“送り”の少女 5
やはり、テアが何かしら荷物を持っているようには見えない。食料やミズトドメ、交渉材料となるものなど、旅をする以上、当然荷物は多くなる。
カロンは荷が少ない部類に入るだろうが、それでも他の村で受け入れてもらうため、食糧などを分けてもらうための交渉材料として絵の道具──木板やパピルスの樹皮、絵の具などが、持ち歩いているカバンに雑多に詰め込まれている。
存在そのものが最大の交渉材料である“送り”には必要ないといえばそうだが、それでも荷がないのは不自然を通り越して異様だ。
そしてもう一つ、旅人が必ず持ち歩いている──身につけているはずのものがある。“砂布”だ。
“砂布”は人が“砂の揺り籠”から生まれる際にともに現れる。魂の一部と考えられ、個人によってその色合いは異なるが、普通の布と違って、切ったり縫い合わせたりなどの加工ができないため、村に住む者たちは普段“砂布”を身につけてはいない。
しかし、石化が始まると常に“砂布”をそばに置くようになる。その人が石になるとき、同じように石になる“砂布”はナハテへの通行手形のようなものだと考えられているからだ。
“砂布”を持たずして石になる者は、たとえ“送り”に送ってもらえたとしてもナハテに辿り着くことはなく、再び生まれてくることもできず、永久に砂の大地をさ迷い続けると言われている。
そのため、いつ石化が始まるともしれない旅人は“砂布”を常に持ち歩いている。カロンのように端を結んで外套代わりにするのが主流だ。
そんな“砂布”を、テアは持ち歩いているように見えない。それが、ミズトドメや食料を持参しない以上に、テアから“人間らしさ”を欠けさせていた。
ミズトドメを見つめていたテアが、ふいにカロンの方を向いた。盗み見ていたカロンはばつが悪く、思わず姿勢を正す。
「…つぎのむらまで、いっしょにいくわ。」
出てきたのは、思いもしない提案だった。さまざまな疑問がカロンの頭を駆け巡る。その中で真っ先に口をついて出てきたのは
「次の村の位置がわかるの?」
目印も何もない砂の大地を三日三晩歩き続けたのだ。カロンはとうに次の村への指針だけでなく、先の村の方向さえ見失ってしまった。村から村まで何日もかかることは、そう珍しいわけではないが、目印が何一つない中、正確な方向へ進み続けるのは不可能に近い。
「このあたりは、きたことがあるの。…まえは、ここもむらだったのだけれど。」
目を逸らしたテアが呟くように言う。その小さな声も、ユウツゲドリのさえずりのように美しく響いた。
「そっか。旅をして、長いの?」
「……ええ。」
何気なく聞いたカロンの問いに、テアは前を向いたまま淡々と答えた。だがカロンは、その短い返答の中に簡単には踏み込めない何かがあることを察する。
「僕も旅をしてそれなりに経つけど、いまだに目印がないと不安になるよ」
すごいね。話を逸らすように、カロンは笑いかけた。テアと目が合う。きっと、先ほど彼女のことを盗み見ていた自分も、今彼女が浮かべているのと同じ表情をしていたのだろう。
「…僕が生まれた村は、なくなったんだ」
砂の大地の暗黙の掟。旅人が旅をする理由を、尋ねてはならない。カロンは自分から、スグナの村で語ったのと同じ、自身の村の話をした。もう村に留まることはできなかったのだと。
「だから、今は絵を描きながら旅をしているんだ」
ニコリと笑って話を締めくくったカロンの視界に、静かな表情の中に疑念を滲ませたままのテアが映る。しばしの無言の後、彼女の透明な声が、言葉を紡ぐ。
「どうして、あなたはたびをするの。」
同じ問い。カロンの答えを聞いてなお。だからこそ聞かずにはいられないのだとでも言うように、まっすぐな瞳がカロンに向けられる。
確かに、村が滅びたために旅に出ざるを得ないことはしばしばある。カロンの境遇は決して珍しいものではないのだ。だがその者たちは大抵、他の村々で受け入れてもらえる。小さな村では無理でも、旅していればそれなりに余裕のある村にはたどり着く。生まれた村がなくなったからといって、何年も旅をする必要はない。
その人にとって、余程の理由がない限り。
「…僕も聞いていい?」
静かに笑って、カロンはテアに向き直った。
「君は、どこへ向かっているの?」




