きかざるは美しい
見ざる、言わざる、聞かざる
「あ……」
「あぁ……」
この間から、ステラと会うと何故か気まずい。何だろうな……。秘密があるって、そういう曖昧な不安定な疑問や疑念は、こうも人間関係を狂わすものか……。
きっと、聞いてしまえば大したこともないのだと思えるのかもしれない。だが、俺は良く知っている。真実とは、聞かざるが美しいことを。
「な、なぁ……」
「はい。何ですか?」
向かい合う二人は、ここ数カ月で出会って付き合って、さらにはともに問題解決に挑む二人とは思えないほどにぎこちなかった。
「……いや、なんでもない」
聞いてしまえば、何かが終わるような気がした。いや、そもそも彼女がここに至るまでずっと話さなかったのだ、何かが失われてしまう事間違いなしだ。これまでは、こっちの世界での行動範囲なんて街の中か、外に出ても屋敷の裏側から出る近場ぐらいだ。
行動範囲が広まったと同時に、考えることや、この世界の現実味が増した気がする……。世界ってこんなに広かったっけ?なんか、平面だった世界が、球体になったような衝撃だ。いや、まぁ、緩慢な衝撃だから、びっくらこいたなんてことは無かったが、なんかやけに現実で倦怠感がすごい……。普段の勉強とはけた違いに疲れがたまる……。これって何か原因があるのだろうか……。
誰かに聞いてみるか……。
ステラは、俺があれやこれやと考えている間に、軽く手を振り、「では……」と言って自室へと入っていった。
開かれたドアがいざ閉まると、忍者の如く現れた執事の爺さん。軽い会釈を終えると、きょとんとした顔を浮かべてから、優しく微笑んだ。そして、シュバ!っとこちらにやってきて、「伺います」と一言。スマート!アンド、スピーディ!かっこいいなぁ……。俺も将来執事とかになってみた……。想像してみたけど、幽霊屋敷の執事しか思いつかなかった。よし、将来は幽霊になろう!
「あのさ、最近、自分の世界でやけに疲れがたまってるんだけど、なんか原因とかってわかる?」
ちなみに、屋敷の人たちには、俺が勇者について知ったという事を把握してもらっている。
「それはですね。召喚の際は、体ごと召喚されているのではなく、魂や精神がこちらに寄せられ、それを利用して体が構築されます。そのため、こちらでの刺激は魂や精神に直接与えられるものであり、現実世界ではかなりの疲れになってしまうのです」
「マジか!?それはやばいな……」
どうりで副団長がやってきたときやけに疲れたな~って思ったわけか!てか、副団長がすごいのか?どっちかわからんな……。
「ま、まぁ、よっぽど傷つかない限り、向こうではちょっとしただるさだけで済むとおもいますから、なるべく傷つかないように……」
執事はそこまで言うと、ハッとしたように目を見開き、その額には、微かに汗が見えたような気がした。
「どうした?」
「あ、いえ……。それでは私はここで……」
「ん?お、おう……」
執事は軽く会釈しては、少しだけいつもより乱れた歩き方で歩き去っていった。……なにかあったのだろうか?なんか俺の頭を見てた気がするけど……。
「そういや、執事との訓練のあった後に日は疲れるんだよなぁ……」
ま、いっか!と開き直り、これからどうするかを考える俺だった。
後日、団のみんなは打ち上げを行っていた。その中には市民もいた。きっと、少しでも不安を解消するためだろう。出される料理は、騎士団が首都から取り寄せたものらしく、検査した結果も安全という事が分かった。
この前までとは違って、一気にお祭りムードになっていた。もちろん、犠牲が無かったわけではない。完全勝利とは言い難いが、今だけは、存分に楽しむのもありだろう。
そんななか、食事をたくさんとる人がチラホラ……。凝視してみると、ステラと騎士団長だった。
ステラって、あんなに食べるの?とちょっと嬉しくなった俺だった。やはり、女の子も男も、たくさん食べる方が良いし、なんだかお嬢様のステラではなく、本当のステラが見れたような気がして、遠ざかった距離が少し近づいたように感じたのだ。
そして、騎士団長だが、食べ物は沢山食べるのに対し、酒はあんまり飲んでいない様だった。部下などから勧められても、躊躇いがちになり首を横に振る。加えて、仲間との会話も少ないような気がした。
「…………」
特段何を思ったわけでもなかった。だが、何故だか足が勝手に動いた。もしかすると、その避けようがこの間まで噂に怯えていた俺と重ねてしまったからかもしれない。
「騎士団長」
「んあ?…なんだ、お前か」
「こうして一対一で話すのは初めてだな」
「ふん!言っておくが、私は酒は飲まん。妙な話を吹っ掛けてきても、真面目には取り合わないからな」
妙な話をお前に吹っ掛ける奴がいるのか……。絶対面倒くさいことになるのに……。
「いや、別にそう言うんじゃなくてだな……。昔の話を聞きたいだけだ」
「あ?昔?」
やはり、その顔と、その小太りの体からは想像できない荒っぽい話し方が、あまりにも調和がとれていない。
「そうだ。昔のお前はどんな奴だったのか気になったんだ」
「……物好きだな。だが、話すようなことなどない。俺は昔っから俺だ」
「ふ~ん……。友達いねぇだろ」
「ストレートすぎやしないか?……まぁ、いないが。別に困ったことは無い」
嘘発見!
「……なんか、聞いた話によると、警備団の団長と友達だったって聞きましたが?何故嘘を?」
「ふん!あんなルールも守らないような男は、友人などと呼ばん」
「……市民を守ることよりも大切なのか?」
「…………いいか?ルールを守ることは、市民を守ることにつながるんだ。決して無駄などない」
そんなことは無い。無駄なルールなんて探せばいくつもある。それは作った人間が不完全なんだから、そりゃあ無駄の一つや二つあるのは当然だ。
「もういいか?」
「……あぁ。……いや、一つだけ」
「なんだ?」
うざったそうに、俺という存在を跳ねのけようと言わんばかりの口調で言い放った。
「まだ事件は解決してない。だからまぁ、これからもよろしく頼む」
「……ふん!」
いつものように、頑固おやじのような返事をすると、騎士団が楽しそうにワイワイとする卓へとゆっくり歩を進めていった。
形式だけのルールなど、結局のところは自分をよく見せるため。働いていることをアピールするためだけのものだ、と俺は思う。もちろん、効率がすべてでないのも事実だ。だが、市民を守るにはあまりに可笑しいものだ。この国はそうやって、美しさを着飾っているだけ。そんな気がして一抹の不安を覚えてしまった。
しぇーーーー!