンも不思議な気持ちで彼女たちの歌を聴いた。
この村ではこの“歌”を共に口ずさみながら、石になる。村人たちは明るい気持ちで歌い続ける。新しい旅立ちに。終わりゆく命に向けて。
いつまでも歌い続けていられそうな様子の子供たちだったが、フキが歌い終わったのを見て各々曲を終わらせた。カロンは鞄に入れた木板をたたくことで拍手に変えた。
「素敵な歌をありがとう。歓迎のお礼になるかは分からないけれど、僕の知っている遊びを教えてあげる」
カロンは子供たちにゆっくり歩み寄るとそばに座った。床には外から入り込んだ細かい砂が薄く降り積もっている。その砂を指でなぞるように、カロンは床に絵を描いた。
「わっすごい!なにこれ?」
「ミズトドメかな?」
「正解。じゃあ今度はこれ」
単純化して描いたミズトドメの形とは別に、指先を使って繊細な線で描いていく。
「あ、この花見たことある!なんて名前だったかなぁ?」
「下弦の季節の花だよね?カロン」
「当たり。アケボノソウだよ」
カロンはさらに線を書き足しながら答える。アケボノソウ以外にも、どこの地域でも一般的に見られる植物を描いていく。
「すごい!きれいー」
細い線で描かれた花々を子供たちはうれしそうに眺める。線が消えないように距離を置いて。中には息を詰めている子供もいた。ふっと笑ったカロンは手のひらでこすって絵をかき消した。とたんに、子供たちはばっと絵があった地面に近づいて一斉に不満そうな声をあげた。
「「えーーーっ!!」」
「なんで消しちゃうの?!」
「きれいだったのに!!」
文句を言いながら詰め寄る子供たちに、カロンは優しく笑った。
「すぐ消えちゃう代わりに、何度でも描けるよ」




