【勇者の館】攻略開始
「お前ら、準備は万端だな?」
攻略予定のダンジョン前で、最終確認を行うルーカス。
今回の攻略は、上層階では【勇者の館】所属のBランクが先導して行ける所まで行き、攻略メンバーであるルーカス、Aランクのドリアス、ハンナ、アルフレドの体力、魔力を極限まで温存させる作戦としたのだ。
残念ながら、【勇者の館】所属の残りのAランク冒険者達は魔獣討伐依頼に駆り出されており、これ以上の戦力増強は見込めなかった。
この確認時に、Bランクの隊長を任された男が最終確認をしてきた。
最終攻略実行部隊とルーニー以外には、この男だけがこの攻略が失敗した場合のギルドランク降格の事実を知っている。
「ルーカス様、改めて確認です。今までの情報を総合すると、このダンジョンは20階層程度。感覚では、一日一階層がノルマですが、上層階の内は多少無理をしてでも可能であれば二階層以上を目指すという事で宜しいですね?」
首肯したルーカスを確認すると、いよいよ攻略が始まる。
最終確認が終わり、Bランクの集団が先導しつつダンジョンに侵入すると、魔獣を難なく排除して行く。
「今の所、異常はないな」
先の方でBランクによって軽く排除されている魔獣を確認して、ルーカスが安堵する。
再び前回のようにAランクの特殊個体が出てきてしまっては、十全に準備している為に対応は出来るだろうが、戦力の大幅ダウンとかなりの時間が取られる事は間違いないからだ。
誰から見ても順調に攻略は進み、10日かけて15階層まで到着した一行。
既に中層から下層の域に入っているので、Bランク冒険者達には少々深刻な被害が出ているが、これは想定済みだ。
「よし、お前らはここまでだ。地上に戻れ。後は吉報を待っていろ」
ルーカスの指示によって、負傷した者を抱えながら撤収を始めるBランク達。
「ルーカス様、予想以上に順調ですね」
「残りは5階層ほどで、日数は20日残っている。問題なさそうですね」
「今の所は……な。だが、油断はするなよ、ハンナ、ドリアス。それとアルフレドも、だ」
会話には加わってこないアルフレドにも釘を刺し、いよいよ自分達で攻略を勧める四人と、アルフレドが使役しているBランクの魔獣であるリアント一匹。
回復術が最も得なハンナではあるが、前回と異なり炎魔術の威力を底上げできる魔道具を準備しているので、ダンジョン下層に存在している魔獣に対しての攻撃力としても、十分な力を持っている。
ルーカスとドリアスに関しては、攻撃力は言うまでもない。
アルフレドは、使役している魔獣の他に防御魔術を得意としており、直接的な攻撃力としてはあまり期待できないが、その分魔獣であるリアントは気配を消して敵を毒殺する事を最も得意としているので、十分以上の戦力だ。
そのまま16階層に移動するのだが、この時点で、既にリアントの姿は使役しているアルフレド以外には認識できていなかった。
「ここは比較的容易に進めるはずだ。見通しが良いし、罠の報告もなかったはず」
「これだけ平坦な岩場が続けばそうでしょうね」
「ですが、岩の影からの急襲に注意ですね」
ルーカスとドリアス、ハンナが話しながら進んでいると、前方から魔獣の悲鳴が聞こえてくる。
「グギャー」
「キッキッキ」
一瞬身構える三人だが、その三人を無視するように一切警戒せずアルフレドが進んで行くのだ。
互いに顔を見合わせるルーカス達は、そのままアルフレドの後を、少々距離を取って警戒しながらついて行く。
少々下り坂になり始めているその先には、数体の魔獣の死骸が転がっていた。
「良くやったぞ、リアント。やっぱりお前は凄いな。お前程有能な魔獣は見た事が無いよ。流石だ!」
グロテスクと言う訳ではないのだが、見た目蟻の魔獣であるリアントを抱きしめながら饒舌に褒め称えているアルフレドを見て、少々眉をひそめる三人。
このAランク冒険者であるアルフレド、少々謎に包まれている。
人とはギルドマスターであるルーカスさえも含めて殆ど話す事は無い為、性格もわからなければ、素性も明らかではない。
呼び出せばギルドに来るが、それ以外には討伐依頼もあまり受ける事は無く、自由気ままに行動しているようなのだ。
この男が使役しているリアントは毒殺を最も得意としているのだが、毒殺となると素材としての価値が大きく下がるのであまり歓迎されていない為に、通常の魔獣討伐依頼の時にはそもそも声がかからない。
そのために、魔獣の討伐依頼には駆り出されておらずに今回招集する事が出来た存在でもある。
その環境の中で実績を積んで【勇者の館】でBランクに認定され、更にはギルド本部の試験でAランクの実力が認められ、国家の認定を受けた程の男だ。
このまま16階層である岩の階層をアルフレドの使役しているリアントの力だけで突破し、体力・魔力共に一切の消耗がないまま17階層に侵入した。
この階層は森の階層となっており、空も高く、まるで本当の地上にいるような階層だったのだ。
そのおかげで森の中は死角が多く危険度が跳ね上がるのだが、16階層で嫌と言う程リアントの実力を目の当たりにしたので、この階層も楽勝だろうと高を括っていた。
少々軽い気持ちで17階層に侵入したのだが……
階層に足を踏み入れた直後に、突然アルフレドが話しかけてきたのだ。
未だかつて、自ら話しかけた場面を見た事が無かった三人。
そもそも、他人と話している所すら見る事が稀である為に、驚きながらもルーカスが対応する。
「マスター。この階層は、俺達は無理。後ろに下がる」
その内容は、眷属である魔獣のリアントに話しかける時とは打って変わって必要最小限で、感情も平たんな物になっているのだが、話している内容は冒険者として理解できない事では無かった。
冒険者にも魔術や体術等の得手不得手があるように、魔獣にも得意な状況、場面と言う物が存在する。
その弱み、魔獣が不得意とする状況に追い詰めたり、隙を突いて攻撃を仕掛けたりするのが冒険者の基本なので、リアントにとってはこの森の階層は種族的に不利なのだろうと納得したのだ。
「わかった。俺達は万全の状態だから後ろに下がっていて構わない」
こうして、ルーカス、ドリアス、ハンナの三人がアルフレドより前を歩き、初めての戦闘を始める事になった。
ルーカス達はこのアルフレドの行動に納得していたのだが、アルフレドはリアントの力でこの階層に潜む強大な存在、レゼニアとその眷属である魔獣レムリニアの存在を感知していたのだ。
階層の奥に進むほど自然にルーカス達との距離を徐々に大きくとるアルフレドをよそに、背後はアルフレドとリアントにすべてを任せて前方だけに全ての意識を持って行きながら進む三人だ。




