ルーカスからの強制
ルーカス捜索隊が組まれて、ダンジョンの奥深くまで探索している冒険者達。
そのほとんどが【勇者の館】所属の高ランク冒険者であり、今の所誰一人として大怪我をしている者はいない。
少数はある意味フリーの冒険者であり、冒険者として収入を得る時だけ活動し、普段は自由気ままに暮らしている者達だ。
今回はギルド本部からの依頼で破格の報酬であった事から、数名が参加している。
浅層であれば低ランクの魔獣しか出てこないのだが、Sランクのルーカスがそのような場所で行動不能になるとは思えないので、更に中層にまで捜索範囲は広がっている。
ここまでくると、Aランクの魔獣が散見されるようになり、実際中層のとある一層でルーカスは無様に岩の隙間に挟まったまま、今尚気を失っている。
「マスターは、史上初のダンジョン完全攻略を目指されたのかもしれないな」
「そうだとしたら、素晴らしいな。流石はSランク」
「ダンジョンの謎を解明できるのか?人類史上初。流石はルーカス様だ」
とある【勇者の館】所属のAランク冒険者の呟きに同調する同僚達。
いつの間にかルーカスが大英雄のように称えられている。
実際には、ダンジョン最下層に行っても強力な魔獣がいるだけで何もない。
その魔獣を始末すれば、そのダンジョン自体は崩壊をはじめるが、それだけだ。
本当の意味でダンジョンを攻略したければ、魔王領の近くにある古のダンジョン、一階層からAランクの魔獣が闊歩しているダンジョン最下層の魔獣を攻略すれば、この世界の全てのダンジョンの管理を行う事が出来る。
もちろん今は新魔王ゴクドが制御権を持っているのだが、制御にも膨大な魔力、そして緻密な操作が必要になるので、ゴクド程度では細かい制御はしきれていないのが現状だ。
今の所は、時折ランクの高い魔獣をダンジョンの外に吐き出して人族に向かわせる程度だが、既にゴクドが制御権を手中に収める前にダンジョン外部に漏れだした魔獣に加え、ゴクドが細々と高ランクの魔獣を輩出している為、人族の被害は大きくなっている。
そんな事は一切知るはずのない一介の冒険者達は、人類最強であり、前魔王を始末した<勇者>と称えられている一人であるルーカスに、在りもしない希望を抱いていた。
因みに、この捜索隊には<勇者>と呼ばれている他の魔王討伐メンバーは参加していない。
既に各自が悠々自適な生活を行っており、ギルドに所属していないばかりか、冒険者を引退しているからだ。
「この階層が俺達の限界だな。これ以上は危険だ」
「同意する。だが、恐らくこの階層にもルーカス様はいないだろうな」
「流石は我らがギルドマスター。偉大なる栄光の道を数歩飛ばしで進んでいるのだ」
「ひょっとしたら、新魔王による魔獣の被害を抑えるために、その解決策として一人ダンジョン攻略に向かったのかもしれないな。いや、きっとそうだ」
彼らの中では、ダンジョン攻略のために更に深く潜って戦っていると勝手に思っている。
そこに、少々先を言っている同僚の声が上がる。
「ルーカス様発見!集合だ!!」
自分達の予想が大きく外れた【勇者の館】所属の冒険者達だが、ギルドマスター発見の一報に安堵して、声が聞こえた方に慎重に進む。
「おお、来てくれたか。お前のハンマーであの岩を破壊してくれ。慎重にな」
声を出した同僚の冒険者の元に辿り着くと、不可解な事を言ってきている。
そして、指示された岩を見てその内容を理解した。
無様な格好ですっかり岩の隙間に入り込み、身動きが出来ずに脱出できないギルドマスターであるルーカスが真っ赤な顔をしてそこにいたからだ。
第一発見者によって意識は戻されたのだが、何をどうしても岩の隙間から抜け出す事が出来なかったので、醜態を晒す事になっていた。
主要なメンバーに大恥を晒しつつも、何とか全員無事でギルドに戻る。
一部は、本部に救出完了の報告を入れているのだが、恥辱か屈辱か、ルーカスもギルド本部に飛び出して行った。
「おい、ミバスロア!」
開口一番、自らのギルド【勇者の館】担当であるミバスロアを呼びつける。
「お待たせいたしました。ご無事で何よりです、ルーカス様」
「そんな事はどうでも良い!良いか、良く聞け。俺があの場所にいたのは、魔獣を少しでも間引きしようと善意で活動していたのだ。魔獣討伐依頼もあるしな。だが、突然背後から攻撃されてあの場で意識を失った。意識を失うその直前、俺を攻撃して来た者を何とか確認したが、あれはクオウの所の冒険者、フレナブルだ!」
とてつもないルーカスの剣幕に、直接対応しているミバスロアを始めとして周囲の冒険者、受付さえ固まってしまう。
「……ですが、フレナブルさんはBランク。ルーカス様はSランクです。力に大きな隔たりがあるはずで、そのような事があるので……」
「黙れ!お前、俺を愚弄するのか?いくらSランクの俺でも、Aランクの魔獣に意識を持って行っている状態で背後から攻撃されては防げない事も分からないのか!……そうだ、あいつらの依頼である魔獣はどうなった?」
目の前のSランク冒険者であるルーカスの怒りに怯え、不要な情報まで口にしてしまったミバスロア。
「はっ、はい。無事に二体納品されております。一体は以前と同様にきれいな状態で、もう一体は【鉱石の彩】が作った武具である杖のテストという事らしく、黒焦げになっていました」
「……お前、そんな戯言を信じているのか?そもそも【鉱石の彩】はクレームでランクダウンする程度の武具しか作れないんだぞ?そんな奴らが作った武具を使って、Aランクを黒焦げ?お前の目は節穴か!」
ますます怒りのボルテージが上がるルーカス。
「お前の失態で【勇者の館】は多大な被害を受けた。その黒焦げの魔獣、俺が始末した物だからだ。だが、ダンジョン内部での出来事への証明が難しい事程度はSランク冒険者のこの俺は理解している」
わざとらしくSランクを強調するルーカス。
黒焦げ魔獣を始末した事や、善意で魔獣を始末しに行ったなどと嘘しかないのだが、プライドを大きく傷つけられたルーカスはもう止まらない。
「だが、何もなしで引っ込むわけにもいかない。ギルド本部として【勇者の館】に対して損害を含めた補償をするか、これ以上の暴挙に出られないように【癒しの雫】に楔を打つか……だ」
「そんな……」
当惑するミバスロアをよそに、ルーカスは尚も続ける。
「どうせ俺の希望する補償などできないだろうな。だから楔について説明してやる。あいつら【勇者の館】に対して鍛冶士、錬金術士、解体士、回復術士、鑑定士の加入を禁じろ!それと、【鉱石の彩】もこれ以上の活動を許すな!あの程度の無様な武具しか作れないようなギルドは不要だ!即刻潰せ!!」
ハッキリ言って越権行為以外の何物でもないルーカスの完全無欠の逆切れなのだが、ギルド本部としては今の所【勇者の館】に対して頭が上がらない以上、無下にする事は出来ないので、何とか少しでも怒りを収めつつ、【癒しの雫】と【鉱石の彩】のデメリットを少しでも軽くしようと交渉する。
「あの……私、【癒しの雫】を担当している受付のラスカと申します。今回のご提案ですが、両ギルド間の協力、移籍等についてはご容赦頂きたいのですが」
ルーカスとしては、本当は全くの言いがかりだと理解している。
そこに、目障りな【癒しの雫】に対して確実に不利になる要素であると思っている【鉱石の彩】がくっつくのであれば否はなかった。
わざと怒りの表情を見せつつ、内心ではこの辺りが落としどころだと判断したのだ。
「フン、その程度は許してやる。だが、【癒しの雫】は暫く活動停止だぞ!寛大な俺に感謝するんだな」
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