ダンジョン内部(2)
「これは……私一人では厳しいかもしれません」
目の前に意識がない状態で倒れている冒険者を癒しつつ、既に回復済みの冒険者に対して冷静に告げるハンナ。
「そ、そんな。頼む。助けてくれ!俺のかけがえのない相棒なんだ!」
満身創痍だったランドルの攻撃を防御していた冒険者の男だが、厳しい現実を告げられて必死で懇願する。
「わかっていますが、これほどのダメージを負っているのです。今の私の全力で現状維持、いいえ、悪化する速度を抑えるのが精一杯です。今からここを出て、全力で回復術が使える人材を複数準備するか、高レベルで使える人材に対応させなければ……申し訳ありませんが、覚悟しておいてください」
実際に回復術を行っているハンナは、目の前に倒れ伏している冒険者、恐らくこの男の冒険者の妻なり恋人なのだろう女性の冒険者の状態は誰よりもよく分かっているので、変に期待を持たせるよりも現実を告げて覚悟を持ってもらった方が良いと判断し、厳しい現実を突きつける。
満身創痍であったはずの自分を短時間で完全に回復して見せた凄腕の回復術師が言っている事なので、これ以上は何も言えなくなってしまう男の冒険者。
本来は、今行ってくれている回復術も善意で行われているものであり、文句を言える立場ではないのだ。
何もできない自分自身を呪いつつ、悔し涙を流して相方の女性の傍に座り込む。
「グォー……ググァー!」
そこに、何故か背後から直前に聞いた事のある声、ランドルの叫び声が聞こえてきたので、今戦闘をしている冒険者を観察していたルーカスも背後を確認する。
「ば!こいつら、一体じゃなかったのか?」
ルーカスの言う通り、そこには二体のランドルが今にも飛び掛からんばかりの姿勢になっていたのだ。
前方には【勇者の館】所属冒険者がランドル一体と戦闘し、背後には二体のランドルが現れたルーカス達。
一体のランドルと戦闘している方は問題ないだろうと考え、自分自身が二体を始末すれば良いと思い、戦闘態勢になるルーカス。
即座に二体に近接し、一刀のもとに切り捨てようとするのだが……
……ドン…ピシャー……
激しい音と共に、二体のランドルから異なる魔術が行使されたのだ。
先行して見つけて既に戦闘しているランドルが魔術を使わない個体と判断していたルーカスは、後方から現れた二体の個体も同様と考え、物理攻撃にだけに注意を払い近接してしまったために、その魔術が直撃してしまう。
一体が行使した魔術は風魔術、もう一体が行使したのは雷魔術であり、両魔術共に物理特化型の者を迎撃するには優れた術だ。
風魔術は、視認し辛い圧縮された空気を放出しており、雷魔術はそもそも速度が段違いで、避ける事が難しいからだ。
もれなく二つの魔術を食らったルーカスは、既に戦闘中のドリアスがいる所まで吹き飛ばされ、【勇者の館】所属冒険者の隊列を容赦なく破壊した。
こうなると、攻勢を維持していた一体に対しても途端に不利になる。
よろよろ立ち上がるルーカスを見れば自分達の安全の担保が一切無くなった事もわかるので、自然と動きも悪くなってしまう。
「おい、ハンナ!そんなカスはどうでも良い。早く俺を回復しろ!」
命の灯火が消えないように術を行使していたハンナに対し、その術を止めて自分を回復するように伝えるルーカス。
大局的には正しい判断であり、最大戦力を復活させなければ結局は全滅する可能性が高いのだ。その言い方にはかなり問題はあるが。
背後から二体のランドルが現れ、魔術さえ行使した姿を見ているハンナは、ルーカスの指示に迷う事なく従う。
「油断した。まさかあの個体が魔術を使ってくるとは……そうとわかれば、対処は可能だ。クソ。本部の連中のカス共、何がAランクの魔獣一体の存在の可能性が高いだ!!ランドル三体の首をあいつらに叩きつけてやる!」
そもそも正確な書類を一切提出していない【勇者の館】が根本の原因なのだが、【勇者の館】には常に落ち度がないと考えているルーカスは、ギルド本部への処罰すら考えていたのだ。
腐ってもSランクの冒険者であるルーカスは、あれ程魔術が直撃した状態でも致命傷には至っていなかったので、Aランクであるハンナの回復術によって完全回復している。
怒りの炎を瞳に宿しながら、首をゴキゴキ鳴らしているルーカスの余裕の態度を見て、何とかドリアス達も持ち直して一体のランドルとの戦闘を繰り広げている。
敢えて待っているのか様子を見ているのかは不明だが、ルーカスを攻撃した二体は追撃せずにいるので、ルーカスは剣を鞘にしまい、本来の自分の武器である短剣二本を構えて腰を落とす。
「舐めた事しやがって、薄汚い獣風情が!しっかりと躾てやるから覚悟しやがれ!」
再び攻撃するルーカスだが、前回と異なり直線的な動きではなく的を絞らせないようにジグザグに高速で移動しつつ二体のランドルに近接している。
ランドルも同じように風魔術と雷魔術を使うのだが、ルーカスの思惑通りに的が絞れずに攻撃が当たる事は無い。
短剣で切りつけられる距離にまで近接し、一閃、二閃と斬撃を食らわせた後に、心臓の位置に刺突を加えて素早く離脱する。
「おいおい、どう言う事だ?アレがAランクの魔獣かよ?」
ルーカスとしては、最低でもランドルの動きを封じる程度にダメージを与えたと思えるほどの攻撃が当たったはずなのだが、多少の出血はあるのだが、未だ闘志は衰えていないランドル二体が存在していたのだ。
「「グガァ~!!」」
二体の咆哮と共に、ルーカス周辺の景色が歪む。
その瞬間、ルーカスは自身の体に最大限の防御魔法を行使した。
長年の経験から、既にルーカスを完全に覆うように風魔法による圧縮された空気が張り巡らされたと判断したのだ。
……ドンドンドンドンドドドド……
地鳴りのような音と共に、ルーカス周辺の地面が破壊されて土誇りが舞う。
数十秒ほどの攻撃音の後に現れたのは、防御魔法をかけたルーカスが血まみれになっている姿だ。
「ハ、ハンナ……回復……だ」
「は、はい、ルーカス様」
すかさず近接してルーカスを回復させるハンナ。
この時点でハンナを始末してしまえばどう考えてもランドル側の圧倒的勝利なのだが、何故かそうしないランドル。
恐らく後から来た二体は知能が高く、そもそもルーカスが脅威になり得ないと判断したのだろう。
自分達の能力のチェックを兼ねて、丁度良い練習台が来てくれたと言う思いでいるに違いない。
誤字報告、ありがとうございました




