【勇者の館】降格の話を聞く【癒しの雫】
満身創痍のままマスネとの遭遇を慎重に避けるように行動していたので、結局国王からの納期を守る事が出来なかったルーカス一行は、容赦なく降格が言い渡されてAランクギルドとなった。
このランクでも相当優秀なのだが、やはりSランクと比べると知名度、利権、ありとあらゆる待遇に大きな差が出る。
唯一の救いは、ルーカス個人のランクは辛うじて下がらなかった事だ。
変異種ではないがAランクの上位個体、そして複数の高ランク魔獣の討伐証明を持ち帰った実績により、ランクダウンを免れたのだ。
実際に個人のレベルまで下げてしまうと、ルーカスをSランクに承認した国王の顔が修復不可能なほどに潰れるので、結果的にはある意味丸く収まった事になる。
そのような大事件が起きても、各ギルドとギルド本部は通常営業だ。
いや、【勇者の館】だけは荒れているが……
「今日の納品です!」
そんな中、いつも通り元気いっぱいに笑顔でギルド本部に入ってくるのは【癒しの雫】ギルドマスターであるシア。
最近は、クオウは同行するが一切口を出さずにシアが本部で仕事をする様子を見守っている。
本来はギルドマスターか準ずる者が本部に来て依頼についての処理、調整を行うので、仕事に慣れて貰うためにこうしているのだ。
シアは、フレナブルから受け取っていた素材の元になる魔獣本体が丸々入った収納袋と、シルバ、カスミ夫婦が仕留めた魔獣を魔道具バカ三人が丁寧に解体して納品可能な素材とした物が入った収納袋、そしてそれぞれに対応した関連書類を担当受付であるラスカに手渡す。
シルバ、カスミ夫婦の素材は魔獣討伐時に少なくないダメージを与えてしまっているので、しっかりと分別して品質の高い素材だけを納品している。
積極的に活動している【癒しの雫】所属である三人の冒険者が使っている武具は、既にジャロリア王国内のギルドでは有名になり始めている。
その武具は、フレナブルが魔道具バカ三人の要望通りに高ランクの魔石の元になる素材を入手して、それを加工して作った逸品だ。
そんな三人が狩ってきた素材に関する書類はもちろんクオウがしっかりと作った物なので、こちらも完璧に仕上げられている。
「シアさん、お疲れ様でした。う~ん、今日も文句の付け所がないですね。相変わらず全てが素晴らしい仕事です。この調子でいけば、間もなくギルドレベルも上がりますね」
「やった!!」
ラスカは、既にギルドランク上昇の基準を大きく超えている事を本部ギルドマスターであるツイマに報告しているのだが、未だツイマからの承認が下りない。
恐らく、過去に公衆の面前で赤っ恥をかかされた事を根に持って、意図的に承認していないのだろう。
あまりにも無視されるようであれば国家に訴え出るしかないと覚悟を決めているラスカは、そんな覚悟をおくびにも出さずに流し読みで書類を確認し、それぞれの収納袋から一部だけ素材を確認してそう告げていたのだった。
ラスカにとっては、最早【癒しの雫】は完全に信頼に足るギルドと言う位置づけである為、態々この場で隅々まで確認する必要性を感じていない。
当然素材として納品されている品物は高級品であり、そのまま高品質の素材として転売できるために本部としても助かるし、魔獣が丸々納品されている方も超高品質状態であり、本部所属の解体士にも喜ばれている。
本来有り得ない成果を出し続けている【癒しの雫】に対する報酬の算定に入るためにボードを叩きつつ、世間話を振るラスカ。
「すっかりマスターとして板についてきましたね、シアさん。っと、そうそう。既にお聞きの通り【勇者の館】はAランクギルドに降格になっています。あのダンジョン攻略依頼の期日を守れなかった為ですね。討伐証明の魔獣はレベルが高い魔獣でしたし、実際にダンジョンを完全攻略している所は一応流石と言えるのですが、よくよく話を聞くと、少々きな臭いのですよ」
機密情報ではない為、信頼のおけるギルドにはある程度の情報を流す方が良いと教育されている本部受付は、その詳細をクオウとシアに話す。
そうする事により、互いの信頼関係が上昇するからだ。
「あの攻略には、Bランクの数の力で真の攻略メンバーの体力を温存させる作戦をとったそうです。そこは聞く所によると作戦通りに進められた様ですが、その攻略メンバー、ギルドマスターのルーカスさん、Aランクのドリアスさん、ハンナさん、そしてもう一人Aランクが同行していたはずなのですが、最後の一人、アルフレドさんの行方が分かっていないのです」
「えっ、それってまさか、またあの人達……」
シアの口から出た言葉は、既に仲間になっている【癒しの雫】所属冒険者であるシルバとカスミに対する蛮行を思い出したからだ。
「【勇者の館】にあるカード作成魔道具によって、アルフレドさんの脱退処理が行われているのです。当然魔道具を集中管理している私達の元にそのデータは来るのですが、その後の再登録、更には出国の形跡もありませんので、気になっているのですよ。ギルドカード以外の身分証明によって出国していれば話は別ですが……Aランクの身分を捨てて冒険者を止めるとは思えないのですが」
「……お話しありがとうございます。私達も活動の折に気を付けて探してみますね」
こうしてこの日の依頼、納品も終わり、新たな本部からの依頼を受注する。
【癒しの雫】に戻った後は、その受注をギルドのボードに貼るのだ。
所属冒険者は三人しかいないのだが、ギルドの体裁を保つ勉強にもなるし、何よりシアが嬉しそうに行動するので、誰もが止める事はしない。
そのボードから、フレナブル、シルバ、カスミが夫々依頼書を剥がして、受付に座ってニコニコしているシアの元に持ってくる。
この一連の流れがシアにとってみれば、普通のギルドの日常に追い着いた証拠であり、過去に両親が行っていたギルドと同じ所まで辿り着いたと実感できる喜びの瞬間なのだ。
実はそこには、武具作成依頼書も張り出されている。
当然冒険者の三人にはできない依頼なので、毎日魔道具バカ三人もボードの確認をして、依頼があるときは同じように依頼書を剥がしてシアに提出している。
本来は毎日のようにあり得ない量の武具作成依頼があるのだが、一つの武具を丹念に仕上げている事を知っているシア。
明らかに納品が終わった後にならないと、新たな依頼を持ってこない様に調整している。
そう言った事情もあって、【癒しの雫】の武具は高性能と言う評判ではあるが、入手が極めて難しいと言う状況になっていた。
「では皆さん、今日も宜しくお願いします!」
【癒しの雫】のメンバーは、全員このギルドが購入した敷地に住んでいる所が他のギルドとは異なる所だが、その分互いの信頼度も高く、風通しも良いギルドになっている。
成果も有り得ない程叩き出し、武具も外部から依頼が殺到する程の超人気ギルドになっており、隠れ加入希望者も増大している。
しかし、降格されたとは言え最強ギルドとしてジャロリア王国に君臨している【勇者の館】、そして最強のSランク冒険者であるルーカスが敵対視しているギルドである事も公になっており、冒険者や鍛冶士等の各士がギルド加入申請、移籍申請をするまでには至っていなかった。
【癒しの雫】のギルドレベルが、誰の目から見ても素晴らしい成果を出し続けているにもかかわらずDランクで燻っている事からも、少なからず敬遠されているのだ。
そんな事は気にならず、今日も【癒しの雫】の活動は開始される。
「皆さん、気を付けて下さいね!」
シアの明るい送り出しの声と共に……




