魔王国と【癒しの雫】
少し時は戻る。
17階層で、森に潜みながらルーカス達の強さを調査していたレゼニアは魔王城に戻ってきていた。
「ゴクド様、お待たせしました。調査をしてきましたが、やはりルーカス一行の戦力はかなり上昇しているようです。ダンジョン下層で相当疲労がたまっている状態で、僕の眷属であるレムリニアの攻撃を耐えたばかりか、反撃して見せました」
「何?それほどか?確かお前の眷属、Aランクの特殊個体だったな?」
「はい。しかも反撃は絶妙で、僕が目眩ましを行使しなければ、レムリニアは死んでいたのは間違いありません」
「……」
魔王ゴクドは【勇者の館】、そしてそのギルドマスターである<勇者>として称えられている男、ルーカスの評価と危険度を数段上げる。
「それほど危険な存在になったか。そいつらはダンジョンを攻略しているはずだったな?そうなると、完全攻略直後の最も体力を失っている時、そして油断している時に、Aランクを差し向けろ!」
四星にもなれば、その力を開放するだけでAランク程度の魔獣は怯えて動けなくなる。
その力で適当に魔獣を捕まえて、嗾けるだけの楽な仕事ではあるのだ。
自分の眷属を使えと言われなかった事に安堵して、レゼニアはその命令を受ける。
「わかりました。では準備がありますので、僕はこれで失礼します」
レゼニアの向かった先は、つい先ほど帰ってきたダンジョンではなく他の場所。
そこでAランクの特殊個体を調達の上、ルーカス達が攻略しているダンジョン最下層に連れて行こうと思っているのだ。
「あそこは、人型のボスだから……予期せぬ相手と思わせるには、体力が無尽蔵の方が良いかな?」
結局は、見た目蛇で体力だけは十分にある個体であるAランクのマスネを準備した。
無尽蔵に体力がある魔獣を向かわせれば、仮に敗北したとしてもルーカス一行がダンジョンから抜ける事は出来ないかもしれないと考えたのだ。
特にゴクドから抹殺依頼を受けたとは思っていないレゼニアだが、一応ルーカスは敵であるとは認識しているので、無理のない範囲で行動する事は出来る。
こうしてレゼニアは、蛇型魔獣のマスネを引き連れて再びダンジョンに潜り、19階層に続く階段まで到着するのだが、そこにはルーカス一行が体力・魔力を回復するためにゆっくりと休んでいる姿があったのだ。
「あれ?まだ19階層に進んでないの?おかしいな……あれだけ体力があるパーティーなのに。何かの作戦かな?」
ルーカス達の実力をすっかり勘違いしているレゼニア。
完全に気配を消して彼らを追い抜き、マスネと共に20階層の奥で待機する事にした。
そう、ルーカス達の希望通りにこのダンジョンは20階層が最終階層であり、そこにAランクのランドルである上位個体のランドルマスタが存在している。
このランドルマスタは、ランドルと同じように手足を刃とする事が出来るのだが、その刃を遠距離から飛ばす事が出来る上位種だ。
「それじゃあ、僕は少し寝ようかな。彼らが来たら起こしてね」
同じ景色をボーッと見る他には何もない場所なので、レゼニアはマスネにこう伝えるとさっさと寝てしまった。
静寂が訪れる20階層。
そう時間がかからずに、ルーカスとの戦闘が開始される場となるだろう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ルーカス達【勇者の館】が決死の覚悟でダンジョンに挑んでいる頃の【癒しの雫】。
「クオウの旦那、魔王が代替わりしてから魔王国は攻撃的になっているみたいだな。魔獣はしょっちゅう攻めて来るわ、ダンジョンでは訳の分からんランクが出現するわ、何時になったら安定するんだ?」
「突然どうしたのですか?」
夕食時にミハイルが発した言葉に、何とも言えない表情で返すクオウ。
もちろん自分が魔族であり、前魔王であるから微妙な返事になってしまっているのだが、この場にいる仲間で同族のフレナブル以外は、その事は知らない。
「なんだかんだ、俺達はこの【癒しの雫】に拾って貰ったおかげで本当に楽しく過ごす事が出来ているだろ?だがよ、その一方じゃ、突然現れた強力な敵によって生活が一変する連中もいるわけだ。いや、冒険者はその覚悟がある上で行動しているから良いが、最近の魔王は見境がねーからな」
確かにクオウの時代には、魔族に対して人族に攻勢をかける事を禁止していた。
全ての魔族を監視できないので一部はコソコソ攻撃していたようだが、規模としてはその程度だ。
逆に魔王がゴクドになってからは積極的に攻撃してくるために、街道にも時折高レベルの魔獣が現れる。
その結果犠牲になるのは、一般人、商人や旅人だ。
「俺達は先代魔王以外に魔王と言う存在を知らなかったが、今の魔王を見るに、先代は如何に人族との共生を考えていたかが分かるぜ」
クオウとしては人族との共生を考えていたわけではなく、単純に戦闘がしたくなかっただけなのだが、良い方に誤解してくれているのでとりあえず黙る。
「まっ、人族にも碌でもねー奴がいるからな。そもそも魔族だ、人族だ、で争うこと自体が間違ってんじゃねーかと俺は思う訳よ」
少々酒が入っているせいか、饒舌になるミハイル。
その内容は納得できる部分が大いにあるのか、魔族であるフレナブル以外は同意している。
「一部の魔獣は、操術によって人族と行動していますしね。私は操術を持っていませんが、もし有れば人懐っこい魔獣とお友達になりたいですよ」
「カスミの言う通りだな。操術で魔獣を強制的に従わせている部分はあるかもしれないが、全部が全部そうだとは言えないだろうし、仲良く過ごす事も出来るだろうね」
シルバとカスミを始めとして、【癒しの雫】全員が種族と言う垣根による争いには否定的な意見を示す。
シアを除いてこの場の人族は少々酔っているので、本音が出ている事が分かるクオウとフレナブルは、とても嬉しい気持ちになる。
「じゃあ皆は、魔族が仲間になっても大丈夫って事ですか?」
思わずクオウがそう口にする。
勢いなのか、何故このような事を言ってしまったかクオウ自身も分からないが、ここで仲間から否定的な意見が少しでも出てしまっては、きっと立ち直れない位にショックを受けるだろう。
「私は、仲良くできて信頼できる人ならば是非加入して頂きたいです!私達では知らない事を知っていると思いますし、活動範囲が広がると思いませんか?」
「お~!マスター、良い事言うじゃねーか!ヒック。おりゃーよ、魔族の技術を……ヒック、知りてーな!」
素面のシアに続いてミハイルが同意したのを皮切りに、全員から肯定的な意見が出たのだ。
その言葉を聞いて、ジーンと心が温かくなるクオウとフレナブルだった。




