その後(1)
「ねぇ、シルバ?今日もクオウさんに完敗だったと思うのよ」
「ん?いや、俺は十分美味かったけど?」
夫婦で【癒しの雫】に所属しているカスミとシルバを含め、所属メンバーは基本的にギルドで仲間と共に食事をする。
その調理は事務職として手腕をふるっているクオウが引き受けているのだが、その美味しさに衝撃を受けたカスミが、料理でいつか勝つと言う意気込みで挑み続けている。
今日も自分の作った料理は好評だったのだが、やはりクオウの作った料理と比較すると少々落ちると考えているカスミは、自室に戻って夫のシルバと話をしていた。
「それでも、まだクオウさんを超えてはいないのよ。ずっとクオウさんの手元を見て研究してきたけど、アレはきっと手から旨味成分が出ているのよ!」
どんな成分だよ!と思わなくもないシルバだが、愛する妻の為に何とか真面なアドバイスをしようと考える。
そうでなければ、今までの彼女の性格から怪しい方向に突き進みかねないとわかっているからだ。
真面な道に戻そうと必死で考えながら、思った事を直ぐに口にするのでどもってしまうシルバ。
「き、きっと何か隠し味的な……モノがあるのかもしれない……か?材料は同じものを使った事があるのか?」
「そうね、あまり同じモノは使った事は無いわね。だって、これ以上ない程に完全に比べられるじゃない?」
カスミの一言に光明を見出したシルバは、矢継ぎ早にこう告げる。
「それだよ!カスミ。きっと素材の旨味が出ていたんじゃないか?次は、少し趣向を変えた素材を使ってみるのも一つかもしれないぞ?」
「!!?……そ、そうね。流石はシルバ!なんだかクオウさんの手元ばっかりに意識がむいて、肝心な所が見えていなかったみたい。ウフフフ、次は頑張るわよ!」
「そ、その意気だ!」
何とかこの話題を上手く捌く事が出来たシルバは安心しているのだが、翌日この会話のせいで大きく影響を受ける者がいた。
「ねぇ、ゴクドさん」
その日、運悪く【癒しの雫】に手土産と共に定期的な挨拶に来ていた魔王ゴクドは、【癒しの雫】侵入直後にカスミに捕まる。
「は、はい。なんでしょうか?カスミの姐さん」
「他でもないわよ。ちょっと来て」
漸く少し慣れてきたとは言え【癒しの雫】のメンバーに対しては恐怖心があるゴクドだが、今回の相手カスミは特段殺気を出していない事から少しだけ安堵しながらもトボトボ後をついて行く。
着いたのは、調理場……
「えっと、カスミの姐さん。ここで何をする……ま、まさか俺を調理するのですか?ゆ、許してください!何か粗相をしたのでしょうか?」
カスミが、ミハイル達が作った無駄に良く切れる包丁を手にして微笑んだのを見て、自分が調理されるのかと思ってしまった魔王ゴクド。
「バカね、誰がゲテモノを食べるのよ?って、それも良いかもしれないわね」
「ひぃ~……」
「冗談よ。でも、ゲテモノも悪くないかしら?」
怯えているゴクドをよそに一人思案するカスミだが、やはり素材は正攻法で行くべきかどうかの結論は出ずに、とりあえずの用件を済ませる。
「ゴクドさん。今日は相談に乗ってもらいたいのよ。私、毎日クオウさんに戦いを挑んでいるのだけれど、手も足も出ない所から長い時間をかけて漸く良い勝負に持ち込めるかと言った所に来たのよ」
「そ……それ程、で……ございますか」
ゴクドは大いなる勘違いをしており、まさか料理勝負だとは思っておらず、確かに目の前の人族の女性は武具込みで言えば自分を凌駕する実力を持っているとは理解できているが、それでもクオウには至ってはいないと思っていたのだが……その思いを覆されて、更に遜る。
実際はやはりクオウは最強で、いくらカスミがとてつもなく強くなっていたとしても戦闘力と言う事で言えば足元にも及んでいないのだが……
「で、その差を埋めるために明日の食事はちょっと違う素材を使おうと思うの」
ゴクドはカスミの話を黙って聞いているのだが、食事に毒を盛っても死ぬようなクオウではない事は知っているので、弱体化させて勝負を挑むのかと考えている。
「でね?ゴクドさんの所、魔王国で何か良い食材がないかを聞きたいのよ」
ニコニコしながら怪しく光る包丁を手に持って自分を見つめられているゴクドは、脳の全細胞を必死で活性化させてこの場を乗り切る為に考える。
カスミが考えているのは今迄誰も食べた事がない様な、それでいて美味しい食材、ゴクドとしてはクオウを少しでも弱体化させる事ができる食材と言う完全な行き違いが起きている。
「そ、それではカスミの姐さん、幾つか準備しておきますので、今日の夕方にでも魔王城にお越し頂けますでしょうか?」
「そう来なくっちゃ。流石はゴクドさん!助かるわ~」