白銀美代は決めた。
今回の一件は、俺が一人で怖くなって終わった。だが、それを他の人たちに教えるのもなんだか申し訳ない気がして、伝えるのを辞めた。
で、今、後日の放課後なんだが……。明らかに小林のテンションが高い。鼻歌なんて歌っちゃって、まるで彼氏ができたみたい。やめろよ……、非リアの前でそんな青春を謳歌しないでよ……。悲しくなるじゃん……。
でもまぁ……、この前ちょっと口悪く言っちゃったのも、これで挽回できたかな?はてさて、二人のデートは上手くいくのだろうか。個人的には、俺と水族館に行った時みたいにしたら、百パー大誠君が惚れて終わり。完全に小林の勝ちモード。……だが。
「あぁ!どうしよどうしよ!服何着てけばいいんだろ?あぁ、もう!」
なんか、異常にそわそわしてる。見てるこっちが不安になってくる。と、そう思った時だった。小林の体がぴたりと止まる。そして、ゆっくりこっちを見たと思ったら、徐に口を開いた。
「そういえば、急に用事ができたって言ってたけど、それって何なの?」
「え?……あー、っと……そのー……」
俺が必死に言い訳を探し、ついに滴に助けを求めそうになったころに、部室の扉が開いた。
「どうもー……」
「あれ?美代?どったの?」
俺がそう聞くと、美代はこっちにやってきて、グイっと俺に顔を近づけると、満面の笑みで答えた。
「入部しに来たの!」
「…………」
顔近い!ちょっと動いたら鼻先がぶつかるぐらいに近い!やめて!思わず勘違いしちゃいそうだから!
「……部長は俺じゃないから」
「あ、そっか!滴!入部しに来た!」
「そ、そう……。近いから」
「あ……、ごめん」
美代は申し訳なさそうに謝ると、後頭部を掻きなでながら俺から離れた。
そして、俺の向かいに置かれていた席に元気に座る。すると、少しの間沈黙が漂った。美代は、その静寂を切り裂くように口を開いた。
「い、いやぁ……、まさか自分の弟が怪奇現象の正体だったとは……。灯台デモクラシーだね!」
「灯台下暗しな。灯台に民主主義ができるほど、民衆はいねえよ」
「あっはは……。そうだった!」
そしてまた、部室内に沈黙の時間が流れた。
「……で?結局用事って何なの?」
小林が少々ぶっきらぼうに聞いた。どうやら自分の質問がうやむやにされたのに少し腹を立ててしまったらしい。
「あーや……」
「あぁ!今度ね!実は私と約束があるの!」
ちょっと慌てた様子で美代が手をあげた。この前まで、結構クールな子だと思ってたけど、最近は少し明るい。といっても、やはり声は低くて、内心そんなに楽しんでいないのではないだろうかと心配になってしまう。
「ふーん……。そっか。ま、別にいいんだけどさ」
「……そうか。なんかごめん」
この間、ずっと滴は窓の外を見て黄昏ていた。柄にもないことするなよ……。そう言うのはどっちかって言うと美代の役割でしょ……。
「……滴。ちょっと相談したいんだが……」
黄昏る滴に、何故かわからないが申し訳なさなんかが湧いてきて、夢のことについての相談のつもりで声をかけた。
そして、不思議そうにこちらを見つめる二人に、目で退出を促した。
すると、二人はそれを了承したのか、はたまた流れでなのか、部室から退出した。二人が部室から出たのを確認して、今なお外を見続ける滴に向かって、口を開いた。
「なぁ……」
「外。綺麗よ」
「……」
俺の言葉を遮り、唐突に外の景色について話始めたのに、俺は少々驚いた。
「……そうか。なぁ、最近怒ってないか?」
何を聞いてるんだ俺は……。仮に怒ってたとしても、それを本人に聞くのはナンセンスだと、俺でも分かる。なのに、俺の口は勝手に言葉を紡いでしまった。
「別に……」
「……なんか悩みあんのか?」
「ないわよ」
「じゃあなんだ?」
そう聞くと、眉間に皺を寄せた滴がこちらに振り向いた。やっぱり怒ってるじゃん!そう突っ込みたかったが、決して口に出すことはできなかった。やはり俺は生粋の日本人なのだ。
「……最近、いろんな人と一緒に居るけど」
「それがなんだよ……」
え、なに?嫉妬?……んなわけあるか!
自分の中で自分にツッコミをしてみたりして、ちょっと照れくさい気持ちを隠してみたが、全くの杞憂だった。
「自分の立場分ってる?あなたは基本私と一緒じゃないといけなんだけど?」
「……まぁ、そういう話で決着したけどさ……。でも、別に……」
「あのね、あなたとは付き合い方を間違えると、あなたではないほうが傷つくの!もっと自覚を持ちなさいよ!」
「……分かったけど、流石に完全にとはいかないだろ?」
「えぇ。でも、デートとかは無し。調査で私がいるのなら大丈夫」
「……束縛がキツイ彼女かよ……」
「は?キモ!私があなたの彼女とか、絶対あり得ないから」
そこまで言います?いやでもさ、さっきの言い方は勘違いする人多いから、やめなさいよ!
「……なぁ、俺の相談に乗ってもらって良いか?」
「良いわよ」
「……なんか、一回だけ夢を見なかった」
「……そう。それは良かったわね」
こっちとしては死活問題なんだよなぁ……。
「よかねぇよ。俺にとっては大学進学と同時に、大好きだった彼女と挨拶もせずに別れてしまった感じだったんだよ」
「……ホントにキモイ」
「おい、ボソッと言うな。一番傷つくだろ」
俺が一言文句を言うと、また窓の外を見て目を細める。
「青春……って、なんかひどいよね」
「急になんだよ……。つーか、別にひどいのは青春だけじゃねえぞ?人間が基本酷いんだよ」
「そういうあなたが一番ひどいわね……」
「事実だから仕方ないだろ。皆、思ってるよりも他人に興味がないくせに、面白いこととなれば、何かと理由を付けて噂に尾を付ける。皆真実じゃなくて、信じたい面白いものに目を向ける。思ってるよりもみんなは、何かを信じていたい。信じたものが、正しくて面白くて、皆が認めるようなものでありたい。そうであったら、より自信をもって信じられるから」
全くもって無実の人間も、怪しいからと言って、有罪にした。全て俺の経験則だが……。
滴は微妙な笑みを浮かべながら、こっちに顔を向けて、一言だけ呟いた。
「そうね!」