第一話 Pのタレント探し
「…はぁ…なんでこんなことに…」
俺・廻間龍皇の目の前にある一枚の紙には、今月の光熱費・水道代・ガス代・その他諸々の請求額が載っている。
自分の掛け持ちしているバイトから出る給料ではギリギリ払えるかどうかという額である。
「こんなことになるならあいつと縁切っとけばよかった…」
話は数ヶ月前にまで遡る…
俺は大学では友達こそ居ないもののそこそこ充実したキャンパスライフを送っていたつもりだった。
しかし、だ。
幸せってものはいつも突然に崩れ去るものだ。
自分で言うのもなんだが、俺自身はとてもラッキー体質をしている…否、しているはずだった。
それをその日、生まれて初めて疑った。
取っていた講義で仲良くなった男・真上心に唐突に紙を渡され、こう告げられた。
「悪い!この紙に今日の講義のこと写しといてくれないか!?急用が入って…」
そして心はすぐに教室を出ていった。
「嗚呼、分かった…って、もう行ったのか。
何をあんなに急いでたんだ?」
最初は何も疑いはしなかった。
だってこいつはいつもこんな調子で、何かあればすぐ俺に授業の内容を纏めさせるんだから…
そう思っていた愚かな自分自身を責めたい。
過去に戻れるなら、その紙を間違いなく相手に突き返していただろう。
そしてその紙に書こうとした時、気づいてしまった。
「あれ?裏に何か書いてあるな…」
紙を開いて書いてある文字を見て俺はついつい『はぁ!?』と立ち上がりながら叫んでしまった。
勿論教授に怒られて教室から摘み出されてしまった。
しかし黙っている方が難しいのだ。
何故ならそこには、借金50万円の返済の旨が書かれていたからだ。
しかも連帯保証人に勝手にされていたのだ。
まさか、現実でそんなドラマみたいなことあると思わなかったよ。
不幸中の幸い、借りた額はそこまで大きくなかった上に借りた場所も某有名貸金業者だった。
闇金じゃなさそうである。
「50万…か」
しかしこの貧乏大学生である自分には結構な額である。
勿論心には連絡が取れるはずもなかった。
聞くところによれば大学も辞めて姿を消したそうだ。
50万だよ?
たった50万という額でここまでするか?
人生棒に振るってこういうことゆうのだろうか…金って怖いね。
なので数日前に至るまでバイトを必死にこなして昨日の給料日に返済し切ったところにまたこの月一にある家賃の請求だ。
「どうしよう…生活費なくなる…」
これを払えば所持金は1万円を切る。
しかし、住居さえあればなんとでも巻き返しは可能だ。
明日にでも払いに行くか…
「って、バイト遅刻するじゃねぇか!」
長々と紙とにらめっこしたり、あの日のことを思い出してたらこんなに時間が経ってたとは…
急いでバイト先である家近くのコンビニに向かわなければ‼︎
いっけな〜い!遅刻遅刻ぅ〜!
「…この台詞は美少女にしか似合わないな…」
頭の中で考えていたセリフを口に出すより前に冷静な思考に至った。
✳︎
「有難うございましたー」
あいも変わらず田舎であるこの街のこのコンビニでは、客はそこそこいる癖に人手不足なので、この時間は俺1人である。
しんどいったらありゃしないよ。
ま、後1時間もしないうちに店長と交代だけど。
〜♪
「いらっしゃいませー」
入店音が聞こえた。すぐに挨拶をする。
1ヶ月もあれば、条件反射でしてしまうようになるのである。
「12番をお願いします」
スーツを着た男の人が煙草を指差して番号を言う。
それと一緒に弁当とお茶をカウンターに置く。
「かしこまりましたー」
煙草を並べてある棚の方へ向くため180度回転して後ろを向く。
その時、一瞬視界の端で見えた男の人の表情が明るくなっていった。気のせいだろうか…
それよりも、何故こんなものに手を出すのか。
身体に悪いものを自ら取り込んでどうするんだよ、といつも心の中でツッコんでいる。
ピッ
バーコードをレジでスキャンして会計に移る。
「1258円になります」
彼は1300円を俺に渡す。
「1300円お預かりします」
ピッピッピ
「おつり、42円とレシートです」
「レシートは要りません」
「かしこまりました、ありがとうございましたー」
(レシート要らないなら予め教えてくれよぉ…
紙無駄になるじゃん)
心の中でそう呟いては、笑顔を浮かべて次の客を待つ。
それにしても店長が遅い。
あれだけ遅刻するな!と俺に注意するくせに、あのハゲデブ…失礼、店長はよく遅刻するのだ。
今日もいつも通りだろうなぁと思いつつ、自分の業務終了時間まで業務をこなす。
✳︎
「ふぅ…」
お茶飲んで一息つく俺の目の前に、うちの店長が申し訳なさそうに座っている。
「す、すまないね。廻間君…」
「大丈夫です…たった10分程度の遅刻なんで。
それで怒るほど俺は心は狭くないです」
1分でも遅刻すればキレる店長に、遠回しに心が狭いぜ、と言ってみる。
さて、俺は家に帰って風呂に入って寝るとしよう。
「お疲れ様でした。俺は上がりますね」
「あぁ、また頼むよ」
そうやって鞄を持ち裏口から出ていく。
家への帰路に着こうとした時、その声は突然俺に降りかかってきた。
「バイト終わりかい?時間があるなら少し待ってほしい。廻間君」
誰かが俺の名前を急に呼んだ。
咄嗟に後ろ方向に視線を向ける。
そこに居た男は、今日俺が対応したスーツの人である。
それよりその人が何故俺の名前を知ってるのか…
「不思議そうな顔をしているね。
まぁ無理もないよ。今日自分ののバイト先に客として居た男が、何故自分の名前を知っているのか。
答えは簡単だよ。仕事の都合で相手のことをよく観察するから、君の名札を見て名前を覚えたんだ」
…は?
何言ってんだこの人は。
確かに制服に名札をつけては居たがあんな小さいネームプレートを見て名前を覚えるって…
今時クレーマーぐらいだろ、そんなことすんの。知らないが。
「それは…まぁ置いときましょう。
俺になんのようですか?」
少し声が強張る。
無理もない、急に今日客として対応した相手に名前を呼ばれ、呼び止められたのだ。
「単刀直入に言おう。
私と契約しないかい?」
一瞬、頭が真っ白になった。
そして溢れた言葉はこうだった。
「…へ?」