水原滴は、恋をしない
夏も本番になり、外では苦しそうに外周をしたり、友達と話しながらのんびり部活に励む人などが混在していた。セミの音がうるさくなり、何をするにも高い壁があるような気温が、人々を襲う。そんな中、クーラーの聞いた部屋で、悟を除くオカルト部のメンバーがそろっていた。
その中で、妙にそわそわした人が一人。その人物は小林だった。
「……今日は、海色先輩は来ないんですか?」
「まぁ、悟君は全国に行くし、練習に追われてるよ。私は全国いけなかったし、テストも近いからあれだけど……。でも、急にどうしたの?」
「べ、別に……。ちょっと気になっただけっていうか」
「……そっか」
滴はいつもの通り、都市伝説の動画や、今までになかった夢についての本なんかを読んでいた。美代は特段何もするわけでもなく、たまに頭の中で今度のテストの問題予想をしたりなどしていた。
そのせいか、全くもってまとまりができておらず、居心地の悪い静寂に見舞われていた。
「あ、あのさ。ちょっと質問いいですか?」
静寂に耐えきれなくなった小林が、小さく手をあげながら二人に尋ねた。
「どうしたの?」「何?」
滴は開いていた本を閉じ、美代は思索を辞めて、小林の方に視線をやった。
「……二人って、恋したこととかあるんですか?」
「「…………」」
突発的な質問に、二人して戸惑ってしまった。
「恋かぁ……。う、うーん、どうだろ」
最初に口を開いたのは、美代の方だった。
「私は特に……」
「そうなんすね……。ちなみになんですけど、さ……、海色先輩の好きなものとかって何か分かりますか?」
「何もちなんでないんだけど……。でもまぁ、そうだな……。考えてみるとあんまりよく分からないわね。好きな人とかは知ってるんだけど、趣味とかってあんまり知らないし、好きな食べ物とかは分かんないかな」
「……好きなタイプとかは?」
小林がそう聞くと、二人とも俯いてしまった。厄介な問題なのだろうか?と、小林は不思議に思った。
「……一応ね、悟君が言うには、正直好きになったら何でもいい、らしい……」
「なんかぽいけど……。一番めんどくさいじゃん」
「好きなの?」
遠慮もクソもないほどに単刀直入に質問したのは滴だった。それを聞いて、小林があたふたし始めた。美代はそんな様子の小林を見て、すぐに目をそらしてしまった。それは全くの反射行動で、しまったという感情も同時にわいてしまったのを覚えた。
「……そんなんじゃないですよ!そもそも恋愛対象外だし……。さっきの質問は単純に気になっただけだし。……でも、なんか目が見れないというか、名前が呼びづらくなったというか……。この状況はまずいなって思ってて……」
「……それは」
「確かに、恋愛感情とかではないわね」
「え!?」
美代の言葉を遮って断言した滴は、その表情のどこかに責任めいたものを感じている節があるように見て取れた。
「そうですよね!やっぱ、流石にあり得ないよね……」
「いや、でも……」
「まぁ、おんなじクラスの男子から好きな人を見つけたほうが良いわ」
「だよね……」
そして、またさっきみたいな静寂が少し続くと、逃げ出すように部室を飛び出していった小林。残った美代は、滴に問うてみる。
「……なんで嘘ついたの?」
「決まってるでしょ、悟はやめておいた方が良いからよ」
「何それ。やっぱり滴好きなんじゃないの?悟君の事」
「好きじゃない。あの人は多分、好きになったらダメだと思う」
「どういうこと?」
美代には、滴の言っていることの意味が分からなかった。
「あの人は、私たちとは違うの。付き合い方も、何もかも普通じゃダメなの。それだといつかほころびを見せる気がする」
「……何それ。人を好きになるのなんて自由じゃん」
「……えぇ。その通りではあるわ。でも、それでも私はお勧めはしない」
「なんで?」
「傷つくだけだからよ」
そう言われて一瞬口を閉ざしてしまった。でも、そんなのズルいと美代は思った。だって、恋愛なんて傷ついてしまうものだ。それを恐れてたら、楽しめる物も楽しめない。
「そんなの、恋したら誰だって傷つくよ。無傷の感情なんて、この世にないよ」
「……それはそうだけど。あの人は根本が何かずれてるの。何か……」
言い淀む滴の言葉に、美代も完全に否定はできなかった。彼の在り方、彼の考え方。自分でもわかっていないどこかに、届かないところにあるむず痒さに、うすうす気づいていた。
眉を顰め、「でも……」と、喉の奥に詰まりそうになった言葉をやっとの思いで引き出した美代があまりに苦しそうだったからなのか、滴は微笑を交えていった。
「そもそも、夢の中の人を好きになる時点でおかしいでしょ?」
「…………そだね」
滴のその言葉に、なぜか救われたように心が軽くなった美代は、笑って答えるのだった。
分かろうとするのに、何一つ見えない。それもまた、滴が言った苦しさの一つなのかもしれない。
帰り道、オレンジ色の世界を悟と歩きながら、美代は胸に手を当てて思案に暮れるのだった。