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2-1 破滅への導きⅠ

(ゲームのシナリオ通りなら、私は明後日の夕方に死ぬ)

 前世の記憶と今の状況を照らし合わせ、シャルロッテはそう結論づけた。

 ここはパーティーホール。一般学舎の最上階にあり、生徒や教師たちが楽しげに交流している。ベランダに出れば綺麗な満月が見えるだろう。

 夜会が行われているのだ。夏の到来を祝う立食パーティーで、終盤には舞踏会と化す。

 いつもはシャルロッテにつきまとっている取り巻きたちも、今宵は男を射止めようと、或いは婚約者と過ごそうと、シャルロッテを放置している。

 シャルロッテはこれ幸いに黙々と好きなように食べながら、ホールを見回した。遠くでアインと2人の王子が喋っているのが見える。

(ウィリアムはどこかしら)

 いつまでも自分の婚約者を放置している訳にもいかない。隅々まで見渡して、ようやくウィリアムを見つけた。

 金色の髪に、眼鏡をかけた真面目そうな顔。彼の笑顔を見たことは、現世では一度も無い。

 彼は遠くの教師陣を鋭く睨んでいた。

「ウィリアム」

「……」

 近付いて声をかけたシャルロッテに対し、ウィリアムは無視を決め込んだ。

「ウィリアム」

 シャルロッテはもう一度呼んだ。声音に少しの苛立ちを混ぜて。

 そこでようやく、ウィリアムはシャルロッテに顔を向ける。

「何の用だ」

「私は、貴方の婚約者なのよ? 夜会で共に過ごすのは義務ではなくて?」

「……僕が君の婚約者に選ばれたのは、学年主席だったからに過ぎない」

 そんなことは知っている、とシャルロッテは思った。

(だから何? ウィリアムは何が言いたいの?)

 この婚約は、エルデ公爵が優秀な者に家を継がせるために決めたものである。シャルロッテは、もしウィリアムに好きな人ができたなら婚約破棄を申し出るつもりだった。だが、そんな話は聞いたことが無い。

(私が鈍感なだけかしら)

 ウィリアムは、ゲームの学年主席ルートにおいて、この夜会でシャルロッテを殺そうとしてアインに止められる。大人しそうな見た目に反して過激なのだ。

 だが、進行しているのは第二王子ルート。ウィリアムとアインには何の関係性も無く、おそらくウィリアムには好きな人などいない……はずだ。

(……念のため、婚約破棄を提案しておくべき? エルデ公爵が許可してくれるかどうかはともかく)

 そんなことを思った時、ウィリアムが再び口を開いた。

「僕は入学金も払えない貧乏貴族。学園に入るためには、主席になって免除してもらうしかなかった。君には申し訳なく思っている」

 その言葉に含みを感じ、シャルロッテは目を瞬かせる。

「説明を要求するわ。一体、貴方は何が言いたいの?」

「……ついてきてくれ」

 ウィリアムはそう言って、ホールからベランダへ出る。

 続いてベランダへ出たシャルロッテの頬を、生ぬるい風がふわりと撫でた。

 着ているドレスは薄めの生地で、この微風にも揺れ動く。幾重にも重ねられたレースが躍り、織り込まれた銀糸が煌めいた。

「僕は、復讐のためだけにこの学園に入った」

「……」

 突拍子もない言葉に、シャルロッテは呆気にとられた。それに構わずウィリアムは語る。

「僕の両親は、ここで教師をしていた……」


 ウィリアムは5歳の時、両親を亡くした。それからは父方の祖父母のもとで暮らしていた。

 両親の死因は崖からの転落。事故だと報告された。

 だが、不審に思った祖父はあらゆる手を使って調べ、一つの事実を知る。

 それは、王立学園の教師陣の不祥事。違法賭博やレイプなど、やりたい放題やっていたのだ。

 この不祥事の証拠を掴み明るみに出そうとしていた両親は、教師陣のトップに消された。


 そういった事情をぽつりぽつりと話し、ウィリアムは溜息を吐いた。そして、昏い笑みを浮かべる。

「だから、毒殺してやろうと思ってな」

「……その話から、どうして毒殺になるのかしら」

 シャルロッテは婚約者をまじまじと見て問うた。

「問題無い。この夜会は何事も無く終わる。遅効性の毒だ、効くのは明朝だろう」

「そういう話ではないのだけれど」

 ここでシャルロッテは気付く。ゲームで、夜会の中で給仕から飲み物を受け取るかどうか選ぶ場面があった。そこで選択肢を間違えると——給仕から飲み物を受け取ってしまうと、デッドエンドでゲームオーバーになるのだ。

 ハッとしてアインを見ると、給仕に勧められた飲み物を断っている。あの給仕が毒入りの飲み物を持っているのだろう。シャルロッテは顔をしかめた。

「あの様子では、誰が死ぬか分からないのではなくて?」

「誰が死んだとしても、あいつは責任を取らされて破滅だ。仕込んでいる毒は、あいつの管理下にあるものだからな」

 あいつ、というのは、教師陣のトップに君臨している人のことだ。名をゾルトという。

 固まって喋っている教師陣のもとに、給仕が声をかける。数人の教師が受け取って、グラスの中身を飲み干した。

 ゾルトは受け取らなかった。

「……気に入らないわ。無関係な人を殺そうとするなんて」

 シャルロッテの呟きに、ウィリアムは

「無関係?」

 と暗い声を発した。

「決闘でもすれば良かったのよ」

「武術は苦手だ。そもそも不祥事を起こした教師が悪い。無関係どころか、最も関係があるだろう。皆殺しにしても良いくらいだ」

「当時とは入れ替わっているでしょう? ゾルトがずっとトップなのは知っているけれど」

「それでも、だ。教師も生徒も、この学園中の人が同罪。……僕も含めてな」

「何をめちゃくちゃな…………貴方、まさか。自分の罪も利用して、学園そのものを破滅に追い込むつもり?」

「ああ。だから、君には申し訳なく思っている。犯罪者の婚約者ということになってしまうのだから」

「……無駄に義理堅いのね。私にこんなことを打ち明けるなんて。それとも、聞いても何も出来ないと舐めているのかしら」

 シャルロッテは嘆息しつつ、ウィリアムを睨んだ。

「させないわ。生徒会の一員として、貴方の企みを止めてみせる」

「手遅れだ。明日、全てが終わる。この学園の最期を見届けるといい」

 そう言い残して、ウィリアムはホールに入っていく。

 ホールからは3拍子の曲が聞こえてきた。ピアノとバイオリンの流麗な演奏を聞きながら、シャルロッテは空を見上げる。

 赤みがかった黄色い月が、混沌とした状況を嘲笑うかのように見下ろしていた。






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