ジャロリア王国から離脱の検討(2)
その後間髪入れずにギルドの全員が受付近辺に勢揃いするが、流石は猛者集団の【癒しの雫】。
誰もが瞬時に状況を正確に把握し、リビル公爵に深く一礼する。
「突然の訪問、申し訳ありませんね。ですが、少し込み入った話があるのですよ。皆さんに聞いていただきたいのですが」
会った回数は少ないが、かつてない程真剣な表情に、余り良くない話なのだろうと判断する【癒しの雫】の全員。
常に得られた情報を精査しているクオウはペトロから公爵が直接来て話す必要があると言う情報を得ていないので、視線でペトロに訴えるが、ペトロも今日はギルドから出ておらず、今さっきの情報は流石に持ってはいないために首を横に振る。
「では、こちらへどうぞ。あっ、ロレアルさん、ギルドの入り口に臨時休業中の知らせを出しておいてください」
一番入り口に近い場所にいたロレアルに一時休業の処理をお願いしつつ、奥の大き目の部屋に公爵を案内するシア。
ぞろぞろと全員、もちろんリアントに引っ付いているリリアも含めて移動を終えて席に着くと、公爵が深く息を吐いた後に話しを始める。
「【癒しの雫】の皆さん。今日は突然の訪問申し訳ありません。今まで皆さんには国家の依頼、アルゾナ王国の対応、【勇者の館】の尻拭い、そしてギルドの評価にならない民の依頼受注等、我がジャロリア王国にはなくてはない存在になっているのは間違いありません」
シア達としては、今迄もかなりギルドや公爵からは良くして貰っているので、この話が本題ではない事位は分かる。
「それで……」
突然言い辛そうにしている公爵を見て、それほど重大な案件かと息をのむのだが、中々公爵は続きを話せない。
「お父様……皆さん、私の独り言を聞いて下さい。私は皆さんに助けられた過去を持ちます。当時絶大な力と名声を有していた人族の【勇者の館】による蛮行によってこの世を去る所を救って頂いたのです。そしてご存じの通り、私はリアントさんが大好きです。つまり、何が言いたいのかと言うと、人も色々な方がいらっしゃいますし、その他の種族も色々な方がいらっしゃいます。種族でひとくくりにしてはいけないと言う事です」
言いにくそうにしている公爵、そして引き継ぐように一気に話すリリアの話を総合すると……つまりはそう言う事かと判断したシア。
「リビル様、リリア様。お気遣いありがとうございます。仰りたい事、わかりました。私達は確かに一種族で活動している訳ではありませんが、ご覧の通りとても仲良く活動させて頂いております。もちろん、その事実はメンバー全員が共有しています!」
全ての意図を汲み取った回答を貰えて、リビル公爵とリリアは安堵の表情を浮かべる。
「そ、そうですか。それは良かった。それで……実は、その事実に気が付いてしまった者がおりまして、相手が良くないのです。ルーカスと、ギルド本部のツイマです。あっ、ツイマはルーカスが自信満々に暴露する所を聞いていただけですが、事実は知られてしまっています」
「あ~、ルーカスですか。本当に碌な事をしない疫病神だ」
思わず本音が漏れるクオウを見て、苦笑いしつつもリビル公爵は続ける。
「大変申し訳ないのですが、ジャロリア国王は他種族に否定的である事は確認が取れてしまっています。ですので、非常に好意的で貸しもあるアルゾナ王国に移籍されるのは如何でしょうか?」
その言葉を受けて、一瞬顔が曇るシア。
それはそうだ。
シアにとってはこのギルドが両親の遺品と言っても良いのだから、この場所を離れる事を良しとはしない。
その表情をすかさず把握したクオウは、説明を始める。
「ご配慮感謝いたします。こちらの状況を全て把握していると判断させて頂いた上で、お話しさせて頂きます。ご存じの通り我ら【癒しの雫】はマスターを中心に纏まっているギルドです。そしてその根幹は、このギルドその物、この場所にあります。ですから、申し出はありがたいのですが、そう簡単には移籍は出来ないのです」
「そうですか。一応私の方でも口外無用の御触れは出す予定ですが、いかんせんあの二人ですから情報が漏れる可能性が高いのですよ。その情報が陛下の耳に入れば、実績のある【癒しの雫】でも何かしらの沙汰が有るはずです」
結論の出ないやり取りをしている二人をボーっと見ていたシアだが、両手で自分の頬を可愛くパチンと叩くと、真剣な目で二人を見つめて口を開く。
「公爵様、クオウさん、ありがとうございます。私なら大丈夫です。皆さんと楽しく過ごせるところが【癒しの雫】なのですから!それに、思い出ならギルドのボードがあれば大丈夫です。あれこそが、お父さんとお母さんとの思い出ですから!」
誰が襲い掛かってこようが撃退できる力はあるが、悪意の視線だけは力では対処できない。
そんな状況に仲間を置きたくないギルドマスターのシアは、全てを放棄する事は出来ずに一番思い出に残っているボードさえあれば問題ないと決心するが、【癒しの雫】メンバー全員が、シアが裏庭で今は亡き両親に対して毎日の出来事を報告している事を知っているので、強がって言っている事を理解する。
「クオウの旦那、公爵様の申し出はありがたいが……俺はこのギルドを、この場所を何があっても守らせてもらうつもりだぜ?」
ミハイルのこの一言を皮切りに、全員が移籍をしないと断言する。
「流石ですね。これでこそ【癒しの雫】!と言う事ですよ、マスター。公爵様、そう言う訳で、せっかくの申し出ではありますが、俺達はここ【癒しの雫】発祥の地で活動を続けさせていただきます」
クオウの宣言は、【癒しの雫】メンバーの総意であると確信したリビル公爵は、その絆を目の当たりにして余計な心配をしていた……と少々安堵する。
「わかりました。素晴らしいギルドですね。ですが、陛下に知られればギルド資格の剥奪さえあり得ます。ですから、そこは私が申し上げた通り……」
リビル公爵の説明を聞いて、ギルドの資格が剥奪されない手法があるのだと安堵しているシアやクオウ達。
「公爵様。ご配慮ありがとうございます。私達、周辺の皆さん、私達を信頼して下さっている皆さん、公爵様、アルゾナ王国の為に、これからも頑張りますのでよろしくお願いします!」
「楽しみです。是非頑張って下さい」
シアの明るくも覚悟のある宣言を聞き、リビル公爵は満足そうに返答すると帰って行く。
もちろんリリアはリアントにくっついたまま離れないので、公爵一人で馬車に乗り込んで帰っているのもお約束であり、リビル公爵もそうなる事を見越していたので、気にする素振りもなかった。