デビュー配信編第二話 キャラメイク
俺は目の前で放たれた言葉の意味が、未だに理解出来なかった。
「申し遅れた。私は株式会社デネブが展開するVtuber事務所、「New Field」のマネージャーをしている、明石士だ」
そう言って彼…明石さんは名刺を渡してくる。
歳は32歳の様だ。
確かに今言ったことは全てその名刺に書かれて居た。
しかし、急に契約をしようと言われてもなんの話かよくわからない。それに…
「Vtuberって、あの二次元世界でキャラクターを動かしてしゃべるやつでしょ?
普通の動画配信者とか実況者とかと何が違うんですか?」
正直言うと、話を聞いた時、無名なVtuber事務所がそんなすぐに成功するとは到底思えなかった。
俺の頭の中には?が沢山浮かんでいた。
「そうだね。
君みたいにVtuberについてよく知らない人の方が今は多くてまだ普通の配信者との違いを理解しきれてない人は多い」
明石さんは説明を始める。
なんでもVtuberというのは、現代の文明の発達を体現する技術を駆使して行う、最新鋭の配信者の総称だそうだ。
最近はアニメや漫画文化が発達して、2次元コンテンツが普及していっている。
そして有名な配信者が続々と現れ配信者ブームが巻き起こったのもまだ記憶に新しいことだ。
「そして君には、うちの事務所の所属Vtuberになってほしいわけだ」
いや、そんな事言われても急には無理だろ!
流石に初対面の人にそうツッコむ勇気はないので心の中にとどめておこう…俺チキンだし。
すると頭の中で、いくつか疑問が浮かんだ。
「取り敢えず、近くのファミレスにでもいきましょう。
立ち話を長くするわけにもいきませんし」
こりゃ、長話になるぞ…
✳︎
「で、何故俺に声を?」
取り敢えず近くのファミレスに入った。
時刻は午後7時過ぎ、昼前から約8時間のバイトを終えてここにきた。
疲れた身体とすっからかんの懐に鞭打って話を聞く体制を整え、明石さんに質問を投げかける。
「私は昔から耳がとてもよくてね。
君の声は、聞いててとても心地よく落ち着くんだ。」
唐突に聞こえた、その言葉は俺の頭は真っ白になった。
声が落ち着く?何だその理由。
そんな理由で俺に声をかけたなら、今すぐにでも帰りたくなる。
何故なら…
「声が良い…ですか。
生憎ですが、俺はこの声を気に入ってないんです。
なのに『急に声が良いから』と、俺に契約を持ち出されては、それを承諾しようとは到底思えない。
申し訳ないですが、この話は無かった事にしてください。
ここの代金は俺が全額払うので。
期待させてしまって大変申し訳ないです。」
「…お金、欲しくないのかい?」
お金
その言葉に貧乏大学生である俺は、ついつい反応してしまった。
「え?」
そうポロッと声が溢れ、明石さんの方に向き直る。
「私に一年欲しい。
君の一年を私に託してくれるなら、絶対に後悔させない結果にして見せよう」
何故だろう。俺の中には、この話に乗ろうとしている自分と、詐欺だと警鐘を鳴らしている自分がいる。
「もし1年後、人気が出ず、まだ生活に困窮しているなら、この一年間にかけた金を全額返済した上に、失った1年間に見合う金額を君に支払おう。」
…何故だろう。自分にリスクがないならやってもいいかもしれない…そう思えてきた。
もしかしたらそれが、相手と思う壺なのかもしれない。
でも…
「本当に…お金は返してくれるんですか?」
「勿論。契約書にもそれは記載してある。
その契約が無効だと私が言おうものなら、裁判を起こしてもらっても構わない。
それぐらい、私は本気で君を人気Vtuberにしたいのだよ。その自信もある」
ぐっ…そう言われたら…
「…分かりました。
その契約書を見せてください」
話に乗るしかないだろ…
多分これが詐欺なら俺はいいカモだろう。
それでも、1年後には大金が俺の懐に入ってくることは確定したんだ。
困窮し、疲れ切った俺はあまり働かない脳が下した判断に基づき、契約書を見る事にした。
「あぁ、乗り気になってくれたか。
しかしまぁ、まずは契約書を見てからじゃないと進む話も進まないしな。
好きなだけ見ると良い」
彼はそう言って俺に2枚の紙を渡してきた。
その紙に書かれてある事は、先ほど話を聞いたものだ。
間違いなく先ほど言われたことは記載されている。
何度も、何度も、紙に穴が開くほど熟読した。
お陰で、2枚の紙で書いてある事に相違はない事が確認できた。
そして、下の方には、俺の名前を書くべき所と印鑑を押す所があり、その上には明石さんの名前と明石さんの印鑑が押されている。
これにサインすればもう後には戻れない…
「あとは名前を書いて印鑑を押すだけだが…印鑑はあるのかい?」
それがねぇ…
あるんですよ、明石さん。
俺の幸運を舐めてもらっちゃ困りますよ。
持ち前のラッキー体質のお陰なのか、偶々印鑑を持ってきているのだ。
そして俺は、その紙2枚ともにサインをした。
これでもう後戻りは出来ない。
「これで契約は成立だ。
一枚は君が持っておくと良い。
改めて、私の名前は明石士だ。
宜しくね、廻間君」
「廻間龍皇です。
宜しくお願いします」
握手をガッチリと交わした後、明石さんはノートパソコンを取り出してディスプレイを見せる。
そこにはマネキンのような、真っ新なキャラが居た。
「今からこのキャラを君好みにカスタマイズしてもらう。
注意だけど、一度カスタマイズしたら、人気が出るまで見た目を変えることはできない。」
その他の説明を受けて、俺はカスタマイズに取り掛かる。
「色んな種類があるんですね…」
そう言葉が漏れてしまうほど、髪型や体付き、顔のパーツから衣装まで豊富な種類が揃っている。
その上、色まで沢山の種類がある。
これらを組み合わせれば言葉通り、本当に無限大の組み合わせがあると思った。
だから俺は、時間をかけて作ろうと決心した。
これから俺と共に生きていく相棒だ。
魂込めて産んでやらなければ…
✳︎
数十分が経過した。
目の前には俺の理想を体現したような美青年が立っていた。
「それで完成かい?」
「はい。
魂を込めて作れたと思います。」
そして明石さんと再度注意事項を確認してこのキャラに決定した。
「それで、名前はどうするんだい?」
「もう決めてあります。
こいつの名前は…」
ここから、俺と相棒の旅は始まった…