遍満する噂
今日も今日とて、夢を見る訳なのだが……。
目を覚ますと何か騒がしい……。けたたましい怒号が、屋敷の外から聞こえてくる……。窓の外を見てみると、デモのようなものが行われていた。標的はこの屋敷らしい。
デモの前には、副団長含める警備騎士団のメンバーが民衆を抑えていた。
俺は部屋を飛び出し、騒然とする屋敷内を走り回り、執事を見つけた。
「何があったんですか!?」
「実は、先日流行し、人々を恐怖に陥れた病が、主様の手によって起きたことだという噂が流たのです」
普段は落ち着き払っている執事の声に、微かな苛立ちが垣間見えた。
「あの子は?」
「秘薬最終の帰りの道で民衆に襲われ、私が応戦し、なんとか軽いけがで済みましたが……。今は、メイド長の部屋で眠っております」
一体何故?なにが起こった?そんな疑問よりも、俺の中では彼女が襲われたことに対する怒りが、胸の中にうごめいていた。
俺は屋敷を出て、ぴーぴーわめく市民を一瞥した。誰がやったのか?誰がそんな噂を流したのか?そんな怒りにも似た疑問が、俺の足を動かす。
そんな俺を見かねたのか、副団長が駆け寄ってくる。
「悟さん!落ち着いてくださいね。市民も、不安とか焦りで自制心が無くなっているだけですから」
「……誰があんな噂を流した?」
「分かりません。ただ、テロの仕業だと言われています。恐らく、今回の件で秘薬が大量に売買され、この屋敷の主がかなりの額を回収したのに目を付けたのでしょう……」
「……どうすればこの騒ぎは収まる?」
俯きながら、腰につけている刀に手が伸びる。全くの無意識に……。
「……今後も調査を続け、今回の流行り病の原因を突き止める。これしかないです。そのために、テロ組織に近付く必要もあるかもしれませんが……」
先日までの元気な様子の副団長はなく、深刻そうな面持ち。
にしたって、ことが早すぎる。つい先日だぞ?何かがおかしい。こういう場合は、市民の中に囃し立てるサクラがいる。そして、そういう奴は大体先陣を切ったり、一足早くこの場に訪れる。
「副団長。この中で、他よりも早くに来たもの、他より声が大きいものなどを調べてください。このデモの首謀者は、テロと関係があるかもしれません」
「……分かりました。出来る限りで対応して見ます。……団長!お願いします!」
副団長はバッと振り返ると、団長に呼び掛けた。
「了解!聞こえてたよ!」
団長は副団長の呼びかけに応じると、両腕をあげた。
すると、半透明の枠のようなものが、球場に広がった。
「アドコンディション。この空間内に居られるものは、デモ開始直後の十分間以内に来た者」
団長がそう言うと、俺を含め、団員や副団長、そしてかなりの数の市民の体がふわりと上昇し、半透明の膜に飲まれていない場所まで飛ばされた。
「……残ったのは十人。思ったより絞れたじゃないか」
得意げに笑みを浮かべる団長。いつの間にか腕を掲げたまま、手を合わせている。あれが能力発動のための行動なのだろうか?
そう思った途端に、手を降ろし、「ま、手は上げなくてもいいんだけどね!」と笑った。
なんだこの人。最初見たときの印象は、結構細身で顔も端正だから、博識で真面目な人なのかと思ってたけど……。警備騎士団ってこういう人ばっかなのか?
「さて……。君たちに話を伺いたい。いいかな?」
「ふざけんな!国の犬どもが!」「言っておくがな!俺はこう見えて負け知らずの男なんだ!」「不当逮捕になるぞ!」
「そんなことないさぁ。私は、話を聞きたいだけなのでね。もちろん、逮捕歴が加わるわけでもないです。参考程度に話が聞きたいだけ……」
そう言いながら団長が近づくと、一人の市民が走り始めたが……。半透明の膜にぶつかり倒れてしまう。
「おい!これはなんだ!ふざけんな!」
「話聞かせろって言ってんじゃん?従えよ。言い訳を並べれば並べるほど、君たちの疑惑は深まっていくよ?」
「……っく!」
「さぁ、とりあえず手錠を掛けますね~……」
そう言って十人の市民に手慣れた感じで手錠をかけていく。すげぇ……。警備騎士団すげぇ……。
俺が感嘆していると、団長があたりを見渡しながらこう言った。
「君たちも、下手に行動しないことだ。噂に流されて行動することほど、愚かなこともないのだからね。そんな愚行で捕まりたくないだろ?貴重な時間もとられたくないはずだ。確実な情報が出るまで、大人しくしていてくれ」
団長が勧告を告げると、僅かに間が空いた後、どこかから声が響いた。
「また病気が流行ったらどうするんだ!」
「無駄な行動をする方が、感染リスクをあげる。出来る限り水道の水なんかを使わないようにして、食事も十分な加熱をしなさい」
団長……。的確な指示だ……。
感心していると、ドーム状の膜は消え、それと同時に他の団員達が手錠をかけられた市民たちを連行しに行った。……のに対し、何故か副団長がこっちに駆け寄ってくる。
そして、胸の前で手を合わせ、「怖かったですぅ……」と、さっきまでの頼もしい感じが蒸発してしまった声で言った。
「そ、そうか……。じゃ、じゃあ、俺は彼女の様子を見たいので……」
「あ、じゃあ私もついて行きます!」
「え……、なんで?」
「なんでもです!」
読めねえなぁ……。この人。
最奥王に、俺はなる!という言葉が急に脳裏にフラッシュエマ―ジェンスした。