【勇者の館】のエリザ
数日後、【癒しの雫】と元【鉱石の彩】のメンバーの交流も深まり、【癒しの雫】が拡張のために購入済みの土地に新たな居住空間と仕事場が設置された。
ギルドに依頼をしていた内容だが、【鉱石の彩】が指示する事でより精巧な、そして実用的な建屋になっており、その力に感心していた。
クオウの力が有れば、恐らく魔術ごり押しで屈強な建屋を作る事は可能だろうが、緻密な設計はできる訳もなく、細かい配慮などもできる訳がない。
つまり、建屋内部の性能、快適性を含めて比較するまでもなかったのだ。
更に数日、同じ敷地で活動を開始するための打ち合わせをした後に、新規ギルドメンバー加入の確認、そして本当に残念だがギルド【鉱石の彩】の廃止を確認しにギルド本部に向かっているクオウとシア。
新たなメンバーとしてカードを輩出する魔道具で問題なく登録できているので、本来ここまでする必要はない。
しかし、こうなった原因が謂れのない言いがかりによるもので、ギルド本部に多大な影響力を持っている【勇者の館】からの一言が発端になっている以上、しっかりと確認する必要があると考えていたのだ。
この間、本部からの依頼を一切受けておらず、さらに魔獣の納品もしていなかったので、久しぶりに本部側と接触する事になっていた。
「ですから、何度も申し上げているではありませんか、エリザさん!」
いよいよギルド本部に入ろうかと言った所で、恐らく【勇者の館】担当受付であるミバスロアの声で不穏な名前が聞こえて来た。
元ギルド本部受付で、現【勇者の館】受付になっているエリザと言う名前だ。
名前が聞こえるだけなら問題ないが、明らかに揉めているのだ。
「クオウさん、今日は帰りましょうか?」
その名前と剣幕が聞こえたシアはギルドに入る前に帰ろうと言い出す始末で、思わずクオウは苦笑いをしてしまった。
「大丈夫ですよ、マスター。俺達には何の関係もないですから」
取り敢えずここまで来たのだから、確認だけはしておこうとギルドに入るクオウ。
その後に続くようにシアも本部に入る。
周囲にいる、本部からの依頼を受注しようとしているギルド関連の者達の視線は、やはり受付の一角に向けられていた。
「何を言っているのかしら?ミバスロア。私達【勇者の館】が義務を果たしていないと言いたいの?」
「そうですよ。最近は武具の調子が悪かったと言うばかりで、魔獣討伐の実績も少なくなっていますよね?納品数が激減していますから把握できるのですよ。更に、魔獣討伐依頼に対する書類が全く出ていませんよ?コレでは、信頼度に影響があると言わざるを得ないのではないですか?ここまで来たら折角です。ついでに言わせて頂きますが、前回、ルーカス様の捜索に関する依頼、こちらの書類も一切出ておりませんが?」
「貴方、言い方に気をつけなさい。私達【勇者の館】はこの王国の、いいえ、世界の希望なのよ?新魔王に対抗するべく依頼を受けているのに、一担当、一受付程度がその物言い。明らかに問題よ?」
「ですが、最近の魔獣討伐は成果が下がり続け、本命の魔王討伐には未だ手を付けていないではないですか」
彼女達の話をここまで聞いて、クオウとシアは【勇者の館】の戦力、そう、【鉱石の彩】から武具の供給を受けていないが故に戦力が激減し、今迄以上に成果を出せていない事に気が付いた。
シアはそれだけではなく、クオウの事務処理能力はもとより、全ての能力が秀でている事に気が付いているので、そのクオウが抜けた【勇者の館】の業務が滞っている事も理解できていた。
「ならば、あの資格剥奪になるような【鉱石の彩】程度が作る以上の性能を持っている武具を作れる鍛冶士への依頼、さっさと完遂しなさいよ!そのせいで依頼達成率が落ちているのよ!」
徐々に感情的になるエリザだが、現役本部受付のミバスロアは容赦のない切り返しで迎撃する。
「私達はあくまで、ギルドからの依頼を橋渡ししているだけです。そもそも優秀な【勇者の館】には、鍛冶士を始めとした皆さんが大量に所属しているのではないですか?普段散々自慢されていましたよね?本来はよそに頼らず、ご自分達で何とかするのが筋でしょう?」
「グ……覚えてなさい!」
明らかに小物の捨て台詞を吐いて、エリザは本部を後にした。
クオウとシアは互いに苦笑いをした後、普段通りにラスカの元に向かって用事を済ませたのだ。
「クオウさん、【勇者の館】って大丈夫ですかね?」
「うん?マスターが気にする事ではないのでは?どうしました?」
古巣の心配をしてくれていると思ったクオウは、その必要は一切ないと告げてみたのだが、少々事情が異なっていた。
「えっと、エリザさんが言っていた通り新魔王は脅威で、人族に攻撃的と聞いています。その対策の先鋒ともいえる【勇者の館】があれほどゴタゴタしているのであれば、この町、【癒しの雫】も危険なのではないか……と思いまして」
確かに、クオウが魔王をしていた時は迎撃だけに留めていたので、自ら攻め込むような事はしていないし、配下にもさせていなかった。
一部の跳ね返りがコソコソ人族領に攻める事はあったようだが、小競り合い程度に抑えられていた。
しかしゴクドが魔王になってからは配下の魔獣の活性化、ダンジョンは制御しきれていないのかあまり大きな変化はないが、時折屈強な魔獣が地上を侵攻している。
明らかに好戦的なのだ。
この対処だけで国王から依頼を受けている【勇者の館】が手一杯になっているのは、誰の目から見ても明らかになっている。
その上に最近の【勇者の館】の状態を見れば、どう贔屓目に見ても、ギルド自体の成果が良くない事が分かる。
これらの事を考慮すると、誰しもが【勇者の館】の戦力ダウンと共に、場合によっては現れる魔獣の力が増しているのかもしれないと考えているのだ。
その状況の行きつく先は、国家滅亡……
そう考えるとシアは心配で仕方がなかったのだが、その胸中を聞いたクオウの反応は極めて楽観的なものだった。
「大丈夫ですよ、マスター。フレナブルがいますから。彼女が異常に強い事、既に気が付いているのでしょう?」
「……はい。それはそうですが。でも、魔王ですよ?」
シアがギルドメンバーをよく見ている事を知っているクオウ。
魔族とは悟られているはずはないが、その強さは桁違いという事位は理解していると思ってこう告げたのだが、相手は魔王だけに心配は取り除けないようだ。
クオウ自信も、フレナブルが四星三席と言う位置にいた存在であるのだが、そこを踏まえても現魔王を名乗っている元四星筆頭のゴクドに対抗できると言い切っていた。
あの四星の地位を決める際に、明らかに手抜きをしている事位は分かっており、その実力は明らかにゴクドよりも上であると判断していたのだ。
とは言っても、そんな説明をシアにできる訳もなく、どうするか……と頭を悩ませる。
ハッキリ言って、シアの護衛に付けようと思っていた眷属である兎型の魔獣であるラトールでさえ、新魔王ゴクドには余裕で勝てると思っているのだ。
そんな弱者に対して怯えている者を、実情を話さずにどう励ますか……
いかに頭脳仕事が大好きなクオウでも良い案は出てこなかったので、美味しい食事をご馳走する事で意識を逸らす事にした。
その日の夜……フレナブルと対策を考えたが、やはり良い案は出てこなかった。
内村選手引退。
三月の最後の演技を見逃さないように気をつけなければ




