ルーカスとギルド本部(4)
フレナブルが美しい所作で棒の中央部分を指し示している。
そこには明らかに何かしらの魔道具が装備されているのが分かる。
「両端には魔術を封入できる触媒の魔道具があります。実はこの棒の武具、今の状態でもこれほど素晴らしい性能を持っておりますが、私達【癒しの雫】所属のメンバーによる試作品なので、改善箇所を詳しく把握するために使用時の全ての記録が必要でした」
記録と聞いて、少々苦い顔をし始めるルーカス。
その予想は的中する。
「もちろん、ランドルを始末する際の出来事もこの魔道具にすべて記録されております。ですので、この部分を再生すれば、【癒しの雫】とゴミの言い分のどちらが正しいかご理解いただけるかと思います。それでは始めましょうか!」
嬉しそうに魔道具を起動しようとしたところで、ルーカスが驚くような程大きな声を出す。
「待て!その魔道具が正確な物かも怪しい。捏造も容易だろう?そんな物が証拠になるか!」
「あら?私達には捏造する程の時間はありませんでしたが?」
と、軽く反撃しつつも魔道具を起動する手は止めない。
明らかに焦っているルーカスを見れば、どちらが正義かなどはバカでも理解できる。
特に最近の【勇者の館】は、国家からの依頼である新魔王討伐にも長期にわたって手を付けられず、魔獣の対処にすら手を焼き始めている始末だが、態度だけは増長し強引な冒険者の引き抜きも続けているので、他のギルドからは嫌われていた。
もちろんギルド本部の受付全員には担当を拒否される程の存在であり、フレナブルが証拠を示さずとも、【癒しの雫】が正義であるとは誰しもが思っていた。
立場があるので、誰も何も言えなかっただけなのだ。
そこに、ダンジョン内部でのやり取りの声が聞こえる。
映像が出てこないのは、そこまでする必要はないだろうと言うフレナブルの独断だ。
「……で、約束を反故にして俺と共にカスミも置き去りにされたんだ」
「はっ、どう考えてもお荷物を抱えて脱出できるわけがないだろう!その程度は察しろ!クソ、だが最早全てが無意味だ。俺達はここで全滅だ。お前もだぞ、フレナブル!」
前者は、ルーカスに騙されて置き去りにされたシルバの声であり、後者は明らかにルーカスの声だ。
そしてその内容は、命を懸けて囮になって時間を稼ぐ代償に、最愛の妻であるカスミを助け出すと言う約束を反故にした事を認める内容だったのだ。
……パチパチパチ……
他人の呼吸音すら聞こえそうな程にシーンと静まり返るギルド本部に、フレナブルの拍手が良く響く。
「ハイ、一部だけを再生させて頂きましたが、誰がどう聞いてもゴミの声ですね。偉そうな言い訳をしておりますが、改めて聞くと情けないですね~。そして、自分達ではランドルには手も足も出ないと認めています。どうですか?ゴミには耳がありませんが、聞こえましたか?」
ここまでの事情は聞かされていないギルドマスターであるツイマは、大きく目を見開いてルーカスを見ている。
こき下ろされた上で決定的な証拠の一部を突きつけられたルーカスは一瞬表情を険しくするのだが。明らかに取ってつけたような笑顔で話し始める。
ここまで明確な証拠を示されては、捏造と主張しても自分の立場が悪化するだけだと漸く気が付いたのだ。
恐らく自分がそう騒げば、フレナブルは映像も出して来るだろうと言う事は容易に想像できるし、そうなってしまえば、流石に捏造と主張する事は不可能だ。
うまくこの話を横道に逸らせてやり過ごす方が、【勇者の館】に対するダメージは少ないと判断した。
「どうやら大きな誤解があったようだ。確かに俺達はその場では諦めの域に入っていたが、何とか君の助力も有ってランドルを打倒した。国家の危機につながるAランクの魔獣ランドル、そしてその変異種、特殊個体すらも全て処理できて、誰もが無事に戻ってきている。素晴らしい事だ。そうだろう?ツイマ」
突然振られたツイマだが、一応は本部ギルドマスターとしてそれなりの頭脳は持ち得ていたので、ルーカスの意図は一瞬で把握する。
「そ、そうですね。【勇者の館】と【癒しの雫】によって危機的状況は無事に回避された。これが全てですね。わかりました。先程の私の【癒しの雫】に対する降格の話、報酬に関する話は全て撤回させて頂きます。では、私達はこれで失礼しますよ」
こうして二人と、後ろで茫然としていたエリザの三人はギルドの裏に消えていく。
「えっと、何も問題なしという事で良いのですかね?」
「その通りですよ、シア様。今回はこの魔道具に助けられましたね。流石は【癒しの雫】の魔道具バ……魔道具好きのお三方ですね」
「……フレナブル、お前今、バカって言おうとしただろう?」
と、今の今までとんでもない事が起こっていたのだが、それを一切感じさせない程気楽な感じで笑いながらこの場を去っていく【癒しの雫】の三人。
再び静寂が訪れたギルドだが、一気にざわつく。
話の内容は二つ。
如何に【勇者の館】がクズで横柄だかと言う話。
そして【癒しの雫】の有り得ない戦力と素晴らしい魔道具の話しだ。
やがて、とあるギルドマスターが受付にこう話したことを皮切りに、同じような依頼が殺到する事になった。
「ちょっと良いか?俺は【薄刃の神髄】のハシズミってモンだ。担当受付は……今はこの場にいないから適当に話しかけちまったが、さっきの【癒しの雫】に武具の作成依頼を出させてもらいたい」
【癒しの雫】所属の魔道具バカ三人が聞いたら、涙を流して喜ぶような話が舞い降りていたのだ。
「お話しは分かりましたが、そもそも【癒しの雫】が武具の受注を受けているかが今の所分かりませんので、一旦保留とさせて下さい」
フレナブルが棒の魔道具を説明している際に少しだけ実演した事、そして見かけは華奢なフレナブルがAランクの魔獣であるランドルを、棒を使って始末したことが確実だと判断したために、同等の武具をこの場にいるギルド関係者の殆どが欲したのだ。
フレナブルはクオウ一筋で周りが見えていなかったのだが、最近は【癒しの雫】に対する想いも溢れている。
もちろんあの実演は自らの潔白を証明するついでに、ここで魔道具についての宣伝も行っておこうと言う思惑があり、良い方向に結果が出ていた。
本部を通した武具作成依頼では、その武具を受け取ったギルドの冒険者側の意見や結果が反映され、【癒しの雫】の武具作成に対する評価に直結してくる。
その為評価は非常に厳しい物になるが、本来はその結果が書類で提出されるので、仮に冒険者の身の丈に合わない魔獣討伐で失敗した事は明らかになるはずだが、【勇者の館】は書類が未提出である為に、不当な評価がなされていたのだ。
沸き立つギルド本部、そして報酬も得た上に冒険者が二人も増えてますます順風満帆の【癒しの雫】。
対して、公衆の面前、しかも各ギルドの代表クラスが顔を出しているギルド本部で大醜態を晒した【勇者の館】の評判は、今まで以上に一気に下がるのだ。
「戻りました!」
ギルド【癒しの雫】に戻ったクオウ、フレナブル、シア。
当然本部での成り行きは聞かれたが、結局は良い方向に解決しているので大して問題にならず、その後フレナブルは武具の調査という事で魔道具バカ三人に強制連行されて、新たな武具を作成すると言われているシルバ、カスミと共に工房に引き摺られる様に消えて行った。




