逃げるルーカス
ペトロによって情報共有がなされている【癒しの雫】。
「と言うわけです。ルーカスは、新魔王をおびき寄せるために、あえて出撃していないそうですよ」
「プッ、アハハハハハ!おっかしい!あの脳みそスカスカ男が、そんな殊勝な事を考えているわけないじゃない。ねぇ?シルバ!」
「俺も、カスミと同じ意見だな。都合よく解釈しすぎでしょう?」
この情報を肴に、全員が笑い転げながら夕飯を食べている。
「ここまでくると、もう笑いしか出てきませんね。お疲れさまでした、ペトロさん。クオウさん、最近は私達【癒しの雫】に好意的なギルドもこの周辺に居を構えています。時々ギルドマスターとお話をするのですが、本部からの指名依頼で時折魔獣の対処をさせられ、一部亡くなっている方がいるみたいなのです」
全てのジャロリア王国からの依頼……地域住民を除いての依頼を断っているので、味方をしてくれている人物が亡くなっている事を防ぎたいとシアは話し出す。
「……ですので、ジャロリア王国に益が出ないように皆さんを助けたいのです」
「素晴らしいと思います。いっそのこと、彼らもアルゾナ王国所属になってしまえば良いのではないですか?」
「クオウの旦那、簡単に言うが、俺達は特例だぞ?自分で言うのもなんだが、力はあるし、リビル公爵様の口添えもあったからな。それに、彼らがアルゾナ王国の依頼を受けて、実行できるのか?」
「そうではなくて、移住してもらうのですよ。ランクは下がっての再登録になると思いますが、この土地に思い入れのある人はいないでしょうから」
「そうか!勘違いしていた。それならその方が良いな」
その後各ギルドにクオウの提案を告げるのだが、やはり相当難色を示すものが多数いた。
祖国を守りたいと言う気持ちを持った、志の高い者達ばかりだったのだ。
よく考えれば、腰抜けや国家を守ろうと言う気概がない者達は、さっさとジャロリア王国を出国している。
少し前にアルゾナ王国でラスカとミバスロアに絡んできた冒険者達のように。
だが、この場に留まれば亡くなってしまう可能性が極めて高いので必死で説得した結果、冒険者達はアルゾナ王国に移動していく。
こうなると残っているのは何も気概がないギルドだけになり、一気に戦力が落ちてしまったジャロリア王国。
「ルーカス、もはや猶予はない。【癒しの雫】には余自らが楔を刺す故、即座に出撃しろ!」
防壁が侵食され始め、間もなく外にいる魔獣が王都になだれ込んでしまう状況に陥っている以上はルーカスの出撃は絶対であり、強制的に命令して出撃させることにした国王。
ここまでされては断る事も出来ずに本当に止む無く出撃はするが、防壁上部からの遠距離攻撃だけに留める方が良いか……等と【勇者の館】で打ち合わせをしている中で、Aランカーに返り咲いているハンナがとんでもない事を言い出した。
ハンナとしては、自らを平気で見捨てたルーカスやドリアスと共に戦闘をするなどは考えられないので、回避策を何も考えずに口走った。
「アルゾナ王国に避難しましょう」……と。
アルゾナ王国で一番記憶に残っているのは魔族に襲われた時の恐怖ではなく、絶対に勝てないであろう相手にも臆する事なく立ち向かい、自分を助けてくれたフィライトの大きな背中。
自分達がどれほどアルゾナ王国に被害を与えてしまったか理解しているが、せめてフィライトの墓前でお礼を伝えたかったのだ。
そんな気持ちで口にした事だが、それを聞いたルーカスとドリアスは即座に賛成する。
「それが良い。流石はハンナだ。Sランクギルドが移籍するのであれば、アルゾナ王国も諸手を上げて歓迎するはずだ」
「そ、そうですね、ルーカス様。【癒しの雫】がアルゾナ王国所属とは言え、実際はジャロリア王国に拠点を構えているのですから。手元にSランクギルドを置きたいと思うのは必然!」
自分達の今までの行いや、その結果どう思われているかはさておき、避難する言い訳を並べ立てているルーカスとドリアス。
三人はその日の真夜中に【勇者の館】を後にして闇夜に紛れて出国し、アルゾナ王国に向かっていた。
馬車で5日は必要な距離ではあるが、三人は他の冒険者達よりも良い武具を身に着けている関係上移動速度が速く、道中移籍の為に移動している冒険者達を追い抜いてアルゾナ王国を目指している。
「ようやく着いたか。確かに周辺に魔獣が一匹も見当たらない。これならば、Sランカーであっても出撃する必要はなさそうだ」
機嫌良く列に並んでいるルーカスと、周囲の視線が痛く感じているドリアスとハンナ。
「貴様らは入国できない。さっさとどこかに消えろ!」
「あ?俺を誰だと思っていやがる?たたき切るぞ!」
ドリアスとハンナが予想した通り、門番に身分証を提示するまでもなく入国拒否を言い渡され、切れ始めるルーカス。
ドリアスは入国の列に並ぶ直前まで、Sランクギルドや個人でAランクは無理だとしても、何とか移籍はできると思っていたのだが、周囲の厳しい視線にさらされて、その希望はかなわないだろうと覚悟はしていた。
厳しい現実を理解してしまっていたので、門番とルーカスのやり取りには反応せずにあきらめの表情をしている。