2-2 破滅への導きⅡ
翌朝。
寮の部屋には本日の授業が休みになった旨が記された紙が届けられていた。
詳しい事情は伏せられている。だが、シャルロッテは原因を知っていた。教師の何人かが毒で死んだのだ。休業せざるを得ないだろう。
シャルロッテはベッドの上に座ったまま、前世の記憶を掘り起こして何が起こるか推察する。
(ゲームでは、夜会の翌日も選択肢を間違えると死ぬ場面があった。それがウィリアムの企みに関係しているなら……爆弾が仕掛けられてる)
そこまで考えて、首を傾げた。ゲームのシナリオでは、学園に破滅の危機など訪れていなかったのだ。夜会の翌日の授業が休みになったのはゲームでも同じだったが。
放っておいてもウィリアムの企みは阻止されるのかもしれない。
(私にとっては明日の方が重要なのに……)
それでも、知ってしまった以上、放っておけない。
シャルロッテは制服に着替え、生徒会室に行ってみることにした。
「マズいぜ兄ちゃん!」
アルベルトは息せき切って生徒会室に駆け込んだ。中で書類に目を通していたクラウスは、顔をしかめる。
「もう少し品位ある行動を……」
「そんな場合じゃねーっての! これ見ろよ!」
クラウスの目の前に突き出されたのは、新聞。その記事には、教師の不祥事からウィリアムの教師毒殺まで詳細に書かれている。
それだけではない。まだ起きてもいない、学園の爆破事件まで書かれていた。いくつも仕掛けられた爆弾が順に爆発していった、と。
「新聞社の知り合いにもらったんだ! 明日、この新聞が発行されることになってるらしい! そうなりゃこの学園は終わりだ!」
アルベルトは苛立ち混じりにそう言って、新聞をテーブルに叩きつけた。
この記事が出回れば、王立学園の信用はガタ落ちだ。学園に通うのは義務ではないため、貴族たちはこぞって我が子を退学させるだろう。危険な場所に置いておく理由が無い。
教師陣を一新し、セキュリティを強化したとしても、一度失った信用を取り戻すのは難しい。王立といえども……いや、王立だからこそ。
この国では近年、「王立」と名のつく施設や機関の腐敗が問題視されていた。王立学園についても、その在り方を疑問視する声が大きくなってきたところだ。
今は「王子も王立学園に通っている」という事実が信用を繋いでいるが、この記事は確実に学園に致命傷を与える。
「……阻止するには、爆破事件を起こさせないのが最善か」
ぽつりと呟くクラウス。アルベルトは大きく頷く。
「俺もそう思って——」
その時、生徒会室の扉が勢いよく開かれた。シャルロッテだ。
「大変よ! 学園内に爆弾が仕掛けられてるの!」
「知ってる」
2人の王子が同時に答え、シャルロッテはきょとんとした。
「……知ってるの?」
「ああ。ウィリアムが教師を毒殺したことも、な」
言いながら新聞を見せるクラウス。シャルロッテは記事を見て息を呑んだ。
「……これまさか、ウィリアムが自分で垂れ込んだの?」
「そうだと思う。まったく、叔父上はとんでもない奴をシャルロッテの婚約者にしたものだ」
「私、昨日、ウィリアムと話したの。妙なことを言ってるとは思ったけど、ここまでするなんて!」
シャルロッテは改めて事の重大さを認識し、顔を上げた。
「爆弾のある場所、一つは分かるわ!」
「でかしたシャルロッテ! 行こうぜ!」
「待て。爆弾を見つけてどうするつもりだ」
クラウスの冷静な声に引き止められ、シャルロッテは固まる。だが、アルベルトは不敵な笑みを浮かべた。
「爆弾処理の方法は知ってるし、やったこともある。俺に任せろ」
その言葉に、クラウスは唖然とした。
「……どこでそんなことを……いや、良い。なら任せた、アルベルト」
「おう! 行ってくる!」
アルベルトはシャルロッテと共に生徒会室を出て行った。
残されたクラウスは、新聞を改めて読み、呟く。
「よし、ゾルトに全責任を被せよう」
「ここよ!」
人気のない一般学舎。その1階廊下の壁に、巧妙に隠された穴が開いていた。シャルロッテはそれを指さしたのだ。
示された場所を見たアルベルトは、すぐ穴の存在に気付き、手を突っ込んだ。そして、穴の中から爆弾を取り出す。それを廊下にゴトリと置いて、生徒会室から持ってきた工具を取り出した。
アルベルトは慣れた手つきで爆弾を解体していく。その後ろ姿を見ながら、シャルロッテは溜息を吐いた。
今頃、アインは森でハンスと喋っているだろう。
ゲームと辻褄を合わせるために、もともと今日は森へ行かないことにしていた。事前にハンスにも伝えてある。
「これが爆弾の臭いだ。覚えたか」
アルベルトは空中に向かって言った。それをシャルロッテは不審そうに見る。
いつの間にか爆弾の処理は終わっていた。
「誰に言ってるの?」
「風の精」
「……え?」
シャルロッテは思わず聞き返した。アルベルトはこともなげに答える。
「風の精に言ったんだ。爆弾を探してもらうために」
「貴方、精霊使いだったの?」
「違う違う。知り合いに精霊使いがいて、そいつに力を貸してもらったんだ。爆弾探すのに必要かと思って、新聞社を出てから借りに行った。生徒会室に行く前に」
「……そんな風に借りられるものとは知らなかったわ」
「秘匿されてるからな」
「力を借りれば誰でも精霊を使えるの?」
「いや。精霊使いの力ってのは『自分と相性の良い精霊と話す力』でしかねーんだ。俺は風の精と相性良いらしいが、相性の良い精霊がいないなら意味ねーよ」
相性の良い精霊なら、話さえできれば可能な範囲で望みを叶えてくれる。それが「精霊を使う」ということだ。
「私にも相性の良い精霊っているのかしら」
「さあな。精霊使いの力を借りてみれば分かるぜ。まあ、長時間借りてると寿命削られるけど」
さらりと言うアルベルト。その脚めがけ、シャルロッテは回し蹴りをお見舞いした。
「そんっなことは、先に言えよ! こんな無駄話してる場合じゃないわ!」
「いや、ちょっとだから! そりゃ何日も借り続けたらヤバいけど、数時間じゃどうってことないから!」
アルベルトは慌てて弁明した。シャルロッテはまなじりを吊り上げる。
「じゃあ逆に言うな! 無駄に心配する!」
「ごめんごめん。俺は次の爆弾処理しに行くから、お前は兄ちゃんのところに戻ってくれ。多分ウィリアム呼んで何かしてるから」
「ウィリアムを? ……分かったわ」
何だか釈然としなかったが、シャルロッテは生徒会室に向かった。