はらりはらりと日常は進む
第二章始まるぜ!
とりあえず、一件を終えた俺たちは、新メンバーも迎え、部活として一歩目を踏み出したといえよう。
流石の滴も、事件が無いともなると俺を無理に部室に連れ込んだりはしない。つまり、安心して剣道部に居られるというわけだ。
「お、美代筋よくなったな」
「ありがとう!横峯君の件もありがとうね!」
「ああ。……妙な噂とか出てないか?」
「ああ、大丈夫だよ」
変な噂が立って、結局勇雄君が学校に気辛くなったら意味ないからな……。
俺がそっと胸をなでおろしたその時、美代が思い出したように口を開いた。
「あ、でも、悟君についての噂が立ってしまってるね」
「……はい?」
俺についての噂といっても、俺には全く思い当たる節が無い。もし仮に思い当たる節があるとするなら、この前の水族館からの帰りに、にやついてしまっていたことだろうか?嫌だってしょうがないでしょー!急に、ヤンキーっぽいとか怖いって印象持ってた人から、あんな可愛い行動されると、ギャップで6割増しでドキッとしちゃうんだもん!
ほら、めっちゃ怖そうなヤンキーが、猫に向かって「にゃ~」とか言ってたら……。いや、それはちょっときもいか?それは女子だけの特権か?
「え……、ちなみにどんな噂?」
「えぇっとね。……なんかヤンキーと付き合ってるっていう噂だったかな?」
「ヤンキーじゃねえし!付き合ってねえし!」
「弁明の余地を設ける前に弁明をしてきた……」
俺がつい大声を出してしまったせいで、周囲のみんなも、一斉にこちらに注目してきた。何やらひそひそ話も聞こえてくる。
「ま、まぁだよね……。悟君が付き合うとしても、滴さんだろうしね」
「あのー……。それは絶対にないのでやめていただきたい」
「え、いやだー」
チキショー!なんでそんな風になってんの!?俺達友達だよ!?
「どっから出た噂なんだよ……」
「それは分かんないけど、なんか水族館で一緒に居るところを見たって。結構仲良さそうだったって言ってたし……」
「いやまぁ……」
正直な話、俺自身結構楽しかったし、小林さんもめちゃくちゃ笑顔で楽しんでそうだったけど!あの人の場合、普通に笑ってる=恋愛対象外だから!俺、男としても見られてませんから!
「え!本当なの!?」
「いや、確かに水族館に女子と言ったのは事実だが、決して!断じて!絶対に!付き合ってねえよ!てかむしろ、恋愛対象がだとよ」
くそ!自分で言ってて悲しくなってきた!
「え、そうなんですか?」
口を挟んできたのは、後輩の矢口君だった。
「……どうした。弓道部に入ってそうな名前をしてるのに剣道部の部員の矢口君」
「長いです。というか、マジっすか!?あれで付き合ってないとか、自分軽く人間不信になりそうなんすけど!」
「『あれ』ってことはお前か。噂広めたクソは!」
「あ、安心してくださいよ!美代さんにしか教えてませんから!」
あせあせと手を振り必死に否定している。その様子を見る限り、それは本当なんだろうが……。
「なんで美代にだけ教えたんだ?」
「え!……あ、えと……。いや、本当は皆に教えようとしたんですけど、やっぱ嘘の情報で困らせるわけにはいかないじゃないですか!だから美代さんに確認するようお願いしタンス!」
「……なるほど。美代、ホントか?」
「う、うん。ホントだよ……」
なにやら目が泳いでいるが、まぁ大したことでもないだろう。美代も大人びてはいるが、女子高校生。色恋沙汰にはそれなりに興味も持つ物なのだろう。
変な誤解を解いた後は、いつもの通り練習に腰を入れた。
今更だが、俺がこの部で師匠とかわけわかんない呼び方をされているのは、単純に剣道がうまいからだ。何故うまいのかというと、夢の中でも練習が行えるからだ。
肉体こそ鍛えられることは無いが、感覚は十分につかむことができる。あっちでは実践が多いし、自由に練習できるから、こっちでやるよりも案外成長しやすい。なのでまぁ、俺は他の人よりも二倍ぐらい練習していることになるな。
そして部活も終わり、辺りは暗くなってしまっている。いつもなら、さっさと家に帰って寝て夢を見て、起きて晩飯食って勉強とかいうちょっとおかしな習慣を行うのだが、今日はどうやら無理そうだ。
「ね。今日一緒に帰らない?」
「……はい?」
後ろから背中をツンツンと指で押されたかと思ったら、美代が振り返るより先に言った。
「……いいけど、急にどうした?」
「いやー、結構暗くなっちゃったし、やっぱりちょっと怖いでしょ?」
「美代の家、学校から超近くなかったっけ?てか、いっつも弟と帰ってたはずでは?」
「あー……、まぁ、そうなんだけどね?ちょっと話したいことあったし。ほら、悟君ってめっちゃ強いじゃん!」
めっちゃかどうかは知らんが……。まぁ、確かに今日は曇っていたという事もあってかなり暗くなってしまっているし、弟君とも何らかの理由で一緒に帰れないんだろうな……。でも、変な噂が立ちそうなんだよなぁ……。ま、いっか……。
「まぁいいけど……」
そう言って悟は荷物を持ち上げ、二人で武道館を退出する。悟は周囲を気にしながら美代の歩みに会わせながら歩く。
校門を出た後、悟は美代が言っていた「相談したいこと」というのが気になり、尋ねるのだった。
「……それで、話したいことってなんだ?なんかあったのか?」
「あぁ……。実は最近、夜中に妙な音が聞こえるの。なんかこう…、金属音みたいな?なんかたまに後ろから聞こえてくる時もあって、ちょっと困ってるんだ……」
「それは確かに……」
中々に怖い話だな……。美代は校内でもトップクラスに可愛いから、ストーカーとかもいそうだし……。
「何時ぐらいに聞こえてくるんだ?」
「大体……、十時とか?」
うわー……。迷惑ぅ……。
「なるほどな……。よし分かった。滴たちと調査をするから、安心しろ」
「う、うん。ありがとう……」
美代は心から喜んでいるような満面の笑みを浮かべた。
―――後日。
「無理よ!無理!こっちは音楽室で目が光るベートーヴェンの調査をするの!残念だけど、一人で調べてくれない?」
「えぇ……。小林は?」
「前も言ったけど、あたしはホラー系が好きなの。変な音も気になるには気になるけど、光る眼には劣る」
どういう基準で優劣つけてんすか?
軽い休憩みたいなものだと思って下せ―。次の章が結構重いので……。