18階層へ
アルフレドは、ルーカス達【勇者の館】の本当の声を聞いてしまったために攻略を諦め、一人、いや、使役しているリアントと共に離脱して上層階を目指していた。
既にアルフレドのギルドカードは18階層方面の道中に置いており、ルーカス達の手元にある事まで確認している。
ルーカスの立場としては、所属冒険者死亡によってギルド脱退をさせる処理を行う場合には、本部に対して書類が必要になる。
その手間を考えると通常の脱退、本人のギルドカードと、カード排出の魔道具があれば行える脱退処理をするために、遺品ではなくカードだけを欲していたのだ。
この書類の提出は、各ギルドが冒険者に無謀な事をさせていないかと言う楔になっているのだが、今回のように死亡してもカードさえあれば、所属冒険者の死亡率上昇と言う数値には出てこない。
死亡ではない通常の脱退にしても、脱退後の所在が不明であれば、罪には問われないがギルドの信頼は下降する事は間違いないが……
「俺達は、あの陰気君の使役している魔獣で随分と楽をさせてもらいましたけど、ここからは慎重に行かなくてはならないでしょうね」
「私もそう思います。ですが、残りは20日もある。帰りを考えても、十分余裕がありますから、今日はここで野営をしては如何でしょうか?」
「そうだな。無理をする必要はない。そうしよう」
こうして、18階層目前で一旦攻略を中止して休む事にした三人。
本来休息時には、人とは異なり種族的に睡眠を必要としない事が多い魔獣であるリアントに警戒をさせる予定だったのだが、使役しているアルフレドは死亡したと思っているので、仮にリアントは生きていたとしても、使役からは外れているので期待はできない。
逆に、自分達の脅威になる可能性もある為に、しっかりと死んでくれていた方が良いと考えていたのだ。
「夜番は、交代だな。ドリアス、俺、ハンナの順で良いか?」
一応、夜の見張りの中では一番きついと言われている真夜中の時間に自分を押し込む程度は配慮できるルーカス。
この中では唯一のSランクである為に、他と比べて体力があるし、回復速度も速い為にこの布陣がベストだと考えていた。
「「ありがとうございます」」
その配慮を正確にくみ取った二人は、お礼と共に食事を流し込む。
ルーカスとしては、同行している二人の体力が無くなって戦闘時に役に立たなくなる事を防ぎたかったと言う思惑もあったのだ。
「ルーカス様、情報では、18階層は常に雨、19階層は逆に灼熱、そして20階層の情報がありませんので、そこが最終階層と予想しています。配分はどうしますか?」
食後の軽い休憩時に、三人で今後の動きを相談する。
「俺としては、20階層が絶対に最終層と言う確信は無いからな。最低でも二日で一階層の攻略ペースで行こうかと思うのだが、ハンナはどうだ?」
「私も、ルーカス様の意見に賛成です」
「わかりました。俺も異存はありません。ところで、最終の魔獣はどのようなタイプですかね?」
攻略ペースについては議論が終わり、ダンジョン攻略の証明になる最終階層に鎮座する魔獣についての話に移行する。
「今までの魔獣の傾向から、恐らく人型の魔獣で、Aランク……となると、やはり前回の実績からランドルが濃厚か?いや、しかしさっきの鳥も相当な強さだった事を考えると、鳥型か?分からないな」
一応ダンジョン攻略の実績が一番多いルーカスではあるのだが、その経験には当てはまらない状況になっているこのダンジョン。
それもそのはず。
今回の襲撃である鳥型魔獣のレムリニアはこのダンジョンに生息している魔獣ではないのだ。
混乱するルーカスだが、現実は最初の言葉通りに人型のAランクの魔獣であり、ランドルの上位種が待ち構えている。
幸か不幸か特殊個体ではなく、一般的なランドルの上位種、ランドルマスタが一体待ち構えているだけだ。
今の状態であれば、ルーカス一行はランドル一体を難なく始末する事が出来るだろうが、上位種に対しても同じかと言われると、相性もあるので何とも言えないところだ。
Aランクの変異種である鳥型のレムリニアには勝利目前だったが、同じように誰かが攻撃を受け止めて始末できる相手かと言うと、難しいのだ。
結論が出ない、出るわけがない話を終えて、順番に休む。
特に夜に襲撃されるような事は無く、18階層に辿り着く三人。
既に情報が上がっている通り、ここは常に雨が降っている階層。
この階層の嫌な所は、音による警戒、匂いによる警戒は出来ず、視界も悪い。
そして足場も悪いので余計に体力が奪われて行くのだ。
おまけに、攻撃としては優れている雷魔術が使えない。
自分達にも意図せず攻撃が入ってしまうのだ。
肉眼で周囲を警戒する必要があり、いつも以上に精神的にも疲労が蓄積していく三人。
雨による水分の付着や、体温が奪われない様な対策はしっかりとしているので問題ないが、やはり足場が悪く、その中で周囲への注意をいつも以上にしなくてはならないのは骨が折れる。
不意打ちに対する備えをしており、既に一度発動しているのだが、この魔道具は回数制限がある為に、なるべく温存した状態で進みたいのが正直な所だ。
「うん?止まって下さい。ちょっと不自然ですね」
ドリアスが進路上にある微妙な違和感を見つけたようで、声を掛けて二人を止めると、近くにある石を前方に投げた。
すると、地面から広範囲に鋭利な刃物が飛び出してきたのだ。
雨の中でも見えるほどに禍々しい色をしている刃物は、明らかに毒物が付与されている。
「フン、忌々しい」
毒についても回数制限はある魔道具ではあるが、対策品として装着している三人。
ダンジョン攻略と言う長く険しい旅になるので、無暗に荷物を運ぶわけには行かない。
結果、大きな魔道具は持ち運ぶ事はできないので、収納袋に保管している。
この収納袋の中身は既に装着済みの魔道具の予備も含まれているのだが、常時発動ではない魔道具、野営の道具、食料等が詰め込まれており、万が一に戦闘中に破壊されて失っても、死に直結する事はない物を入れている。
食料も、冒険者であれば現地調達が可能なのだ。
こうして進んでいる最中にも、大型小型、そして上空地中から魔獣や罠の攻撃を受けている三人。
ある程度罠についてはドリアスが解除しているのだが、魔獣が急襲してきては悠長に解除できるわけもなく、徐々にダメージを負っていた。
「はぁ、はぁ、俺の防御の魔道具、回数を超えたので交換します」
「私も、魔力が無くなって……ポーションで補給します」
既にルーカス以外の二人は、緊急対策用の魔道具を何度も交換している。
このペースでいけば、20階層が最終層と仮定しても、そこまで魔道具を維持する事は不可能だ。
当初予定していた二日を過ぎても未だ18階層にいる三人は、疲労が色濃く見えるようになっていた。
この時点でルーカスですら、緊急用の魔道具を数回交換済みだったのだ。




